455 名前:【SS】我輩はタコである 1/3[sage] 投稿日:2011/07/02(土) 19:04:31.85 ID:uj+RJqtH0 [2/8]
上でぬいぐるみの話があったので。
あのタコってなんかのキャラクターなのかな?


我輩はタコの縫い包みである。
名前はまだ無い―いや、あえて言えば『キョウスケ』であろうか。
我輩の主である少女が、度々我輩を抱きしめながら
「キョウスケのバカ・・・・・・」
と口にすることがある。
我輩がしている事といえば、精々が寝ている主の肌蹴た服を直したり、主からずり落ちてしまった毛布を掛け直すくらいなのだが、
それが主の琴線に触れているのだろうか。よく解らない。
或いはその『キョウスケ』とは隣の部屋に住む主の兄者の事を指しているのだろうか。
確かに主と兄者の関係を考えれば、主が我輩を抱きながら兄者の名を呼んでしまう胸中を理解できようものだ。
主と兄者の関係は一時期と比べ良好なものになったが、高々縫い包みの身でも解る位にすれ違いが多く、
昔のような夫婦の如き関係まで戻るには今しばらく時間を要するだろう。

主と兄者のことを考えていると、不意に我輩が兄者からその妹君に譲られた時のことを思い出した。
あれは我輩がこの家に来て初めての夏だっただろうか。
主と兄者が寝床を別った日の事だ。
その頃から兄者を好いていた主は、一つの閨から兄者が離れてしまう事を知り、泣き叫び我儘を言ったのだ。
「お兄ちゃんと、はなれたくない。お兄ちゃんと、いっしょにねたい」と。
困った兄者は抱えていた我輩を主に渡し、
「こいつをやる。こいつは僕だから、こいつを抱いて寝れば僕といっしょに寝れるだろ?」
さらに我輩と共にこの家に訪れた我輩の相方であるハートの縫い包みを指差して言った。
「それに桐乃のところにいれば、ずっとあの『キリノ』と一緒にいられるだろ?」
主は泣くのを止め一つ頷くと、
「わかった。この子をお兄ちゃんだと思ってだいじにするね」
と言った。
あの日からずっと、我輩は何度かの補修を受けながらも『キリノ』と閨を共にしている。

456 名前:【SS】我輩はタコである 2/3[sage] 投稿日:2011/07/02(土) 19:05:18.88 ID:uj+RJqtH0 [3/8]
もう十年もの月日が経つのだろうか。
あの時兄者が言ったように、我輩が兄者を意味し、相方が主を意味しているのなら、我輩らの感情と主らの感情が一致しているやも知れぬ。
我輩はその間ずっと主の事を好いているが、我が相方は兄者のことをどう思っているのだろうか。
「なぁ『キリノ』」
我輩は率直に聞いてみた。
「なに?」
我輩の隣で『キリノ』が答える。
「『キリノ』はキョウスケが好きなのか?」
「はぁ?あ、あんたなに言ってんの?」
『キリノ』が僅かにどもる。緊張するような問いではないと思うのだが。
「真面目な話なんだ。本心から答えてくれ」
「・・・・・・好きだよ。ずっと。会ったときから。
 ずっとずっと好きだったよ」
主の好きな『りんこりん』の名台詞を引用してしまうほど好きなのか。
「その、『キョウスケ』は『キリノ』の事が好き?」
我輩が主の事を好きかどうか、か。
答えるまでも無い事だが、本音を伝えてくれた『キリノ』には我輩の本心を伝えねばならぬ。
「大好きだ。ずっと一緒にいられて幸せだ」
「・・・・・・そっか」
『キリノ』が嬉しそうに呟く。『キリノ』も主と兄者が想い合っている事を知って嬉しいのだろう。
「これからもずっと一緒にいたいものだ。
 キリノは我輩を大事に扱ってくれる良い主だからな」
主はもう古くなってしまった我輩らをずっと大切に傍に置いておいてくれている。
縫い包みとしてこれ以上の幸福は無いだろう。
「・・・・・・そう。
 はぁ、期待したあたしがバカだった・・・・・・」
『キリノ』が落胆した様子で何事か呟く。
「どうかしたのか?」
「別に。あんたもキョウスケも同じだなって思っただけ」
何を馬鹿なことを言うのだ。
我輩はあれほど鈍感ではない。

457 名前:【SS】我輩はタコである 3/3[sage] 投稿日:2011/07/02(土) 19:06:12.07 ID:uj+RJqtH0 [4/8]
暫くして外に出ていた主らが帰宅した。
兄者の手には大量の荷物が握られている。
大方何時もの様に主の買い物に付き合わされたのだろう。
「荷物はそこに置いといて」
「あいよ」
兄者が荷物を置くと、主はその中から小さめの抱き枕を取り出し、ベッドの上に置いた。
抱き枕の柄は主がこよなく愛する『メルル』だ。
まさか、抱かれ役としての我輩の好敵手の登場か。
しかし我輩の意に反し、主はベッドに腰掛けると我輩を手に取り抱きしめた。
我輩の体を主の匂いと暖かさが包む。
「なぁ桐乃。おまえってずっと前からそのタコ持ってるよな。
 あやせの趣味だってのは聞いてるけどよ、それってあやせから貰ったのか?」
・・・・・・まさかあの日の事が兄者の脳内に残っていないとは。
縫い包みに劣るとは、兄者の脳は綿以下の何かが詰まっているという事なのか。
「違うよ。あやせがこいつの事見て気に入ったの」
―これはね、もっと大切な人にもらったの。
最後の言葉は、抱きかかえられている我輩にしか届かないような小さな物だった。
「なに、あんたこいつが欲しいの?
 でもダメ。こいつはあたしのだから。
 だから代わりに―」
主が『キリノ』を兄者へと放る。
「この子をあたしと思って大事にしてくれるなら、抱かせてあげる」
兄者は『キリノ』を受け取るとゆっくりと胸元に寄せ
「あぁ、大事にするよ」
優しく抱きしめた。

「なぁ『キリノ』」
我輩が相方の名を呼ぶ。
「なに?『キョウスケ』」
相方が我輩に答える。
「久しぶりのキョウスケの腕の中はどうだ?」
「・・・・・・すっごい落ち着く」
相方の声は幸せそうだ。
「そうか、それは良かったな」
「キョウスケもキリノをこんな風に抱きしめてあげれば良いのに」
「・・・・・・そうだな」
そうすれば再び四人で一緒にいられるようになる。

今日は久し振りに昔に戻った気分になる。
嗚呼、何時になるかは解らないが、何時かあの頃のように主と兄者に抱きかかえられ、四人で仲良く寝たいものだ。




-------------

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年07月04日 19:36