159 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/04(月) 00:34:02.22 ID:Y3J4a27d0
【SS】すばらしきこのせかい
俺が家に帰ると、珍しく桐乃の友人たちが遊びに来ていた。
「お兄さん、お邪魔してます」
「あ、桐乃のお兄さんじゃん。ちーす」
あいも変わらずあやせは丁寧に、加奈子は乱雑に挨拶をしてくる。
あと一人、ランなんだったかは今日は来ていないようだ。
「・・・・・・おかえり」
桐乃は俺を睨みつけてくる。
関わんな、と言いたいらしい。
「いらっしゃい。麦茶でも飲むか?」
俺は鞄を床に置くと、キッチンへと足を運ぶ。
「ありがとうございます」
「加奈子はオレンジジュースかカルピスね」
「はいはい」
ちょうどオレンジジュースがあったので、麦茶3つとオレンジジュースをコップに注ぎ、みんなのところに持ってくる。
「ありがとう」
「サンキュ」
「・・・・・・」
相変わらず桐乃は俺を睨んでくるが、麦茶は素直に受け取ってくれた。
「うん?人生ゲームか」
三人はリビングの中心で人生ゲームを楽しんでいるようだった。
一番は桐乃で半分以上終わっている。
二番はあやせで、桐乃とはずいぶんと離されている。
そしてビリは加奈子。まだスタート近くでウロウロしていた。
「この間懸賞で当たったんです。まだ未発売の最新のらしいですよ。
お兄さんも一緒にどうですか?」
「面白そうだな。だが・・・」
桐乃をちらりと見る。
ますます不機嫌になったようだ。
「お兄さんもやろうぜー。今加奈子お金が少ないからさぁ、援助してくんね?」
そんな桐乃の様子も気にせず、加奈子も俺を誘う。
「だとよ。俺も参加していいか?」
「・・・・・・まぁ、いいけど」
珍しく、妹様は俺の参加を認めてくれたようだ。
「けど、あんたがビリになったら罰ゲームだからね」
場を悪くするより、後で俺を困らせる方を選んだということだろう。
まぁ、桐乃からの罰ゲームなら歓迎だけどな。
「あとあんたはスタートから、あたしたちは今のままだから」
「すでに俺の罰ゲーム決定かよ!」
流石にここからの逆転は難しそうだ。
・・・いや、加奈子には勝てるかもしれん。
敗北を覚悟しつつ、俺は参加を表明した。
「8マスか・・・イベントだな」
三十分後、あっさりと加奈子を抜きつつ、俺は少しばかりの財産をためていた。
それにしても加奈子、最大10のところ毎回3以下なんてむしろすごいな。
俺が来てすぐにアイドルに転職し、地道な活動を行っているようだ。
寄り道回り道はしているが、楽しんでいるようで何よりだ。
あやせはモデルとして大成し、結構な額の財産を持ち、豪華なマンションに住んでいる。
すでに結婚しており、子供が二人いる。
相手は誰だ。ブチ殺してやる。
桐乃はゴール目前、財産はぶっちぎりのトップで、モデル、人気作家、世界規模のアスリート、etc...とマルチに活躍している。
ただ、まだ結婚はしていない。その事実に俺は胸をなでおろす。
「さてと、イベントは、と」
イベントカードを一枚引く。
内容は―
「ずっと大切に思っていた異性と結婚する。
みんなからご祝儀として$1000もらう。
すでに結婚している場合には引きなおす」
結婚か。
・・・・・・相手は、誰なんだろうな。
「お兄さん、結婚おめでとうございます」
あやせが虹彩のない瞳で俺にお札を渡してくる。
なぜか$1000ではなく、$100だったが、俺は文句も言えずそれを受け取る。
次に加奈子が俺に身体を寄せてきて
「なぁ、桐乃のお兄さん~
加奈子と結婚しねぇ?」
「「「はぁ?」」」
三人の声がハモる。
こいつ、何言ってんだ?
「もう絶対に桐乃には勝てないしぃ、加奈子あんまりお金持ってないしぃ、
結婚して財産を共有しねぇ?」
「けど加奈子、そんなルールは・・・」
「ルールなんて適当でいいじゃん。楽しければそれでいいんだし。
ルーレット回すのは交互、給料は二人の分もらえる。
イベントは・・・まぁ、内容によって決めればいいべ。
それくらいのハンデがねぇと、加奈子もお兄さんも勝てねぇって」
「う~ん。でもお兄さんと加奈子がなんて・・・」
あやせは首を縦に振ろうとしない。
まぁ、自分が嫌いな男と自分の友人が、ゲームとはいえ結婚するのはあまり良い気分じゃないだろう。
もし赤城がたとえゲームの中でだろうとあやせと結婚しようとしたら、俺は間違いなく赤城を殴り倒す。
あれ?これは例として間違ってるか。
もし赤城がたとえ想像の中でだろうと桐乃と結婚しようとしたら、俺は間違いなく赤城を殴り倒してあやせと協力して山に埋める。
・・・・・・これも例として間違ってるか。
「お兄さんはそれで良いんですか?」
「う~ん」
横目で桐乃を見る。
俺の正面に陣取る桐乃は、俺がゲームに加わってすぐは機嫌を直して楽しそうにプレイしていたが、
プレイしながら俺があやせや加奈子と雑談していると少しずつ機嫌が悪くなり、今では噴火する直前といったところだ。
いつものように俺に友人を取られたようで面白くないんだろう。
あるいは俺が友人たちを口説かないか心配しているか。
さすがに桐乃がいる前で、何時ものようにテンション高めにあやせを口説いたりしないから安心しろって。
それに話しかけてくるのはもっぱらあやせと加奈子だぜ?
俺からは話していないっつーの。
「・・・・・・せっかくのゲームなんだし、『好きな人』と結婚したら?」
「むっ」
俺に彼女をつくるなとは言ったが、ゲームなら結婚しても別にかまわないってことかよ。
・・・俺は結婚すんなって言ってほしかったんだけどな。
「そうだなぁ、このままじゃ桐乃に勝てねえしな~。
加奈子と結婚しようかなぁ」
ちらちらと桐乃を見ながらわざとらしく言う。
「・・・・・・」
桐乃は何も言わない。ちっ、少しくらい嫌がれよな。
「・・・確かに今のままじゃあ誰も桐乃に勝てませんね。
それならお兄さん、私と結婚しますか?」
あやせがそんな発言をした。
「なん・・・だと・・・?」
なにその俺得イベント?
ゲームだからって俺がラブリーマイエンジェルあやせたんと結婚して良いの?
あれ?いつフラグたった?
「え?なにそれ・・・」
動揺する俺の視界の隅では、桐乃が信じられないものを見るような目であやせを見ている。
「私のほうが加奈子より有利ですし、私と一緒になれば桐乃にも勝てるかもしれませんよ」
「えぇ~、あやせもう結婚してるじゃんよー。
まさか不倫ってヤツ?」
加奈子がからかうように言う。
・・・加奈子、後で発言を後悔するようなことにならなきゃいいんだが。
「ねぇ加奈子」
あやせはにっこりと笑うと、車の形をした青い自分のコマを持ち上げ、
ポキリと自分の隣に座っている水色のピンをへし折った。
「結婚て何のこと?」
KOEEEEEEEEEEE!!
なんか人生ゲームでサスペンス劇場みたいなことが起こった気がするんだが!
桐乃もあやせのとなりでドン引きしているようだ。
あやせは乗り手が一人少なくなったコマを元の位置に戻す。
・・・よかった。自分のおなかを痛めてまで生んだ子供までは手にかける気はないようだ。
「ねぇ、お兄さん。私のほうが収入もいいし、財産もありますよ。
私を選びませんか?」
あやせが虹彩のない瞳で俺に詰め寄る。
「そんなお古より、加奈子の方がいいべ。
結婚したら、ちゃんと満足するように尽くしてやんよ」
加奈子が小悪魔的な表情で俺にしなだれかかる。
え?何?何でこんなことになってんの?
「加奈子は不定な収入で不安定ですよ。
住んでるのもボロアパートですし」
「なにおぅ!アイドルはヒットしたときのボーナスがあやせとは比べ物になんねーの!
先物買いするなら加奈子だっつーの!」
なんで二人ともたかが人生ゲームでそんなに張り合ってんの?
加奈子はともかく、あやせは俺の事が嫌いなのに、そこまでして桐乃に勝ちたいのか。
もしかして勝者には特別なご褒美でもあんの?
「・・・・・・」
戸惑う俺を挟み喧嘩でも始めそうな二人を無視するように、突然桐乃がゲームへと手を伸ばした。
隣の二人も言葉を止め、桐乃の挙動に注目する。
なんだ?俺たちのやり取りに苛立ったからさっさと続きでもやろうってのか?
桐乃は車の形をした黄色い自分のコマを持ち上げ、
一つ乗っているピンク色のピンを抜くと、俺のコマの上、水色のピンの左に挿した。
「「桐乃!?」」
両隣で驚きの声が上がる。
「二人で喧嘩するくらいなら、あたしが結婚してあげる」
桐乃は不満そうな顔のまま頬を染め、目線を皆からそらしながらそう言った。
それは嬉しいし、二人の喧嘩を止めたいって気持ちもわかるけどよ、それじゃあ三人で喧嘩することになんねえか?
「卑怯だぞ桐乃ぉ!それじゃあ桐乃がさらに有利になるじゃんか」
「そうだよ桐乃。私たちは桐乃に勝つためにお兄さんと、その、結婚しようとしてるんだから、
桐乃が結婚したら本末転倒じゃない」
二人の言葉に、桐乃は自分の横に置いてある札束をつかみ適当に分け、少ないほうをあやせの前に、多い方を加奈子の前に差し出す。
「兄貴と結婚できるなら、あたしのお金は二人にあげる。
・・・・・・あたしの基本給は高いし、こうすれば状況はイーブンになるでしょ?」
あやせと加奈子は顔を見合わせる。
「せっかくの人生ゲームなんだからさ、これくらいいいでしょ?
あたし、もっともっと楽しみたいんだ」
桐乃が少しだけ泣きそうな顔で言う。
ゲームを皆でもっと楽しみたいから、泣きたいくらい嫌いな俺と結婚するのか。
人身御供みたいで嫌だが、同時にゲームとはいえ、桐乃が俺と結婚しようとしてくれているのが純粋に嬉しい。
先に動いたのは加奈子だった。
加奈子はにんまりと笑うと桐乃から差し出された札束をつかみ、
「ひひ。まぁゲームだし、桐乃がそうしたいんならそれでいいじゃね?
加奈子は二人の結婚を認めてやんよ」
それに対しあやせは、
「・・・・・・はぁ。確かにゲームを調整するためって言ったのは私たちだもんね。
うん。桐乃が望むなら、桐乃とお兄さんの結婚を祝福してあげるね」
寂しそう顔で笑うと、桐乃から差し出されたお金を受け取った。
「あやせ、加奈子・・・・・・ありがとうね」
桐乃は泣きそうな顔のまま、しかし嬉しそうに笑った。
ゲームの中で俺とそういう関係になるのは本当は嫌なのかもしれないが、
二人に認められ笑ってくれるのなら、きっとそこまでは嫌じゃないんだろう。
そのことに、俺は胸をなでおろす。
「ねぇ桐乃のお兄さ~ん。加奈子ぉ、お兄さんがどうしたいのか聞きたいなぁ」
加奈子がそんなことを言いながら俺に詰め寄ってきた。
「そうですね。大事なことを聞いていませんでした。
お兄さんは、桐乃とどうしたいんですか?」
続いてあやせが虹彩のない瞳で俺を見る。
「そ、それはだな」
二人からの圧力に言いよどみながら桐乃のほうを見ると、桐乃はじっとこちらを見つめていた。
だが、その顔から少し怯えというか、恐れというか、そんな感情が見えるのは俺の気のせいだろうか。
「・・・あたしも、京介からどうしたいのか聞きたい」
表情とは違い、その声は力強いものだった。
「・・・桐乃、おまえから言い出したんだ。嫌々じゃないんだよな」
「うん。あたしが本心からそうしたいの」
「そっか」
それなら何の問題もない。
俺も安心して、心からこの言葉を言える。
「桐乃、俺と結婚してくれ」
俺は深く頭を垂れる。
桐乃は何も言わずに立ち上がると、ゲーム盤を迂回しゆっくりと俺の隣まで歩き、腰を下ろすと
「絶対に幸せにしてよね」
俺の腕を引き寄せ、ギュッっと抱きついた。
「ああ、絶対に幸せにしてやる」
幸せにするまでもなく、すでに幸せそうな桐乃の顔を見ながら、俺はそう答えた。
果たして、一着はあやせに取られたものの、俺と桐乃は俺たちの幸せを阻む数々のイベントを打ち崩し、
見事一番の資産を得ることが出来た。
『ご祝儀』も4回貰った。
(その度に加奈子にからかわれ、桐乃が顔を赤くしていたが)
そしてゲームの間、ずっと桐乃は楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに笑っていた。
ちなみに俺が最下位なら実行されるはずだった罰ゲームだが、何故か最下位だった加奈子が受けることになった。
加奈子は
「加奈子があんなことさえ言わなきゃこんなことには・・・」
「けどよぉ、桐乃の幸せそうな顔が見れて良かったべ?」
「それはそうだけど・・・
でも、それとこれとは別の話だから」
「それヒドくね!?
なぁ桐乃ぉ、お兄さん~そんな顔で加奈子を見てねえで助けてくんねぇ!?」
と言いながら、どこからかスコップを持ってきたあやせに連れて行かれた。
「ねぇ京介」
「なんだ?」
「あの時のあんた、ちょっとだけ格好良かったから」
「・・・そうか」
「またいつか、聞かせてくれる?」
「ああ、おまえが望むならな」
「・・・楽しみにしてるね」
あの時から変わらず幸せそうな桐乃を見て、俺は―
「その時は絶対に、今より幸せにしてやるからな」
-Have a happy life...-
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最終更新:2011年07月09日 11:54