91 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/08(金) 00:15:14.31 ID:Voo7nYqj0 [1/3]
【SS】二つの星にお願い事を
「誰もいないよね・・・・・・」
七夕の前日の夜、あたしはひっそりと庭に飾った笹へと歩みを進めていた。
右手には先ほど書き終えた短冊を持っている。
隣の部屋の明かりは消えていたから、きっとあいつは寝てしまっているだろう。
階段の下からも明かりは漏れていないし、お父さんもお母さんもすでに自室に戻って寝ちゃったみたいだ。
昨日の夕方、あたしは家族と一緒に七夕の飾り付けをした。
うちでは毎年五日に家族みんなで飾り付けをし、八日に片付けるのが習慣になっている。
あたしもあいつも七夕には興味ないのに毎年続けるのは、お父さんとお母さんが楽しんでいるからみたい。
二人の短冊を見てみると、いつもラブラブなのが微笑ましい。
あたしが短冊に書いたお願い事は、
『陸上で良い記録が出せますように 桐乃』
今度開かれる陸上の合宿と大会で良い記録を出せれば、海外に誘われる事もあるらしい。
最近ずっと調子が良いし、もしかしたら海外で強化トレーニングを受けられるかもしれない。
興味ないけど、チラッと見えてしまったあいつのお願い事は、
『ゴタゴタに巻き込まれずに平凡に過ごせますように 京介』
あいつはついこの間あたしをかばってお父さんと喧嘩した。
事の顛末はお母さんから聞いたし、あたしが家に帰ったときに見た、顔を腫らした無様で不恰好で情けない姿は、
きっと何年経っても忘れる事はできないと思う。
そしてその時あいつが言った一言と、その時不覚にもあたしが思ってしまったあの事も。
確かにあたしはあいつに迷惑をかけたかも知れない。
でも、あたしに見せ付けるようにこんな事書かなくてもいいじゃん。
あいつってホント性格悪いよね。
そういうわけで、あたしはすでに願い事を書いた短冊を笹に吊るしている。
この右手に持っている短冊は、家族に―あいつに見られたくないお願いだ。
自分でもバカみたいだと思うけど、あたしはあいつと喋らなくなってから、
毎年こうやって些細なお願い事を短冊に書いて、皆が寝静まった頃に笹に吊るしている。
あたしはリビングを抜け、玄関から靴を持ってくると、中庭に続く窓に手をかけた。
あれ?鍵がかかってない。
最後にリビングにいたのが誰かは知らないけど、ちゃんと最後は鍵の確認をしないと無用心じゃん。
でも、お父さんはあたしたちにもよく注意してるし、みんな忘れるかな?
あたしは不思議に思いながらも窓を開け、縁側にて靴を履いた。
外に出ると梅雨特有の雨の混じった空気のにおいがする。
あたしは一度深く深呼吸すると、飾られた笹へと目を向けた。
そこでは予想だにしなかった人物が夜空を見上げていた。
「あんた、どうしてこんところにいんの?」
誰にも見つからないようにここまで来たのも忘れ、あたしはそう口にしていた。
あいつ―京介はゆっくりとこちらを振り返るとチッと舌打ちする。
誰にも見られないようにここまで来たのに、なんでここでよりによってこいつと会うの?
あたしは手に持った短冊を京介から見えないように体の後ろに隠すと、あっち行けと念をこめて京介を睨む。
京介は死んだ魚みたいな目であたしを見つめ返してくる。
・・・・・・あたしは京介のこんな瞳が嫌い。
あたしとは正反対で活力とかやる気とかが感じられない事もそうだけど、あたしをそんな目で見るのが、本当に嫌い。
目をそらしたくなるのをこらえて睨み続けると、しばらくして京介がこちらに歩み始めた。
なに?もしかして短冊を持ってるのがバレた?
あたしは後ろ手に持った短冊を胸元まで寄せると、絶対に渡すまいと抱き寄せる。
この短冊に書かれているお願い事を知られるのはいい。
でも、もし笑われたりしたら、きっとあたしは耐えられない。
果たして、京介はあたしに見向きもすることなく隣を通り過ぎると、開いたままだった窓のほうへと向かっていった。
あたしはそれを確認すると体の力を抜く。
・・・・・・なんなのよ、あいつ。緊張して損した。
ナニをしていたか知らないが、さっさと短冊をつけてしまおう。
あたしは早足で笹に近づこうとしたが、
「明日は晴れるといいな」
そう後ろから声をかけられた。
あたしははじかれる様に後ろを見たが、京介の姿はどこにもなかった。
もう家の中に入ってしまったらしい。
―ほんと、なんなのよ、もう・・・・・・
あたしは泣きそうになりながら、人目に付きにくくかつ空からは見える場所を探す。
いい場所を見つけたけど、先に藍色の短冊が吊るしてあったので、そこから少し離れたところに吊るす事にする。
―あたし、なにやってるんだろう。
吊るした短冊を手元に手繰り寄せる。
『兄貴と一緒に仲良くお出かけできるようになりますように 桐乃』
些細なお願い事だ。
あいつに会って、直接「どこかに連れて行ってよ」と言うだけで叶ってしまうお願い事だ。
でも、もし笑われたりしたら、きっとあたしは耐えられない。
だから短冊に書いて、織姫様と彦星様にしか見えないように、こんなところの吊るしてる。
あいつとの関係は、一年前と比べたら信じられないくらいに改善されてる。
それこそ、織姫様と彦星様が願いをかなえてくれたのかと思うくらいに。
変な事をして昔のようになってしまうくらいなら、いっそ今の関係のままでいい。
そう思っていたのに―
『明日は晴れるといいな』
「おまえと一緒にどこかへ遊びに行きたいな」
そう言われたようで、泣きたいくらい嬉しくなった。
あいつがしていたみたいに夜空を仰いでみる。
天の川と夏の大三角形。
夜空の恋人は年に一度会える日を今か今かと待ちわびている。
別れた二人はどのように再会して、どのように絆を深めるんだろうか。
少なくても、あたしたちみたいに不器用じゃないだろう。
そんなことを考えながら、些細なお願い事を口にする。
「明日は、晴れるといいな」
-END-
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最終更新:2011年07月10日 02:22