94 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/08(金) 00:37:52.88 ID:TGSipapzP [1/8]
 シトシトと雨のふる日の夜。
 窓から外を見れば、朝から晴れない雲に覆われている空が目に入った。
 雨が降っているのだから当たり前といえば当たり前なんだが、それが今日だといつもとは少しばかり違う心持ちになる。

 今日は7月7日。そう、七夕の日だ。

 日本中、今日という日を楽しみにしていた子供が沢山いただろうことは簡単に予想できる。
 が、現実は無情。こうして雨が降っていて天の川なんてものは到底拝めそうもない。
 二十歳に近い年にもなって七夕の日に願い事をすれば~なんて事を信じちゃいないが、やっぱりどこか残念な気持ちもある。
 妹の桐乃も、朝から降っている雨に残念そうな目を向けていた。
 あいつも結構子供っぽいところあるから、もしかしたらあやかりたい『何か』があったのかもしれねえな。

 コンコン

 そんなことを考えていると、控えめなノックがドアを叩いた。
 誰が来たかなんてのはほぼ決まってるんだが、一応確認はしとくべきだよな。

「あいよ。誰だ? 桐乃か?」
「うん。あたし」
「やっぱり桐乃か。今開ける」

 ま、鍵なんざかかっちゃいないんだけどな。無いもんはかけれねーし。
 キィ、と軋む音を響かせてドアを開けると、風呂に入った後なんだろう。寝巻きに着替えた桐乃が立っていた。
 ・・・・・・相変わらず素足の眩しいホットパンツが目の保養・・・・・・じゃなくって! 目の毒だな。うん。

「うわ、今ムワッっとした! あんたよくこんな部屋に居られるわね」
「顔合わせた一発目にそれかよ! 仕方ねーだろうが。俺の部屋にはクーラーなんてねーし。
 せいぜい小遣いで買ってきた扇風機が関の山だっての。
 それより何だ? まさかそんなこと言うためだけに来たんじゃないだろうーな?」
「流石のあたしもそんなに暇じゃないから。あんたと違って」
「俺だって言うほど暇じゃねーから! お前から渡されたエロゲやら勉強やらでわりと忙しいんだよ!」

 ああもう! なんでこいつはいちいちこっちの神経逆撫でる事言うかな!?

「そ、そんなに怒鳴らなくってもいいじゃん。そりゃ、ちょっとあたしの言い方も悪かったケドさ・・・・・・」
「え、あ、わり。ちょっと暑くて俺もイライラしててな。それよりホントにどうした?」
「話はあるケド、こんな暑いところで話するのもイヤだし、あたしの部屋いこ? あたしの部屋ならエアコンもついてるし」
「そりゃいいな。俺もこの暑さにはうんざりしてたからよ。ちょっと涼ませてもらうわ」

 嬉しい桐乃の提案に迷うことなく乗る俺。だって暑いんだって、この部屋。マジで。
 加えて、雨のせいでジメジメとしやがるからなおのことタチが悪い。

「ん。じゃあ、いこっか」
「おう」

 距離にして数歩。隣接してるから遠いはずがなく、比喩でも何でもなく時間にしてみればあっという間だ。
 ガチャリ、と桐乃がノブをひねって戸を開けると、ひんやりとした空気が外に漏れてくる。
 桐乃が部屋に入ったのを確認して、俺も部屋に入った。
 俺の部屋とは違い、空調の聞いた部屋はまさに天国だ。
 キンキンに冷えすぎて寒いなんてことはなく、程よい涼しさに保たれている。
 仕事をしている身としては体調管理も仕事のうち、という桐乃らしい配慮だと思う。

 ちなみに、桐乃は高校に入ってからモデル業を再開した。
 ついこの間も、夏の衣装って事で浴衣なんかの特集もやっていて、そこに写ってる桐乃は超可愛かった。
 髪をアップに纏めた桐乃は、いつもとは違う新鮮さがあった。普段見えないうなじも色っぽいったらもう・・・・・・。
 その桐乃が写っているファッション誌は、大切に俺のお宝として保存されている。当然、桐乃の写っているところには付箋をつけて。
 言っとくがエロ本とは別に、だからな? あれとはまた意味合いが違うんだ。
 見つかっても平気と言えば平気だが、別の意味で恥ずかしい。
 桐乃に見つかった日には「シスコン」と罵られるに違いない。ま、今となっちゃ褒め言葉だけどな!

「ほら、あんたもこっちきなさいよ」
「へいへい」

 ニコニコとしながら、座っているベッドの自分の横をポンポンと叩く桐乃に逆らうことなく俺はそこに座った。
 朝からそんなに機嫌よくないと思ってたんだが、それほどでもないんだろうか?

「それで? 話ってのは?」
「うん。実はさ・・・・・・」

 アレ、と言って桐乃が指差すほうには、小さな笹があった。

「笹? どうしたんだよこれ」
「まなちゃんに貰った」
「麻奈実に?」
「うん。たまたま田村屋の近くを通りかかってさ、声かけられたの。
 なんか今田村屋って七夕キャンペーンってのやってるらしくて、サービスで笹配ってるんだって。
 『桐乃ちゃんにもあげる。これはさーびすだから気にしなくてもいいよ~。きょうちゃんによろしくね~』
 って言って無理矢理渡されちゃった」

 そういえば麻奈実のやつ、そんなことも言ってた気もするな。すっかり忘れてたぜ。

「つき返すのも悪いし、そのまま貰ってきたんだ。小さいし、ついでだから部屋に飾って短冊でもつけようかなって」
「なるほどな。しかしお前達も随分仲良くなったもんだな」

 すげー険悪だった頃が嘘みたいじゃね? 桐乃と麻奈実がこんな平和なやり取りするなんざ、
  ちょっと前までは想像すらできなかったってのに。

「うっさい。そもそも、あたしとまなちゃんが仲違いしたのだって、あんたが原因なんだから」
「わかってるよ。アレは俺が悪かったって」

 やべ、やぶへびだった。このままでは余計な説教をくらいかねないな。話題を変えねーと。

「それより、短冊って言ったか? もしかして話ってそれのことか?」
「露骨に話題をそらしたわね」
「うっせ。それよりどうなんだよ。違うのか?」
「チッ・・・まあそんなとこ。雨は降っちゃってるけど、せっかくの七夕なんだしさ。願い事ぐらい書こうよ」
「七夕だしな。それも悪くないか。でも俺何も用意してねーぞ?」
「んなのわかってるって。あたしから言い出したんだし、それぐらい用意してるわよ。ほら、短冊とペン」
「サンキュ」

 そう言って桐乃から青い短冊とペンを受け取る。
 とはいえ、いきなり願い事書けといわれてもパッと思いつかないな。

「どうしたのよ。願い事ぐらいあるでしょ? ほら、い、妹ともっと仲良くなれますように、とか」
「顔赤くして照れるぐらいなら自分で言うんじゃねーよ」

 こっちまで赤くなっちまうじゃねーか。

「い、いいじゃん別に! それとも何? あたしとはもう仲良くなりたくないっての!?」
「そうじゃねーよ! お前ともっと仲良くなれるなら大歓迎だっつの!」
「そ、そうなんだ・・・・・・ほ、ホントどうしようもないシスコンね。あんたも」
「ニヤニヤしながら罵倒したって何にも説得力ねーから」
「ニ、ニヤニヤなんてしてない!」
「あーはいはい。わかったから詰め寄るな。顔が近い」

 そんな可愛い顔真っ赤にしながら近付くなって! こんなキスでもしそうな距離じゃ意識しちまうだろうが!

「まあ、なんだ。そういうのは他人任せにしたくないっつーか、な」
「へえ~。じゃあ、あんたが自分から何かしてくれるっての?」
「ん? おう。お望みなら何だってやってやるよ。こんな事だってな」

 グイッと肩を引き寄せて桐乃を胸に収める。
 モデルのせいか、身長のわりに華奢だよねこいつ。こんな簡単に腕に収まっちまうし。
 桐乃の体温と、漂ってくる甘い匂いに頭がくらくらしてきそうだ。

「ひゃあ!? あ、あ、あんたどさくさにまぎれて何してんのよ!」
「んだよ、そんなにイヤだったか? 桐乃がイヤだって言うんならすぐにでも離すけど」
「・・・・・・別に、イヤなんていってないじゃん」
「それじゃ、もう少しだけこうさせてくれよ」
「・・・うん」

 桐乃が俺に体を預けたことがわかった。
 心地いい重さが腕の中から伝わる。

「こんなこと他人任せに出来ねーだろ。それが織姫だろーが彦星だろーが関係ないね」
「ばか」

 そうやって抱きしめている間に、頭にピンと閃くものがあった。
 抱きしめていた腕をほどいてペンを手に取る。抱きしめている桐乃に腕を回して、目の前で願いを書いた

 『桐乃とこの先、ずっと一緒に居られますように』

「あんた、これ・・・・・・」
「いい願いだろ? 離れ離れになってる織姫や彦星には悪いと思うけどよ、これ以外今の俺には思いつかねーわ」
「ホントに・・・・・・あんたバカよね」
「バカとはしつれーな。俺は真剣だぞ?」
「だからバカだっつってんの。こんなの、あんたが願う必要なんてないじゃん」
「何でだよ」
「だってさ」

 いい含むように途中で言葉を切る桐乃に顔を向ける。その瞬間、口に暖かい感触が広がった。
 目の前は、桐乃の顔で埋め尽くされた。

「ん・・・・・・ちゅ」
「ふぅ・・・ん・・・」

 だんだんと息苦しくなってきて、ぷはっ、と口を離した。

「桐乃・・・」
「あたしが、あんたの傍を離れるわけないじゃん。あんただって、ずっと傍に居てくれるんでしょ?」
「・・・・・・ああ、あたりまえだろ」
「うん。だから、必要ないでしょ?」
「・・・・・・そうだな。じゃあこれどうするよ?」
「ん~、まあ、かけてもいいんじゃない? 必要なくってもお願いはお願いだし」
「なんだよそれ」
「いいじゃん。変わりにあたしが飛びっきりのお願い書いてあげるわよ」
「へいへい。期待してるよ」
「へへへ。じゃあどーしよっかな」

 楽しそうに、そして真剣に悩み始める桐乃に頬が緩む。
 うんうん唸っていた桐乃だったが、何か思いついたようでそれを自分の短冊、赤い短冊に書き込んでいった。

「なんて書いたんだ?」
「教えて欲しい?」
「俺の見たんだし、お前のも見せてくれたっていいじゃん」
「しょうがないなー。ま、別に隠すものでもないけどね。ほら」

 そうして見せてくれた短冊には、

『京介と一緒に、一生笑顔でいられますように』

 そう書かれていた。

「どうよ?」
「・・・ははっ。おう、すげーいい願い事だと思うぜ」
「でしょ?」

 にひひと笑う桐乃は心底嬉しそうな笑顔をしている。
 こんな笑顔が見れる俺は、きっとすげー幸せ者なんだろうな 。

「じゃあこれ飾ろっか」
「そうだな」

 小さいながら短冊を二つ吊り下げるには問題ない笹に、並ぶように短冊をぶら下げた。

「お願い、叶うかな」
「どうだろうな。・・・ん? おい桐乃、外見てみろよ」
「え? うわぁ・・・・・・」

 桐乃が開けたカーテンの外には、びっくりするぐらいにキレイに見える天の川が。
 どうやら短冊を書いている間に雨が上がっていたようだった。
 でも、それにしたってこれは・・・・・・
 少しの間、その壮観な夜空に二人で見入る。

「ねえ京介。織姫と彦星、会えたかな?」
「会えたんじゃねーの? こんだけキレイに見えてるんだ。会えないはずねえだろ」
「そうだね」

 優しく微笑む桐乃は、まるで女神のようだった。

「京介」
「ん?」
「ずっとずっと、一緒にいてね」
「ああ」
「約束だかんね」
「おう」
「破ったら末代まで・・・・・・あの世にいっても恨んでやるから」
「そりゃこわい。じゃあ約束は守らないとな」

 破るつもりはさらさらねえけどな。何つっても、俺は桐乃がいねーと寂しくて死んじまうんだから。
 桐乃も、俺の一番じゃないとイヤだっていうのは今でも変わらないしな。
 破る意味なんて、どこにもねえ。死ぬまで守り通すさ。

「桐乃、今日は一緒に寝るか」
「な、なによ、いきなり」
「いや、なんかそんな気分なんだよ。だめか?」
「・・・・・・いいよ。今日は特別な日だからね。しょうがないから一緒に寝てあげる」
「ありがとよ」

 こうしているだけでどこまでも笑顔になれる。
 ずっとずっと、一生こんな日が続けばいいと思う。


「桐乃」


 だって


「何?」


 俺たちは


「大好きだぜ」


 こんなにも幸せなんだから


「うん。あたしも」

 

「京介、大好き」



END




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最終更新:2011年07月10日 02:39