97 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/08(金) 00:50:39.05 ID:Voo7nYqj0 [2/3]
【SS】アルタイルにお願い事を
「桐乃ー飾りつけ持ってきてー」
庭からお母さんがあたしを呼ぶ声が聞こえる。
「ちょっと待ってー」
あたしは返事をすると、七夕の飾りを探す作業を再開した。
お母さん、毎年ここにしまってたんだけどな。
「あ、あった」
引き出しの奥から桐の箱を取り出す。
中身を確認してみると、中には毎年使っている七夕の飾りが入っていた。
「もう随分古くなってるなー。
あ、これ去年黒いのにもらった折り紙のメルルじゃん。
あたしが折れないってボヤいたら、あいつが作ってくれたんだよね・・・・・・
回収し忘れたと思ってたけど、ちゃんと取っといてくれたんだ。
・・・・・・あれ?なんだろうこの箱?」
一通り中を確認すると、見慣れない箱が目を引いた。
なんだろう。特別な飾りでも入ってるのかな?
「桐乃ー?」
「はーい。今行きまーす」
再度返事をして箱を閉じると、その箱を持って庭へと向かった。
まぁ中身なんてあっちで作業しながらでも確認できるしね。
「その箱の中にはね、今までの短冊がすべて入ってるのよ」
「・・・・・・は?」
七夕の飾り付けをしながらさっき見つけた箱の事をお母さんに尋ねたら、そんな答えが返ってきた。
ちなみにお父さんは仕事、京介は地味子と一緒に図書館で勉強してるらしい。
「お母さん、飾り以外は七夕送りしてたんじゃなかったの?」
「あら、そんな事してないわよ?
だって京介と桐乃の大事な成長記録じゃない。ちゃんと取っておかないと」
お母さんはニヤニヤとした表情であたしを見る。
この表情、もしかして―
「も、もしかして、あたしの『二枚目の短冊』も、取ってあるの?」
「桐乃はいくつになってもお兄ちゃんのことが好きなのね♪」
ぎにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
誰にも知られてないと思ったのに!
あたしの馬鹿バカばか!
叫びながら転がり回りたい衝動を抑えて、平然な様子を装う。
顔はたぶん真っ赤になってるだろうけど。
「そ、そうなんだ。ちょっと見てみていいかな?」
「いいわよ~」
お母さんがからかうように言う。
そ、そんなにマズいこと書いたかな?
あたしは飾り付けの手を止めると、縁側に腰掛け箱を開けてみる。
箱の中にはお母さんの言ったとおり、古いものから新し物まで、色取り取りの短冊が入っている。
時間ごとじゃなくて書いた人ごとに分けてあるみたい。
初めはあたし、次に京介、その次がお母さん、最後がお父さん。
あたしはまず自分の短冊を確認してみる。
『おにいちゃんのおよめさんになれますように きりの』
『おにいちゃんとけっこんできますように きりの』
う~ん、確かにこんな事を書いた気が・・・
ううっ。見ててなんとも言えない気分になるなぁ。
『かけっこが早くなりますように きりの』
・・・・・・この頃から京介と話さなくなっていったんだよね。
だからこの次の年からあたしは―
『テストで100点が取れますように 桐乃』
『お兄ちゃんと仲直りできますように 桐乃』
二つの短冊を書くようになったんだ。
「お母さん、お父さんはこの短冊のこと知ってるの?」
「知らないわよ。お母さんがひっそりと集めてたんだから。
だってお父さん、自分が書いた昔の短冊を見られるの嫌がるんだもの」
「そうなんだ」
よかった、お母さん以外は知らないんだ。
あたしは自分の思い出を確かめるように、一枚一枚短冊を確認していく。
『もっとキレイになりたい! 桐乃』
『お兄ちゃんと遊べますように 桐乃』
『読者モデルで一番になれますように 桐乃』
『あいつと少しくらい話せますように 桐乃』
「・・・・・・」
少しずつお願い事が些細なものになっていく。
それはつまり、少しずつあたしと京介の距離が遠くなった証だ。
この短冊にお願い事を書いたときの自分の心情を思い出すと、いまだに胸が締め付けられる。
そして―
『好きなことを目一杯楽しめますように! 桐乃』
『あいつに少しでも見て欲しい 桐乃』
『陸上で良い記録が出せますように 桐乃』
『兄貴と一緒に仲良くお出かけできるようになりますように 桐乃』
願いは叶った。
「ふふふ」
突然この短冊たちが愛しくなり、ゆっくりと優しく撫でる。
「良かったわね」
見ると、お母さんが飾りつけの手を止め、微笑みながらあたしを見ていた。
「・・・・・・うん」
毎年毎年ほとんど変わらない兄妹仲を見ていたお母さんは、どんな気持ちだったんだろうか。
時間が経つにつれ、些細なお願い事になる短冊を見ていたお母さんは、どんな気持ちだったんだろうか。
そして一転、可愛らしいお願い事が書かれた短冊を見たお母さんは―きっと今と同じ表情だったんだろうな。
「ほらほら、次からは京介の短冊よ?」
一転、お母さんの表情が先ほどのニヤニヤとしたものに変わる。
京介の短冊かぁ。毎年『偶然』お願い事に目を通していたけど、お母さんがニヤニヤするようなお願い事なんてあったかな?
「見てもいいのかな?」
一応聞いてみる。あんなのでもあたしの兄貴だし、勝手に見るのは気が引けるんだけど・・・・・・
「平気平気。言わなきゃバレないって」
そういう問題じゃないと思うんだけど。
「それにね」
お母さんはニヤニヤ顔を止め、あたしに笑いかけた。
「あんたたちは二人とも不器用だから、ちょっと間違ってでも、時々相手の本音を知っておいたほうがいいのよ」
「?」
よくわからないけど、お母さんの勧めもあるし、短冊を見てみることにする。
初めのほうの短冊は、と。
『きりののおむこさんになれますように きょうすけ』
『きりのとけっこんできますように 京介』
「お母さん、この短冊もらっていっちゃダメ?」
お母さんは呆れたように笑い、
「さすがにそれは駄目よ」
う~ん、残念。
これを京介に見せたら面白い反応してくれるのに。
それにしても、京介も昔こんなお願い事してたんだ。
七夕に兄妹がお互いに結婚のお願い事をするなんて、それなんてエロゲ?
間違いなく純愛ラブラブTrueEND突入フラグだよね。
さて、次は―
『友だちが百人できますように 京介』
『かけっこで一番になれますように 京介』
『テストで100点が取れますように 京介』
さすがにもうあたしの名前は出てこないか。
・・・・・・そろそろ、あたしと話さなくなった頃かな。
どうせ『麻奈実と結婚できますように 京介』とでも書いてあるんだろう。
そう思いながら短冊をめくると―
『桐乃と仲直りできますように 京介』
「え?」
こんな短冊見た覚えがない。
全部の内容までは覚えていないけど、京介の短冊は毎年見てる。
こんな短冊があれば絶対に覚えているはずなのに・・・・・・
あたしは何かに突き動かされるように短冊をめくっていく。
『麻奈実と同じ中学に行けますように 京介』
『たまには桐乃と遊べますように 京介』
『何事もなく平凡にすごせますように 京介』
『桐乃に兄として見て欲しい 京介』
二枚に一枚、あたしに関するお願い事が書かれている。
一年に二枚の短冊。
もしかしてあたしたちは―
そして最後、緑の短冊と紺色の短冊にはこう書かれていた。
『ゴタゴタに巻き込まれずに平凡に過ごせますように 京介』
『桐乃が趣味のせいでゴタゴタに巻き込まれませんように 京介』
「・・・・・・バカじゃん」
あたしも、あいつも。
言いたくて、言えなくて、お互いに勘違いして。
「でも」
もしあたしが、あいつが、短冊に気がついていたら。
お母さんが、この短冊を見せてくれていたら。
あたしたちは素直に兄妹に戻れたかな?
今のこんな気持ちにならなかったのかな?
「結局ダメなんだよね」
年に一度、織姫と彦星が出会う日だけ、二人はほんの少しだけ素直になっていた。
お互いに背を向け合っていた二人が、天の川越しに顔を合わせるみたいに。
けれどそれだけだから。天の川を越えず、声もかけず、ただ顔を合わせるだけだから。
七夕が終わってしまうと、結局元に戻ってしまうんだろう。
今だから、あたしは素直に受け止めることができる。
あたしはこの短冊たちをゆっくりと優しく、愛しむ様に撫でる。
「良かったわね」
見ると、再びお母さんが飾りつけの手を止め、微笑みながらあたしを見ていた。
「・・・・・・うん」
毎年毎年ほとんど変わらない兄妹仲を見ていたお母さんは、どんな気持ちだったんだろうか。
時間が経つにつれ、些細なお願い事になる短冊を見ていたお母さんは、どんな気持ちだったんだろうか。
そして、あたしと京介の短冊を見比べたお母さんはきっと―
次の日の夜、一階で連続ドラマを見終わったあたしが自分の部屋に戻ろうと二階へあがると、
そこで京介とばったりと出くわした。
京介はあたしの顔を見ると、脈絡もなく、
「明日は雨らしいな」
と言った。
「ふ~ん。今年の七夕は雨なんだ」
別に迷信を信じているわけじゃないけど、せっかくの七夕が雨なのは寂しいな。
「そう言えば、あんたは短冊になんて書いたの?
『桐乃にもっとかまってもらえますように』とか?」
京介の目を見て、からかうように言う。
実のところ、あたしは京介が短冊に書いた内容を知っている。
『偶然』吊るされているのを見たのだ。
「ちげーよ。
『大学に合格できますように』だ」
そう、京介の短冊には受験生らしく、
『麻奈実と同じ大学に合格できますように 京介』
と書かれていた。
『麻奈実と同じ』のところがムカつくけど。
「受験はまだ先なのに、もう神頼みしなきゃいけないくらい自信ないの?
マジありえないんだけど」
「うっせぇ。実力勝負でも、神にも祈りたいってのはあるだろ?
そういうおまえはどうなんだよ」
「あたし?あたしは
『妹空がアニメ化しますように 桐乃』
って書いたよ」
「おまえの小説がアニメ化ね。それこそ神頼みが必要だな」
実のところ、ぷーりんさんがアニメ化の要望が来てる事をポロリともらしたんだよね。
まだいろいろ問題はあるみたいけど、もしかしたらアニメ化するかも。
「それで、あんたはこれからどこ行くの?」
「風呂入りに行くんだよ」
「ふ~ん。
・・・・・・もしかして、こっそり
『桐乃とイチャイチャできますように』
って書いた短冊を吊るしに行くんじゃないでしょうね」
「しねぇよ!てかなんだよ、おまえとイチャイチャって・・・・・・」
「どうだか。あんたってシスコンじゃん、それくらいしそうなんだけど。
今までもこっそり吊るしてたりしたんじゃないの?」
「そ、そんなことしてねぇよ・・・・・・」
京介が目をそらす。
バレバレな嘘ついちゃって可愛いな。
「ほんと?」
京介の顔を覗き込むと、京介は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「するわけねえだろ?
俺とおまえは仲が悪かったんだからよ」
確かに仲が悪かったよね。
それでも、京介があたしのことを気にかけてくれていたことを知って、あたしは嬉しかった。
『あたしはずっと願ってたよ』
そう口にしようとした時、
「それに、そういう願いは短冊に書いて吊るすもんじゃねえって分かったからな」
京介がそう口にして、あたしは開きかけた口を閉じる。
お願い事は叶った。
でも願いは届けたい人に届かなかった。
確かに短冊を吊るす意味はなかったけど、
二人の願いをバカにされた気がして、あたしは―
「だからな」
京介は笑うと、泣きそうな顔でにらみつけたあたしの頭に右手を乗せゆっくりと撫で、
「今年から、ベガに直接渡すことにしたんだ。
そうすれば、雨が降ってても関係ないだろ?」
「ベガに?」
意味が分からず、頭に乗せられた手を払うこともせずに首をかしげる。
京介は手をどかし照れたような顔でそっぽを向くと、
「天の川を越えて、な」
と言い、あたしの横を通り過ぎ階段を下りていった。
「・・・・・・なんなの?」
あたしは京介が触れた髪に優しく手を乗せると、今の感触が消えないようゆっくりと優しく整える。
天の川を越えてベガに届けるって、
『俺は妹が大好きだ』
って書いた短冊をロケットにくくりつけて空にでも飛ばすつもり?
宇宙規模であたしへの想いを届けようなんて、あいつそんなにあたしの事―
いやいや、確かに京介はあたしのためにアメリカまで飛んできたけど、さすがにロケットまでは飛ばさない、ハズ・・・・・・
「・・・・・・バカらしい。
あたしこそなに考えてんだろ」
あたしは頭を振りバカな考えを追い出すと、自分の部屋の扉を開け、電気をつける。
「?」
なにか違和感を覚えた。
あたしは違和感を探るべくあたりを見渡して
机の上にある、紺色の短冊を見つけた。
「あ・・・・・・」
もしかしたら短冊が逃げ出してしまうんじゃないか。
そんな変な考えが浮かんできて、あたしは足音を消して、ゆっくりと机に近づいていく。
あいつの部屋に初めて入ったときと同じくらい、心臓が高鳴っているのが分かる。
30秒か、あるいは一分か。部屋の中を移動するとは思えないほどの時間をかけて机の前にたどり着く。
あたしは、裏を向けておいてある短冊に手を伸ばす。
震える手でめくるとそこには―
『桐乃がどこにも行きませんように 京介』
「・・・・・・ばか」
短冊を手に取り、優しく抱きしめる。
「なにがベガよ。
ちゃんと織姫って呼びなさいよね」
胸が、心が温かくなる。
京介の部屋のほうを見ると、一つの壁がある。
去年は、一昨年は、あの壁がとても分厚いものだった。
あの壁をはさんで、お互いにそっぽを向いていた。
一年に一度だけ、お互いにひっそりと壁の向こうを見つめていた。
それは、今年も同じだと思っていた。
結局どれだけ仲良くなってもあたしたちにあの壁は―天の川は越えられないんじゃないかと。
でも京介は、あっさりと天の川を飛び越えて、あたしに想いを伝えてくれた。
あいつは海を越えてあたしに「一緒に帰ろう」と言ってくれた。
そして今度は、天の川を越えてあたしに「どこにも行かないでくれ」と伝えてくれた。
まだ黙って行ってしまった事にごめんなさいが言えていないけど、
連れて帰ってくれた事にありがとうが言えていないけど、
京介は自分の望みを伝えてくれた。
伝えれば、望みが叶う事に気づいてくれた。
だから、京介の願いを叶えてあげよう。
そして、あたしの願いを叶えてもらおう。
あたしはもうどこにも行かないから。
だから京介もどこにも行かないで。
その想いを京介が叶えてくれるように、そっと短冊にしたためる。、
『京介がどこにも行きませんように 桐乃』
一度だけギュッと抱きしめた後、早足で京介の部屋へと向かう。
七夕の夜、満天の星が輝けば、短冊に記した願いが叶うという。
あたしと京介の願いが叶うのだから、明日はきっと晴れるだろう。
-Good END-
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最終更新:2011年07月10日 02:23