43 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 00:00:25.21 ID:gWrTyBWT0
SS『未来からの来訪者?』

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 妹に、本当に好きな奴が現れるまで彼女を作らない――と。
 そんな決意をしたのはつい先月のこと。
 残暑の厳しさはとうに過ぎ去って、出雲大社に全国の神々が集う月が到来し、気候的には過ごしやすい穏やかな季節がやってきていた。

 そして今日は土曜日。
 天気もいいし、受験勉強の合間に気分転換とばかりに散歩へと出かけた訳なんだが――その途中、公園に差し掛かった辺りで、今は会い

たくない人物を視界に捉えた。

「げ――あやせ、か」

 妹を大切にする。
 そして妹を泣かせないと誓いを立てた。
 だから、桐乃の親友相手にいつまでもセクハラまがいのことをしていてはいけないと思うわけで。

 幸いにもまだあやせの方はこちらに気付いていないようだ。
 公園のベンチにひとりで腰掛けていて、なにやら文庫本を読み耽っているみたいだし。

 ここはやはり、君子危うきに近寄らず――だろう。
 いやいや、別の意味で触らぬ神に祟り無しの方が近いのかもしれん。
 何故かベンチの傍らに立て掛けてある工事現場で見かけるような大きめのスコップには危険なメッセージが秘められている気がするしな



 そんな訳で、足音を立てないように回れ右して、そろりそろりと公園の外へ歩き始めた。
 そしてそのまま散歩を再開――と、思っていたのだけれど。
  
「お久しぶりですね、お兄さん」

「うわわわっ! なんでおまえ真後ろにいるの?!」 

 背後から聞こえたその声に思わず身体が凍りつくような感覚を覚えつつおそるおそる振り返ると、そこに立っていたのはやはりマイスイ

ートエンジェルだった。
 近い近い近いっ――顔が近いぞ。
 下手に勢い良く振り返るとうっかりキスしてしまう可能性があったぐらい近い。
 
 ――って、あやせサン、さっきまであそこのベンチに座っていたよね?
 50メートルぐらい離れているような気がするんだが、最近の女子中学生は某サイボーグ戦士並の能力を持っているんだろうか。

 それはさておき、笑顔が怖いですよあやせサン。
 笑顔なのに目が全く笑ってないし。
 視線だけで人を○○してしまいそうな雰囲気すら感じるぞ。

「なにをそんなに怯えているんです、お兄さん」

「おおお怯えてなんかないですよ、あららぎさん」

「私はそんな半分吸血鬼みたいな名前じゃありません。
 私の名前は新垣あやせです。
 そもそも兄さんの私に対する呼称は“あやせ”でしょうが。
 それ以外は決して認めませんからね」

 失礼、噛みまみた――と、ツインテイルの某幼女のように可愛く言える自信はないのでここは自重しておこう。

 ――で、結局逃げるタイミングを失ってしまった訳で。
 半ば連行されるように、先ほどまであやせが座っていたベンチまで連れて来られて二人仲良く並んで腰掛けることになった。

「こうして若い男女が公園のベンチに一緒に座っていると周囲からはどんな風に見えるのでしょうね、お兄さん」

「さあな――公判中の被告人と、被告人を追及しようとしている女性検事の様に見えなくもないのかもしれんな」

 或いは生き埋めの刑に処されようとしている無力な罪人と、刑の執行者という感じだろうか。
 怖いからそんな事は言えないけどな。

「そうやってまたとぼけようとして――結婚してくれとか言ったくせに」

 最後の方はごによごにょと小声で呟いた感じで聞き取れなかったのだが。
 ――何故だろう。俺の緊急回避用のアンテナが聞きなおしてはいけないと信号を発している。
 ここはスルーしておいた方がいいんだろうな。たぶん。

 そんな時だった。
 公園の入り口の方から、幼い少女が笑顔を覗かせながらこちらへ向かって走ってくるその様子が目に留まった。
 年の頃は5~6才ぐらいだろうか。
 肩口にかかるくらいのストレートの綺麗な黒髪と、少し丸顔でくりくりとした瞳が実に印象的で可愛らしい。
 誰かによく似ているなぁ――って、そうか。

「あの女の子、桐乃の幼い頃によく似ているなぁ」

「ああ、あのこちらの方に向かって駆けてくる小さい女の子がですか?
 なるほど、言われてみればどこか桐乃の面影を感じますね。
 でも、通りがかった女の子を見て、桐乃のことを思い出すなんて、やっぱりお兄さんは超弩級の変態さんだと思いますよ。
 そんなことだから折角できた恋人にもふられてしまうんですよ」

「うるさい、ほっとけ」

 更に小声でごにょごにょと、「ここはやはり私が――」とかなんとか言ってるけど意味不明だし、聞く耳なんて持ってやるものか。
 自分なりにけじめはつけたつもりだけど、失恋のダメージは大きかったんだからな。

 まあでも当分彼女なんて作るつもりはないし、そんな機会もないだろう。
 将来もしも結婚できたら、あの女の子みたいに桐乃に良く似た娘が欲しいなぁ――とは思ってしまうが、下手すると一生独り身という可

能性もある訳で。
 更に下手をすると、桐乃がどこぞの馬の骨と結婚して、俺は伯父として桐乃の娘と接する可能性の方が高いんじゃないだろうか。

 畜生、そんなことはさせるものか!
 桐乃に近付く男は片っ端に埋めてやるぜ。

「あやせも協力してくれるよな?」

「なにを突然言い出しているんです?
 でも、なぜか私の本能がここは頷くべきと言ってます。
 ええ、私にできることは全力で協力しますよ」

 ――以心伝心ということか。
 あやせはベンチの隅に立て掛けていたスコップを何故か握り締めている。

 そんなお馬鹿な会話を交わしていたせいだろう。
 先ほど話題にした幼い女の子が目前に迫っていることに俺は全く気づけなかった。

「パパー!」

 桐乃似の幼い少女が桐乃に良く似た声で元気よく声をあげた。
 その声に反応するように俺は一旦視線をその少女に向けたのだが――あれ? 気のせいだろうか。
 その幼い少女の視線は真っ直ぐ俺に向けられているような気が。
 いやいや、そんな筈はないさ。
 ついさっき「パパ」と言ってたんだぞ。
 きっと、俺たちが座っているベンチの向こう側にこの女の子の父親が――って、あれ? 俺たちの後ろには誰もいないんだけど。

 桐乃似のその幼い少女は足の速さまで桐乃によく似ていたのだろう。
 あっと言う間に駆け寄ってきて、そのまま一直線に、迷う事無く俺の胸に飛び込んできた――って、おい!

「パパ、だーいすき」
 
 いったいこの子は誰と間違って――いや勿論父親と間違っているんだろうけど、間違うぐらい俺って老けて見えるの?
 何気にショックだぞ、おい。
 まあ小さい子供の間違いだから、大人気なく目くじらを立てたりしないけどさ。

「あの……さっき、パパって言いましたよね、この子。
 ――と、ということは?!
 おおお、お兄さんっ! あなたいつの間に桐乃に子供を産ませたんですか?!
 はっ?! まさか桐乃がアメリカに行っていたのは向こうで出産するためだったとか?!」

「なんでそうなる?!」

 頭痛がしてきた……いやほんとに。
 仮にこの子が本当に桐乃の娘だとしたなら、桐乃は小学3年生か4年生ぐらいの頃に出産した計算になってしまうというのに。
 そんなことに気付けないほど動転しているんだろうな。
 とりあえず、そのことを説明して誤解を解いておこうと思ったその時だった。

 桐乃似のこの幼い少女は更なる爆弾投下を予定していた。

「ママも大好き!」

 えーと、抱きつきやがりましたよ、この子。
 あやせの柔らかそうな胸の中に。
 ちょっと羨ましいぞおい――って、それはさておいて、俺がパパであやせがママだと?

 それってどこぞのゲームの某ルートの話?
 そろそろ投下したスレを間違ってんじゃないの?――という声が聞こえてきそうで心配なんだが。

「わわわ私がママで、お兄さんがパパということは、二人は仲睦まじい夫婦で!
 そ、それじゃ、さっきの協力してほしいと言っていたのは、このことだったんですね!
 お兄さんがどうしてもと泣いてお願いしてくれるなら、やぶさかではありませんけど!
 で、でも、その前にきちんと、告白とか、恋人同士とか、プロポーズとか順番を――」

「あやせ――おまえが無茶苦茶気が動転しているのはよく判った。
 しかし、落ち着け。時系列を冷静に考えるんだ。
 超がつくほどの美少女のおまえと、なんの取り柄もない俺が結婚するとか絶対にありえない話だ。
 しかし、仮に奇跡的に何かの間違いで俺とおまえが結婚するようなことがあるにせよ、それは未来の話だぞ。
 俺をパパと呼び、あやせのことをママと呼んでいるこの子は、どう見ても5~6才ぐらいだ。
 従って、5~6年ぐらい前に産まれたということになる。
 つまり――」

「つまり――なんですか、お兄さん。
 この子が――あやかが私達の子供じゃないと言いたいんですか?」

 おいおい、“あやか”って、既に命名までしちゃったんですか、あやせサン。
 しかもそのネーミングは何というか――ううむ。

「だからこの子の母親があやせだと言うのなら、いったいおまえは何才の頃にこの子を――。
 しかも俺が父親だと言うのなら、俺は小学生の頃のあやせと、子供ができてしまうような行為をしたという事になるんだぞ」

「なにを白昼堂々とセクハラ発言しているんですか!
 そんなに埋められたいんですか?!」

「いや、だからさ――時系列的にありえないと言いたいだけでさ」

「ありえなくありませんよ。
 きっとこの子は――あやかは、未来の世界から時空の扉を開いて、若かりし頃の両親のもとにやってきたんですよ。
 ねえ、あやかちゃん」

 いつの間にこのお話はSF方面にジャンルを変えたんだよ……。
 そもそも俺と結婚する未来をなんでそんなに簡単に受け入れてしまっているのやら。
 突っ込み所が満載すぎてどこからあやせ城の城壁を切り崩そうかと思っていたその時だった。

「違うよ、私の名前はあやかじゃなくて凛子だよ」

 はい、名前が判明しました――って、“りんこ”かよ。
 何というかやはりコメントし辛い名前だな、おい。

 ――で、お約束と言うべきなのかどうか。
 このタイミングで登場しやがりましたよ。

「ちょっとりんこちゃん、打ち合わせ通り言わないとダメじゃない。
 “ママ”って呼ぶのは、こっちのお姉ちゃんじゃなくてあたしの方でしょ」

「あー、そうだった。ごめんなさい桐乃お姉ちゃん」





 要するに“ドッキリ”だった――ということらしい。
 唐突に現れた桐乃は、唐突に事情説明を始めて、未婚のママ状態と化していたあやせに何度も謝っていた。

 ちなみに凛子ちゃんとやらはお袋の妹の娘。
 つまりは俺や桐乃にとっては従妹という関係になる。
 ひょっとしたら隔世遺伝の影響で、この子は桐乃と良く似ているのかもしれないな。
 お袋のお母さん、つまり母方のおばあちゃんの若かりし頃はとても美人だったということだろう。

 ――で、実は凛子という名前を聞いたときに思い出していたんだけどな。
 以前会った時は、まだ凛子ちゃんは赤ちゃんだったからなぁ。
 まさかこんなに桐乃に似た容姿に育っていたとは。
 性格だけは桐乃に似ないようにと、祈らざるを得ないところだ。

 ところで凛子ちゃんの父親は海外に単身赴任しているとのこと。
 しかし最近、現地で体調を壊したらしく、慌てて凛子ちゃんの母親が現地に向かうことになり、その間だけ我が家で凛子ちゃんを預かる

ことになったらしい。

 ――で、それはさておいて。

 未来のワンシーンを想像させるには充分のシチュエーションで帰り道をゆっくりと歩いている俺たちだった。

 そう――真ん中に凛子ちゃんを挟んで、仲良く3人で手を繋いでいる訳だ。
 さて、こんな俺たちの様子を傍から見れば、どんな関係だと思うだろうか。
 さすがに夫婦とその子供という感じには見えないだろうな。
 父親、そして母親と思わせるには、俺も桐乃も若すぎるし。

「まあでも遠くから見れば――ひょっとしたら」

「何を考えているのか筒抜けなんだけど――まったくキモいんだから、もう」

「悪かったな、キモい想像をしてしまってさ。
 ――で、そんなことより何でおまえは凛子ちゃんにあんなことを言わせたんだよ。
 しかも本当はママ役はおまえ自身だったんだろ」

「べ、別に深い理由なんてないわよっ!
 あやせやあんたが驚くかなー、って思っただけなんだから」

 驚く前に俺の命が風前の灯になってしまうって。
 おまえの親友を殺人犯にしたくなかったら、悪ふざけは自重して欲しいぞ。


 ――まあ、それでもだ。
 俺とあやせが結婚するという可能性以上にありえない将来だとは判ってはいるのだけれど。
 そう――現実的には叶う筈のない、俺と桐乃が夫婦になるという夢物語をほんの一瞬だけでも、こうして疑似的に味わえたのだから文句

は言うまい。
 遠い将来にさえ実現しないワンシーンを、遠くから見れば仲の良い夫婦と娘という構図を実現してくれたのだから、文句どころか感謝し

ないといけないな。

 いつの日か、俺のこの立ち位置はどこぞの馬の骨に譲らなくてはいけないのだろうから。
 せめて今だけは、こうして――。

「ねぇ、何を考えてんの」

「別に何も考えちゃいねーよ」

「ふーん、まあいいけど」

 でも、これだけは言っておくわ――と神妙な面持ちで付け加えて、桐乃は宙を見上げ――遥か先の未来を見つめるような遠い目を浮かべ

てこう言った。




「いつの日か、ちゃんと産んであげるから」




「あ? え? いいっ?」

「キモ――なにあんたア行の発声練習をしてんのよ」

「いや、だっておまえ産んであげる――って、誰の?」

「誰の、ってそれを聞くわけ?! バッカじゃないの? いや馬鹿でしょ」

「2回言った! いや確かに俺は馬鹿だとは思うがな……」

「何度でも言ってやるわよ、この大馬鹿兄貴っ!」

 どうやらこのまま桐乃からの罵詈雑言を浴びせられ続ける破目になるのだろう、と観念したその時だった。



「ねえ、パパ、ママ――これって“ふうふげんか”っていうんだよね?」


 
 ぐおおっ、なんという痛恨の一撃っ。
 勿論爆弾を投下した主は凛子ちゃんだ。

 桐乃のやつ、顔を真っ赤にして酸素不足の金魚のように口をぱくぱくとさせてやがる。
 ――って、たぶん俺も同じような顔をしているのかもしれんが。

 そうだな、「パパとママ、顔が赤いよ?」――って、凛子ちゃんが言っているから間違いないのだろう。




-おわり-

――――――――――――






-おまけ-





「ねえ、ママはいつ頃、パパの赤ちゃんをうんであげるの?」



 ――と、その日の夕食の食卓で更なる爆弾を投下した凛子ちゃんだった。
 我が家は必ず家族揃って晩御飯を食べる習慣がある。
 つまり、親父とお袋の前で、彼女はその爆弾を投下したワケだ。

 凛子ちゃんに“ママ”と呼ばれた桐乃が絶句して――これ以上ないぐらい赤面したあげく、黙して語らず視線を俺に向けた。
 その目が、“あんた、なんとかしなさいよ”と訴えていたのは言うまでもないが――ええい、どうしろって言うんだよ。




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最終更新:2011年07月16日 04:27