【SS】その時はもっと
「にゃぁぁぁぁぁぁ!」
とある深夜に投稿された神絵師さんの絵を見て、あたしはたまらずベッドの上で身悶えていた。
投稿された絵では、少女が少年に思い切り抱きしめられており、
少女も少年もとても幸せそうで、見るもの全員をニヤけさせるだろう。
それ自体は問題ない。
問題なのは―
描かれている二人が、あたしと京介ということだ。
「えへへへへへ」
何これ!
マジすごいんですけど!
あたしと京介信じられないくらいラブラブじゃん!
10うへぇじゃん!
「うひひひひひひひ」
やばい。
超ヤバイ。
顔が緩みっぱなしで直らない。
もし今この顔を京介に見られたら、それだけで恥ずかしくて死んじゃうかもしれない。
「そうだ、忘れないうちに画像を保存して、壁紙に設定しておかないと・・・」
「桐乃?変な声が聞こえたんだが、どうかしたのか?」
ガチャリと扉が開いた。
「へ?」
机の上に鎮座しているデスクトップパソコンの液晶モニタには、神絵師さんの絵が拡大表示されていて、
ベッドの上のあたしはパソコンの方へと手を伸ばしていて、
突然開いた扉から現れた京介の視線は頬が緩んだあたしと、液晶モニタへと向けられている。
あ。扉に鍵を掛けるのを忘れてた。
「おい、その絵って―」
「ぎにゃああああああ!」
やばい。京介に今までで一番恥ずかしい姿を見られた!
急いでモニタを消そうとするけど、体が脱力しきっててうまく動かない。
「あ」
這うようにして机に向かおうとした結果、あたしはベッドから落ちそうになって―
「危ない、桐乃!」
とっさに近寄ってきた京介に抱きかかえられた。
「~~~!」
身体に京介の暖かさが伝わる。
ダメ。もう耐えられない。
あたしの意識は白く塗りつぶされた。
「ん・・・」
気が付くと、あたしはベッドの上で横になっていた。
隣では心配そうな顔の京介が、メルルの下敷きであたしを扇いでいる。
「平気か、桐乃?」
あたしを気遣う京介の声に、少しずつ意識がはっきりとし始める。
―そっか。見られちゃったんだっけ。
意外に冷静な頭で、そのことを思い出した。
恥ずかしい想いはあるけど、隣で心配そうにしている京介を見て、
あたしが恐れていたほどには引いていないので安心できたこともあるんだろう。
「もう平気だから」
あたしはゆっくりと上体を起こした。
まだ顔は熱いけど、これは当分消えないと思う。
ただ、緩みっぱなしだった顔のほうは戻っているみたいだ。
「そうか」
京介が安心したように笑う。
あんな恥ずかしい姿を見たのに、なんで普通でいられるの?
「なぁ桐乃。あの絵はなんなんだ?」
京介が視線を液晶モニタに向ける。
心なしか、その頬は赤く染まって、表情は照れているように見える。
ふ~ん。こいつもあの絵を見てそんな表情するんだ。
・・・そうなんだ。
心の奥底で、ほっと一息つく。
「えっとね。あたしのファンが描いてくれた絵なの」
「おまえのファンが?
なんだって俺と桐乃が、その、あんなに仲良く抱き合ってるんだ?」
「あたしのファンは、よくわかんないし、キモいけど、あたしと京介をくっつけようとするのが好きなの!」
「そ、そうなのか」
あたしと会話しながらも、京介の視線はモニタに釘付けになっているみたいだ。
そっか。そんなに気になるんだ。
「感謝しなさいよね。
そうでもなきゃ、あんたが誰かに描いてもらえることなんてあるはずないんだから」
「そうだよな。
感謝しないとな」
良かった。
あんな絵を描かれても、嫌がらないで、ちゃんと感謝してくれるんだ。
あたしなら嫌いな人とのツーショット、ましてやラブラブなシーンを描かれるのは耐えられない。
京介もそうだとしたら、あたしはそんなに嫌われてなくて、それどころかもしかして―
「ふ~ん。あんた、あんな絵を描かれて嬉しいんだ。
妹とのあまーいシーンを描かれて喜ぶなんて、キモ!」
「ふん。俺はシスコンだからな。
桐乃と仲良くしてる絵を描いてもらえて嬉しいぜ!
・・・おまえだって、そうだろ?」
京介は目線をあたしからそらしたまま、照れたような顔で言った。
「・・・そうだね。
うん。嫌じゃないよ」
それどころか、すっごい嬉しかった。
何度か想像したことがあるシーンを描いてくれてこともそうだけど、
そこまであたしと京介が愛し合うことを望んでくれてる人がいることが嬉しかった。
「ところで、この『10うへぇ』ってなんだ?」
「『うへぇ』っていうのはあたしのファンが考えた単位で、あたしと京介の親密度とか、ラブラブ度とか、惚気具合を示してるの。
これ常識だから覚えておくこと」
「そうなのか。
10うへぇっていうとどれくらいなんだ?」
「10うへぇは原作での最高レベルだね。
ちなみにラブラブツーショットプリクラを撮るのが2うへぇで、
取材のためにクリスマスにラブホ行くのが3うへぇ、
メール一本でアメリカまで行って、『お前がいないと寂しくて死んじゃうかもしれない』とか言いはじめたら7うへぇだから」
「もう7うへぇまでいってんの!?」
「うん。
一年前は1うへぇくらいだったから、あたしたちずいぶん仲良くなったよね」
「そうだな。
・・・・・・
俺たち、あと3うへぇであそこまで仲良くなるのか?」
「どうだろうね。
・・・・・・あんたはさ、あたしともっと仲良くなりたいの?」
「そうだな。
皆が羨ましがるくらいに仲良くなりたいと思ってる」
「ふーん。そうなんだ」
今でも普通の兄妹よりも、もしかしたら普通の恋人よりも仲が良いと思うんだけど、もっと仲良くなりたいんだ。
でもそれってなんで?
期待してもいいのかな?
「なぁ桐乃」
京介はようやくモニタから視線をはずすと、真剣な顔であたしを見つめてきた。
「なに?」
「予行練習してみないか?」
「え?」
あたしを見る京介の頬は赤く染まっている。
それってつまり―
「あ、あたしを抱きたいっていうの!?」
顔が熱を持っていくのが分かる。
だって、練習ってそういう意味だよね!?
「ほ、ほら、いざ本番ってときにトチると悪いだろ!?
だから、ちょっと練習しとこうかなって。
それだけだからな!」
京介はそうあわてるように言った後、少し拗ねるように呟いた。
「・・・・・・べつに、嫌ならいいけどよ」
京介はあたしがあの絵を見ていた理由については聞いてこなかった。
京介は倒れそうになったあたしを抱きとめてくれた。
その優しさが嬉しくて。
その暖かさを思い出して。
「いいよ。
付き合ってあげる」
考える前に、そう答えていた。
京介があたしの後ろに回る。
さっきからお互いに無言だ。
顔を京介のほうに向けなくても、すぐそばから感じる暖かさが京介がどこにいるのかを教えてくれる。
京介が両手を伸ばし、あたしがその間に納まる。
準備は完了だ。
「い、いいんだよな?」
京介が耳元でささやく。
あたしはその声に、何かが背筋を通り抜けるのを感じた。
「なに?あんたが言い出したのに、もうヘタレたの?」
そんな軽口を叩いてみるけど、あたしも緊張で体が硬く、心臓が高鳴っているのが分かる。
「うるせぇ。最後におまえが本当に嫌じゃないっていう事を確かめたかったんだよ」
その言葉が本音かどうかは分からないけど、あたしを気遣ってのことだって思っておいてあげる。
あたしはゆっくりと、自分の右手を京介の手に重ねた。
「嫌なんかじゃないから。だから、」
「ぎゅっとして?」
力強さと、心地よい暖かさにあたしの身体が包まれる。
少し硬い男性の腕が、あたしを逃がすまいとする。
すぐ近くから京介の鼓動と、京介の匂いが伝わってくる。
あたし、今、京介に抱きしめられてるんだ。
頭がぼうっとする。
「桐乃」
名前を呼ばれ、無意識のうちにそちらを向いた。
目の前には京介の顔があった。
顔を真っ赤に染め、目を強くつぶっている。
その表情はとても苦しそうで、嬉しそうで、幸せそうで、
だからあたしは
「京介」
名前を呼びながら、あたしはゆっくりと顔を近づけて行き―
「あたし、あんたのことが」
ゆっくりと目をつぶって―
「桐乃!」
強く名前を呼ばれて我に返った。
ゆっくりと目を開けると、顔を赤くし、真剣な表情をした京介があたしを見つめている。
あれ?今あたし、なにをしようとした?
あたし、なんて言おうとした?
顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。
今のは、今のは本気でヤバかった!
しちゃうところだった!
言っちゃうところだった!
まずい!ばれた!?
あたしの考えをよそに、京介は
「桐乃。なんにでも一生懸命になるのはいいけどよ、役にはまりすぎるのも問題だぞ」
「え?そ、そうだね」
ほっ。どうやら京介はあれを予行練習の一環だと思ったようだ。
「あ、あんたがあまりにも本気になっちゃってたから、少しサービスしてあげようと思ったの。
あんたシスコンなんだから、妹にキスされるの嬉しいでしょ?」
からかうように言うが、京介はますます真剣な顔になり、
「予行練習なのにそこまですんな。
そういうのは、もっと大事なときまで取っとけ」
そうきつく言った。
その言葉に、熱を持っていたあたしの顔が覚めていくのがわかる。
そう、だよね。
京介が、あたしとキスしたいはず、ないよね・・・・・・
それに対し京介は照れたように笑い、
「俺たちにはまだ早い。
もうちょっとだけ、先のことだろ?」
もうちょっと?
ああ、そうか。
「うん。そうだね」
そう。まだ早い。
あと多分3ステップくらい。
それくらいの距離が必要だ。
あたしは緊張していたからだの力を抜くと、まだあたしを抱きしめていたままだった京介に身体を預ける。
「ねぇ京介」
「なんだ?」
京介はしっかりとあたしを抱きとめる。
「今度、本番の時。
あたし、ちゃんと素直になるからさ」
あたしは京介の手に自分の手を重ねると、優しく握った。
「京介の素直な言葉聞かせてね?」
京介は両腕に少しだけ力を込め、少しだけ笑う。
「ああ、ちゃんと、桐乃に俺の気持ちを伝えるからな」
「そう。
じゃあその時は」
あたしは飛び切りの笑顔を京介に向け―
「もっと力と愛を込めて、優しく抱きしめなさいよね!」
-END-
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最終更新:2011年07月27日 19:45