70 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/24(日) 20:49:39.33 ID:WmFy1K/Z0 [2/4]
SS『キケンな匂い』


――――――――――――

 最初にはっきりと――声を大にして言っておくわ。

 ――まあでも、実際は深夜だし、目の前のこいつも含めてお父さんもお母さんも眠っている時間だから声に出して主張はでき

いけど。
 とにかく、はっきりと明言しておかないといけないわよね。

 あたしは絶対に悪くない。
 悪いのは全部こいつ――真夏の寝苦しい夜だというのにエアコンのないこの部屋ですやすやと無防備に眠っている京介が悪い

んだ。

 最初のきっかけは忘れもしない、間違えて京介のバスタオルを使ってしまったことだった。
 しかも使用済みの洗濯前のバスタオル。
 あいつの素肌を――この時期特有の風呂あがりの汗を拭いたバスタオルを頭から被せるようにして顔を拭いたとき、あたしは

嗅いでしまったのだ。
 そのタオルに染み込んで残っていた京介の汗の匂いを。

 ツンと鼻をつく感じがしたのはほんの一瞬で。
 続いて鼻腔を襲ってきたのは心地良い柑橘系のような香りというか何というか。
 一言とで言えばいい匂い。
 けれどもっと的確に表現しようとするなら、まるで麻薬のようなもの、という感じだと思う。

 あいつの――京介の匂いを知ってからは次第に歯止めが利かなくなってしまって。

 最初の内は、お風呂に入る時に脱衣所にある洗濯籠からあいつの体操服とかシャツを探し出して匂いを嗅いでいたんだけど―

―。
 あまりに入浴時間が長くなってしまって(お風呂に入っている時間は変わってないんだけど)、お母さんから注意されるよう

になって手段を変えることになった。
 そう――ゆっくりと京介の匂いを堪能するために、自分の部屋に“お持ち帰り”をしてしまったの。 
 けれどそうなると、数に限りがある体操服とか学校の制服のワイシャツは拝借し辛い。
 そこでやむを得ず――そう、やむを得ずなのよ。団長の思いで――あれ、断腸だったかな。

 と、とにかく、仕方なくあたしは選んでしまったのだ。
 あいつの、その、えっと――パンツ、を。

 それはもう強烈な匂いだったわ。
 言うまでもなく、毎晩々々――くんかくんかって。
 夜中にみんなが寝静まった頃に、勿論部屋の鍵をかけて、ベッドの上で転がりながら、京介のパンツを――。

 どうしよう、もうこっちの世界から帰れなくなってしまうかも、と本気で心配し始めた頃。
 お母さんと京介の会話が聞こえてしまったのだ。


『京介、あんた最近どこかにパンツを忘れてきてしまったんじゃないの? あんたの洗濯物のパンツが減っているんだけど』

『どこにパンツを忘れてくるんだよ! つーか、そんな状況ありえないだろうが。
 お袋が数え間違えたんだろうよ』


 ――まさか、お母さんが洗濯物の下着の数までチェックしていたなんて。
 仕方なく、それこそ断腸の思いで、あたしは渋々あいつのパンツを洗濯籠に戻したのだった。


『どしたんだよ、桐乃。
 最近、妙にいらいらしているみたいじゃねーか』

『うっさい! 誰のせいだと思ってんのよ!』


 ――って、理不尽に当たり散らしてしまったのが、今日の昼間のこと。
 かぎたい、嗅ぎたい、カギタイっ。
 あいつの匂いを嗅ぎたい――思う存分に。
 もう自分でも否定できない。
 あたしの身体が“京介分”を欲しているんだ。
 勿論経験なんてないから判らないけど、麻薬患者の禁断症状ってこんな感じなのかもしれない。

 ――で、現在、深夜2時。
 所謂草木も眠る丑三つ時。
 だからと言って、可愛い妹がこんなに辛い思いをしているというのに、呑気にすやすやと眠っている兄貴の図を見ていると腹

が立ってくる。

 思わず蹴飛ばしてやろうかと思ったのだけど、今はとりあえず我慢、我慢。

 起こしたりしないように気をつけながら掛け布団代わりのタオルケットを捲ってあいつの隣に横になった。
 すると立ちどころに鼻腔をくすぐってきたのは、こいつの匂い。
 予想通り京介は寝汗をかいていたから、期待通りの強めの匂いが漂ってきたの。

 ああ、久しぶりの京介の匂いだ……。

 もう我慢ができなくて、あたしは京介の寝巻き代わりのシャツの肩口や脇の辺りをくんくんと嗅いでしまう。
 最初は鼻先が触れないように気をつけていたのだけど――いつの間にか、京介の首筋に鼻先を押し当てて、くんかくんかって

やってしまっていた。

 そしてたっぷりと“京介分”を補給できたせいもあって、油断をしてしまったのだろう。
 ついつい、あたしはその室内の暑さに耐えられず口を開いてしまったのだった。

「それにしても暑いわね――熱中症になりそう」
 
 自分では小声で呟いた程度のつもりだったのだけど、あまりに近かったせいか京介の耳に届いてしまったようで。


「あれ? 桐乃――なのか?」


 その一言にあたしが凍りついてしまったのは言うまでもない。
 この状況をどうやって説明するのよ?
 客観的には兄貴に夜這いをしかけてきた妹の図なんだし。

「あー、でもこれは夢だな。そう、夢に決まってる」

 様子を見ると、京介は眠そうに目元を手で擦りながら大きな欠伸をしている。
 とぼけて気が付かないふりをしてくれているワケではないみたいで。
 本気でこれが夢だと思っているみたい。
 よし、これはその勘違いに便乗させて貰おう。

「そうよ、これは夢なのよ。良かったわね、あんたの大好きな妹が夢に出てきてくれてさ」

 すると――京介はとんでもないことを言い出した。

「そうだよなぁ――夢じゃなかったら、桐乃が“ねえ、チュウしよう”とか言ってくれる筈がないしな」

「はぁ? あんたナニ言ってんのよ。あたしがあんたにキスをせがむとかありえないし」

 そっか――京介ってば、“熱中症”を“ねえ、チュウしよう”って脳内変換して聞いてしまったわけか。
 まったく、すっかりエロゲ脳になっちゃったわよね。

「うんうん、判ってるって。
 リアルの桐乃は絶対にそんなことを言うワケがないよな。
 だけど、これは俺の夢の中なんだろ?
 だったら――」

「――だったら?」

「たとえ夢の中でも、可愛い桐乃のリクエストに俺が応えないわけがないじゃないか。
 それに夢の中なら実の兄妹同士だって問題ないし、な」

「なに言ってんのよ、あんた――むうっ、んんんっ!?」

 間髪置かずに京介はあたしを抱き締めたかと思うと、あっと言う間にあたしの唇を――。

「ちょっとこらっ? んんっ?! だめっ、んんっ、やん、んんっ……」

 文句を言おうとして唇を離しても、すぐに京介の唇が追ってくる。
 ――って、もうだめ……全身から力が抜けてきちゃった。
 ああんもう、一晩でキスのベテランになっちゃいそう……。











「正座っ!」


「はい……」


 翌朝、京介を叩き起こして、昨夜強引にあたしの唇を奪ったことを説明し、更なる猛追をするために床に正座させている。
 さあ、どんな風に罵倒してやろうか、と思い巡らせていたその時だった。


「俺が寝惚けておまえとキスしてしまったことは本当に悪かったと思う。
 何度でも土下座して謝るぞ。本当にすまん。
 ――でもさ、なんでおまえそんな時間に俺の部屋に居たんだ?」

「いっ? そ、それは……」


 説明できるわけないじゃん。
 あんたの匂いを嗅ぎにきた、とかさ。


「なあ、なんで――」

「うっさい! そんな些細なことなんてこの際関係ないでしょ!
 あんたはあたしのファーストキスを奪ったのよ!
 しかも、何度も何度も!」

「な、何度も、何度も?」

「しまいには舌まで入れてくるし」

「マジで?!」


 もうこのまま最後まで許しちゃってもいいかな、とか思ってしまったことは絶対に内緒。
 まあでも、残念なことに――じゃなくって、幸いなことにキス以上のことを迫られることなんてなかった。
 そう、京介ってばひとしきりあたしの唇を貪ったあと、脱力してなすがまま状態になっちゃってたあたしを他所にまた眠って

しまったのだった。

「勿論、あんたにはきっちりと責任とってもらうからね。
 ――で、それはそれとして、あんただって初めてだったんでしょ?」

 ――というか初めてじゃなかったら殺す。
 それはもう決定事項として返事を聞かずに話を続けた。

「あんた、ファーストキスの記憶がないなんて不本意でしょ。
 あたしだって、あんな形で奪われただなんて納得できないし。
 だから――」

「だ、だから?」

「ファーストキスのやり直しを命じるわ。
 勿論、あんたに拒否権なんてないから」


 その後、どんな風にファーストキスのやり直しをやったのかは教えてあげない。

 それにしてもアツイわね、ホント。
 熱中症になっちゃうかも。 

 ちょっと誰よ、キスに熱中する症状じゃないの?――とか言ったヤツ。
 ま、まあ、否定はしないケドさ。 

 そうそう、最後にもう一言。
 例の“匂い”を嗅ぐ手段について、安定した供給ルートを確保できたことを付け加えておく。

 


-おわり-




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最終更新:2011年07月29日 00:05