442 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 10:31:05.86 ID:o/tkGUyWO
それは、とある休日の出来事だった。
「……ねぇ」
ソファーに座り、手元に広げていた雑誌を閉じながら、不遜なウチの妹様は俺にこう告げてきた。
「アンタ、最近アタシに色目使ってるでしょ」
「ぶぼらっ!?……げほっ、げほっ!!」
予想の斜め上をいく言葉に、俺は思わず口に含んだ麦茶を吹き出してしまった。
「い、いきなり何を言い出すかと思えば……、使うわけねぇだろ!」
お前は妹だぞっ!妹に色目使う兄貴なんて、BL属性の疑いをかけられている友人くらいしか見たことねぇぞ。
まぁ、アイツは一般論からはかけ離れた変態なので例外にはなるが、少なくても常識人のこの俺は、妹に欲情するようなキテレツな発想は持ち合わせてはいない。間違いなく、な。今までだってそうだろ?
だがウチの妹様、もとい桐乃は、俺の言葉に不満があるのか、ソファーの上で姿勢を変えこちらに向き直り、俺への迎撃態勢をとった。
「はぁ?アンタシスコン拗らせ過ぎて記憶力まで無くしたの?冗談は地味ナルレイヤーの時だけにしてくんない?」
うっぜええええええええええええええっ!!
兄貴の感情逆撫でするテクニックも、ここまで来るともう芸術だろ。
まぁ、俺がシスコンなのは言い訳できないにせよ、地味ナルレイヤーって……。未だにサイトでネタ画像扱いされてたの思い出すと、ちょっと枕濡れるんだかんな。
そんな兄の気持ちなどつゆ知らず、桐乃は俺への攻撃を止めない。
「アンタさぁ、この前携帯の待ち受け、アタシの、み、水着姿にしてたでしょ……。こ、これが色目じゃなくて何だって言うのよ!」
「ちょっと待て。確かに俺は桐乃の水着姿を待ち受けにした。というか、今でもそのままだが――」
「な、ちょっ!あ、アンタ!まだ変えて――」
「お、落ち着け桐乃!今の論点はそこじゃない。もう少し俺の話を聞け!」
怒りからか、顔を真っ赤にして今にも飛びかかってきそうな桐乃を宥めつつ
俺は続けた。
「ごほん。……お前だって俺のコスプレ写真を待ち受けにしてただろ。だったら、俺もお前もおあいこだ。色目云々で俺を言及するなら、お前も一緒って事になるんだぞ?」
そう。桐乃の言い分をそのまま鏡合わせにすれば、桐乃が俺に、い、色目を使っているという事になる。
おいおい、冗談じゃない。桐乃が俺に?あるわけないだろ、エロゲじゃあるまいし。
そんな俺の主張を聞いた桐乃はというと、さっきよりも更に赤みを増した顔で、大きく目を見開き絶句していた。
しかし、すぐに息を吹き返し、こちらに突っかかってくる。
「ば、バカじゃん!!アタシが京介なんかに、そ、そんない、色目とかっ!無い無い無い、絶ッ対に無いしっ!!!」
桐乃はゼェゼェと肩で息をしながら、俺の質問を全否定してくれる。
分かった分かった。ったく、いくら俺を好きじゃないからって、そこまで必死なるなよな。ここ最近で随分仲良くなったと思ってたのに、ちょっと悲しくなるぞ。
「ア、アタシは待ち受けにした事を言ってるんじゃなくて、アンタが待ち受けにした画像に対して文句があるの!」
「はぁ?画像?」
「そう、画像」
俺はポケットから携帯を取り出し、待ち受けを開く。
桐乃が営業スマイルで健康的な水着姿を披露している写真だ。うぅむ、体のラインが非常に爽やかけしからん。
「その画像、おかしいよね?ねぇ?」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
「いや、おかしいでしょ!なんでそんな一点の曇りもない目で冷静に答えてんのっ!?い、妹の水着姿が当たり前とか……、アンタもはやシスコンの鏡を通り越して、シスコンの神様!略して、神シス!」
「なんだよそのどっかのアニメみたいな略称は。とりあえず、ちょっとクールダウンしようぜ、桐乃」
桐乃さん、あなたリンゴみたいな色になってますよ?こんな表情も可愛いとは思うけど、言ってる事が迷子になってきているのでまずい。
テンションが上がりすぎて言動がおかしくなってきた桐乃を落ち着かせると、桐乃は何かを思いついたのか、うん、うんと一人で頷いていた。
「でもこれで、やっと確信したわ」
「確信って、何の話だよ?」
「アンタ、このままいったら、いつかアタシのパンツくんかくんかするでしょ?」
「しねーーーーーーーーーーーーーよっ!!!!!」
ほらな、ちょっと油断するといつもこれだよ!完全に予想だにしない方向から、言われのない批判が飛んでくる!
何が悲しくて妹のパンツの匂いを嗅がなくちゃならんのか。
「あのなぁ、前にも言ったが、今までも嗅いでないし、これからも嗅ぐつもりはない!」
「ふん、どーだかぁ?アンタ黒いのと付き合ってたし、案外発想も似てるんじゃないのぉ?」
嫌味たっぷりでなじってくる桐乃だが、おそらくいつかの仮装パーティー&俺の慰安会の事を指してるのだろう。
あの時黒猫が描いた「ベルフェゴールの呪縛」では、桐乃(とおぼしき人物)が俺(であろう人物)のパンツをクンクンしていた。
なかなかにクレイジーな発想だったが、愛情表現の一環としてみれば、まぁわからんでもない。
二次元、ならな。
「あれは漫画の話だろ?なんでソレと俺がイコールになんだよ!」
「さっきまで平然とアタシの水着姿の写真を見てたアンタが、何を言っても説得力無いから」
「あれはアレ!これはコレ、だろ!」
「結局はシスコンが止まらないって事じゃん?」
「ぐぬぬ……」
おかしい。絶対に突っ込みどころ満載のはずなのに、シスコンだからと言われると言葉に詰まってしまう。
俺はシスコン兄貴であっても、変態シスコン兄貴ではない。
仮に変態であったとしても、それはシスコンとはくっつかない。くっつくとしたら、エンジェルとか、巨乳雌豚とか、そういう単語にだけだ。
俺は心の最終ラインを防衛しながらも、桐乃に何も言い返せずに棒立ちしていた。
すると、
「何も言わないって事は肯定したって事で。……よし。ちょっと待ってて」
桐乃は突然踵を返して、リビングから出て行こうとする。
いつの間にか白熱していた会話に強引にピリオドを打たれた気がして不意を突かれた気分だった。
「お、おい桐乃!どこ行くんだよ?まだ話は終わって――」
「うっさい。決着はすぐつけてあげる」
進む足を止め、振り返る桐乃が発した言葉に、俺はひたすらに驚愕したね。
「アタシのパンツを持ってきたら、ね――」
常日頃から、桐乃の言動には目を丸くするばかりだが、流石にこの言葉には自分の耳を疑う他無かった。
おいおい、このままいくと俺は妹のパンツを眼前に広げる事になるんじゃないのか?……へへ、エロゲ―でもそうそう体験できないシチュエーションだぜ!
――何故だろうか。そんな展開、断固辞退する!という本心とは裏腹に、今までに感じたことのない情欲が、胸の奥で熱を帯び始めた。
「だが、エキセントリック過ぎるだろ、こんなの……」
頭を掻き、自嘲気味に笑いながら独り呟く。しかし俺は、これから訪れるであろう馬鹿げた展開さえも、少しだけ楽しみに思えている。
やれやれ、俺はいつからこんなに逆境に強い男になったのか。
仮にそのきっかけが桐乃だったとしたら、えらい迷惑な話だ。
まっ、別に悪い気はしないけどな。
「ただ、さすがにパンツは、な」
それが妹の物であっても、女物の下着をマジマジと見られるチャンs……もとい、機会なんて今まで無かったから、どうリアクションをとればいいのか皆目見当がつかない。
チクショウ、こんな事なら事前にこのテのエロゲ―までチェックしておくべきだった!
素でそう考えてしまった俺は、やはり桐乃の兄貴なんだなと感じてしまう。
すると、扉の向こうから、やけに弾んで響く足音が聞こえてくる。桐乃のヤツ、俺をからかうのが楽しくて浮かれてやがんな。
仕方がない。ここは兄貴の威厳、そして俺の男としての威厳の為にも、平然とパンツチャンスを切り抜けてやる。
眼鏡と組み合わされないパンツなど、ただの布切れ!ドンと来いッ!
――まぁ、なんだ。その後の話だが、
俺が桐乃から手渡された布切れが、白くて良い肌触りだな、とか。
何だかホカホカと温かいな、とか。
言葉に出来ない良い匂いに導かれ、無意識に鼻先で戯れたとか。
そんな展開は無いからな。あるわけがない。
ましてや、あまりにも匂いに夢中になり
「き、きりりん一番搾り―っ!!」
なんて叫んで、その後の記憶がないなんて事は、絶対に事実無根、少しだけ頭を過ぎったユーモラスな夢なんだろうよ。
左頬に残る、ヒリヒリとした痛みに誓って、そう言えるね――。
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最終更新:2011年08月03日 00:10