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この国は、どうなっているのだろう。 値段から考えれば破格の広さである六畳一間のアパートが一室。 セピア色を通り越して褐色にくすむ部屋の窓際。そこには愛用の剣や術具と共に、何の因果か愛用することになってしまったメイド服の置かれている。 視線の先、眩しいばかりで暖かくない陽の光に照らされた水路沿いの公園では、身に凍みる寒さをもろともせずに、近所の子供たちが刑モロとかいう遊びに興じている。 冬を前にした寒風に翻弄される、枯れかけた楓の葉を眺め、私、スノリ・ヴェランドは柄にもなくたそがれていた。 …なぜ。 なぜ、私の部屋には、窓ガラスがないのだろうか。 横引きのはずの窓は、まるで元からそういうデザインの部屋であったかのように、ガラスはおろか窓枠すら残さず消えうせている。 もちろん、戸袋に隠れていた、最初から窓がなかった、などという笑い話のような落ちでもない。「あらら、部屋に窓もないなんて、一体いつの時代の苦学生よ?」 くせのある甲高い耳障りな声に、私の返す言葉はひとつ。 やかましい。 山峡にある故郷は年の半分が雪に覆われていたし、旅の途中で立ち寄ったロシアなど四肢の感覚がなくなるほどの寒さだった。 それらに比べれば、吹きさらしとはいえこの日本の寒さはそれほど酷いわけではない、のだが。 なんというのか、心が寒い。「言っておくけど、小生様のせいじゃないわよ。」 わかっている。 犯人は隣の部屋に住む、一般人であるにも関わらずいかな怪物よりも怪物じみたあの女が犯人だろう。「いーけないんだ、いけないんだー。正義の味方が決め付けなんてしちゃいけないんだー。」 やかましい。 昨日の晩、友人の璃衣子と酒盛りをしていたらしい奴の部屋の窓が、内側からの爆風に吹き飛ばされるのを見たのだ。 あの女のことだ、窓がそのままでは寒いからと、留守の間に私の部屋のものを借りていったのだろう。もちろん無断で。「ただの窃盗じゃないの。」 言うな。 他にも爆発したにも関わらずなぜ無傷なのか、なぜ一般人の部屋が爆発するのか、なぜこの老朽の極みとも言えるアパートが無事なのかなど、言いたいことは山のようにあるが、そんなことを気にしていてはあの女の知り合いなどやっていられない。 きっと指向性の爆薬が暴発して偶然窓だけ吹き飛んだだの、ご都合主義な映画のような阿呆らしい理由だろう。「でもよかったじゃない、なんだかんだですっかりなじんでるわよ。」 …確かにな。 最初にここを見た時と、あの厄介な怪異に遭遇した時には、馴染む馴染まない以前の問題だったことを考えれば。確かに、その通り。 今ではこの老朽化したアパートの一室は、なんというのだろうか、私にとってホテルなどとはまた違ったくつろぎを得られる空間となっている。 しかし何より、先ほどこいつが口にした一言にからかい以外のものが含まれていたことに、少し驚きを覚えた。 小児のようにイタズラ好きで、人を嘲弄することに全精力を傾けて存在しているようなこいつの台詞とは思えない。「何よ、せっかく人が珍しく優しい言葉をかけてあげたのに。」 珍しい発言だという自覚はあったらしいな。 まぁいいさ。「ちょっと、話聞いてるのスノリン?」 聞いてない。 あとスノリンと呼ぶなと何度言えばわかるのだ貴様。「何よそれー!」 小鳥のような絶え間ない囀りを無視して、寒風の流れる水路に目をやり、私はこの喧しい同居人と出会った事件のことを思い返していた。 それは同時に、修行中のルーン術士である私にとって、とても大きな意味を持った事件だった。 …風が冷たい。 これは現実逃避ではない。決して。
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