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SS7(前野紫夕渾身の書き下ろし)

大会議室。
学院でも使用されることは滅多にない、なぜなら通常の会議であれば職員室で事足り、
生徒を全員集合させるのであれば校庭や体育館になる、そんな中途半端な場所に、
今日は多くの生徒が集合、否、彼らに関しては"集結"していると言うべきだろうか。
集まっている者のほとんどは男子生徒だが、女子生徒の数も決して少なくない。
内訳も体育会系がいるかと思えば、インテリも、チャラチャラした者もいるといった具合だが、
彼ら彼女らの胸元には一様に、八分音符を象ったバッジが紫色に妖しく光っていた。
一人、壇上にいた眼鏡で大柄、小太りの男子生徒は腕時計を一度、二度と確認すると、
見た目通りと言うべきかむしろ裏腹と言うべきか、大きな声で宣言する。
「定刻の四時になりました。ただ今から、紫音様ファンクラブ緊急会議を始めさせて頂きます」


始まりは二日前の六限目、高等部2年A組のクラス会議である。
議題は文化祭のクラス出店についてであったが、そこは生徒のみで行われる会議。
最初こそ文化祭実行委員を中心に意見を出し合い、黒板に案が書かれていったが、
やがて雑談、ある者は友人と文化祭での予定を語り、ある者はクラブ出店について語りと、
三十分も立たない内に休憩時間と何ら変わりがなくなっていた。
中でも盛り上がりを見せていた話題は、自由参加のコンテストイベントである。
光明学院の文化祭ではバンド、漫才、そしてミスコンの3つのコンテストが行われる。
こういったイベントは、1年生は半年間で学院生活に慣れてきたとはいえまだ参加し辛く、
3年生はその先に控える受験が見えてくることもあって、これまた参加し辛い。
結果、参加者も盛り上がるのも必然的に2年生ということになる。
2Aもそれは例外ではなく、特に昨年の時点で参加すれば優勝間違いなしと言われていた女子生徒、
神咲紫音は今年こそ、とクラス中からミスコンの参加を呼び掛けられていた。
しかしそんな中、バンドコンテストの参加を決めていた男子生徒が彼女に声を掛けた。
彼を責めることはできない。一人の女子生徒をバンドに誘うことには何の罪もないし、
彼の「神咲さんの歌声を聴いてみたい」という軽口もまた何もおかしなものではない。
現に「ちょっと歌ってみてよ」などと煽った生徒も多くいる。


「それじゃあ、ちょっとだけ」


これが全ての始まりである。


「調査の結果、紫音様の事実上の"攻撃"は歌声が異能によって変質したものではなく、
 純粋に紫音様の歌声が強化され、音響兵器と化したものだと判明しました」
開会を宣言したファンクラブ部長と同じく眼鏡を光らせているが、
体型は逆に細過ぎると言っていい、キノコのような髪型の男子生徒は黒板に異能数式を書きながら、
こちらはその見た目に違わぬ小声でぶつぶつと解説する。
「紫音様の異能は音素を操作し、音を用いて回復を、また攻撃をと行うものですが、
 今回の攻撃は紫音様の歌声……つまり、その……音痴なそれが異能によって強化され、
 超音波、衝撃波、重力波などの文字通り波状攻撃となって周囲を襲ったということになります」
ある者は立ち上がって抗議し、ある者は悲嘆に暮れ、ある者は無表情と、会議室は騒然となる。
部長の「静粛に」の言葉である程度は収まるも、報告していた男子生徒は動揺したまま、
先を更に下回る、消え入るような声で報告を続ける。
「被害状況は2Aクラスの窓ガラス全てと、紫音様が立っていた近くの廊下側の壁の大破。
 人的被害は衝撃波による裂傷や、音波による鼓膜の破壊、軽微なものでは眩暈など。
 被害者の中でもっともダメージが大きかったのは紫音様のすぐ近くにおり、
 事態の収拾のために近くに立ち続けた御剣セレナ殿、彼女の詳細については割愛させて頂きます、
 彼女は全身裂傷、両鼓膜の破壊、飛来物による骨折、一時的な精神の錯乱により、
 事件終息後に即病院に運ばれ昨日は欠席、今日は何とか出席しています」
会議室は先程までとは打って変わって、皆沈痛な面持ちでお互いに目配せをしている。


やはり沈痛な面持ちの1年生にしても幼く見える男性生徒が控えめに手を挙げる。
「あの、御剣先輩は異能で、その、異能による攻撃は無効化されるのではないのですか」
「はい、それについても調査で判明しています」
あくまでコミュニケーションが苦手なだけであって悪意はないのだろうが、
壇上の男子生徒は冷たく攻撃的に思われる口調で返答し、黒板に数式を書き足す。
「御剣殿の異能は例えば、炎の異能者が己の拳に炎をまとわせてパンチを放った場合、
 彼女の体に触れる前に異能部分は無効化され、ただのパンチになるというものです。
 しかし紫音様の場合、異能による歌声の強化は複雑に混ざり合ったようなもので、
 前者の例が卵の白身と黄身で、黄身のみを取り除くことが可能なのに対して、
 紫音様のそれは溶き卵のような状態で、対異能効果が発揮されません。
 これは一般に属性付与、強化系などと呼ばれる異能と大きく異なる、かつ稀有な点です」
黒板に書くべき内容は終わったのか彼は前を向き、しかし俯いたまま相変わらず小声で続ける。
「ただし防御として異能を取り除くことは不可能でも、異能をぶつける形で捻じ伏せることは可能で、
 御剣殿は異能で気を放ち、周囲の気ごと抑え込む形で被害を最小に抑えました。
 彼女の尽力がなければ人的被害の拡大はもちろん、教室も壁に留まらず天井、床が破壊され、
 被害は遥かに甚大になっていたものと思われます」
早くこの場を立ち去りたいのか、質問者を見ることもなく壇上の男子生徒は俯いたまま押し黙り、
部長の「他に質問はありませんか」と問う声にも、一同はやはり沈痛な面持ちのまま黙っていた。

しかし議題が"ファンクラブの今後について"に移った時、会議室の騒ぎは再燃した。
「反対でござる! 私達の完全無欠な紫音様はもういない!」
黒縁眼鏡にモジャモジャ頭、どこかしら前世代のオタクを思わせる男子生徒は騒ぎの中、
机を右の拳で叩いて立ち上がったかと思うと、左手で拳を揉みながら叫ぶ。
「私達が愛した、いや、崇拝した紫音様は全知全能の神のような存在!
 それが実は音痴だったなどと! 神は死んだ、いや、神咲だけに散ってしまったでござる!」
議題でもある"ファンクラブの今後について"は存続派、廃止派に分かれ、
廃止派である彼に同調する生徒達は「そうだそうだ」などと口々に便乗する。
部長の警告に一旦は落ち着くも、オタク風の男子生徒は「そもそも!」と主張を続ける。
「私達廃止派が紫音様の欠点を理由にファンクラブを廃止すべしと団結しているのに対して、
 聞いたところでは、存続派は存続派の中でも意見が割れているというではないか!
 それ自体が紫音様を想う気持ちは一つではなければならないという、
 紫音様ファンクラブの精神に反するものでござる!」


「賛成派、何か意見は」
部長も一理あると思ったのか単純に諦めたのか、彼に促される形で進行を行う。
部長の言葉を受けて真っ先に立ち上がったのは、数は少なくないとはいえ、
ファンクラブにおいては少数である女子生徒である。
「確かに音痴という事実は、私達の紫音様にあるまじき欠点であることは否定できません。
 しかしだからといって、それで紫音様を否定するのは許されることでしょうか。
 完璧であるはずの紫音様が完璧ではなかった、失敗してしまった、
 ならばそれを支え、再び神を咲かせるのが私達ファンクラブの為すべきことでしょう」
女子生徒は背筋を伸ばし、大きくこそないもののよく通る声で高らかに主張する。
紫音のファンどころか、本人にファンクラブができてもおかしくないような容姿だが、
その実、彼女は紫音への変態行為が原因でファンクラブから179回、学院から73回、
そして警察から2回警告を受けている筋金入りである。
「幸い、紫音様は美しい歌声を持ちながら異能を通せば無に帰してしまうのではなく、
 歌声自体に問題がある、その歌声も異能が直接の原因になっているのではなく、
 せいぜい異能の存在によって体内バランスが崩れた結果であると聞いています。
 ならば問題は解決可能。合唱部部長として私が手取り足取り……」


「異議ありであります!」
包帯だらけの手で机を叩きながら、しかし先程の男子生徒とは異なり、
全く痛みを感じない様子で女子生徒が勢いよく立ち上がる。
「さっきから聞いていれば、やれ欠点だの問題だのと、聞いて呆れるであります!
 紫音様の音痴はいわゆる一つの萌え要素! 問題視すべきではないであります!
 それに紫音様の歌声を実際に聴いて、そして受けた人間がここにどれだけいるでありますか!」
彼女の言う通り、紫音の歌声をまともに受けた人間はその時クラスにいた生徒ぐらいであり、
その生徒達も直後には這う這うの体で教室から、何より紫音から逃れようとしたため、
実際にその歌声を聴き、受け止め続けた人間は多くない。
「クラスにはファンクラブの人間も多くいたのに、嘆かわしいことであります!
 私は紫音様の歌声を全身で受け止め、そしてわかったことがあるであります!
 紫音様の歌声は欠点などではない、快感であります!」
女子生徒は両耳に補聴器を付けていることだけが理由ではない大声を張り上げる。
紫音やセレナのクラスメイトである彼女はセレナに次ぐ被害者であり、
事態を好転させる異能を持たないにも関わらず、紫音に接近し続けて重傷を負っている。
「あ、あなたがよくても実際に教室は破壊されて、トラウマになっている生徒もいるわ!
 これはドジッ娘では済まされないし、紫音様のためにも直してさしあげるべきよ!」
「紫音様は音程が不安定であることは自覚されているものの深刻に悩んでいるわけでもなく、
 今回の事態は箝口令が敷かれ、紫音様が何も知らないのは貴様も知っての通りであります!」
彼女の言う通り、紫音には地震ということで強引に通されている。
「でも、欠点は欠点。協力してさしあげるべきよ!」
「先程申し上げた通り、私は欠点だなどと思っていないでありますし、
 仮に欠点だとしても、本人から相談があったわけでもないのに協力などと烏滸がましいであります!
 貴様が言っているそれは、顔が可愛いからと女性と付き合っておきながら、
 体型が気に入らないと豊胸手術を受けさせるようなものであります!」
別にうまくも何ともないのだが、彼女達に圧倒されていた生徒達からは歓声が上がり、
合唱部部長は口を閉じ、歯を食いしばったまま黙って席に着く。

一段落ついたと思われた会議はしかしその後も喧々囂々、意見が飛び交う。
「存続だ!」
「いや、廃止だ!」
「紫音様に真実を」
「紫音様が心を痛められたら」
「どうして紫音様本人は大丈夫なんだろ」
「フグが自分の毒で死ぬか!?」


「はっくしぉん!」
放課後、教室で文化祭の準備を手伝っていた紫音は少し恥ずかしそうにしながら、
「まだ全然寒くないのにね」と作業中の友人に話しかける。
しかし話しかけられた友人、セレナは作業の手を止めない。
無視しているわけではなく、それをわかっている紫音もセレナの耳の補聴器をチラリと見た後、
少し大きな声で呼びかけながら肩を叩く。
「え?ごめんなさい。どうしたの?」
「一昨日は大変だったね」
紫音の言葉と微笑みに、セレナは一瞬固まりかけたものの、すぐに微笑みを返す。
「ええ。まさか地震が起きて。しかも私はそのタイミングで。眩暈を起こして倒れるなんて」
セレナの動揺を知ってか知らずか、紫音は包帯が巻かれたセレナの手を撫でると、
より一層の笑顔を彼女に向ける。
「ねえ、快気祝いにカラオケに行かない?」
今度こそ、セレナは先程の微笑みが中途半端に固まったまま、「え?」と問い返す。
「わたしがバンドに誘われて、ちょっとだけ歌おうとしたのは覚えてるでしょう?
 それで久しぶりに歌ったんだけど、我ながらやっぱりダメで、
 後で他の子に聞いても、難しい顔されちゃって……。
 だからちょっと練習したいのと、改めて思いっきり歌いたいなぁって思って。
 ダメかな?」
セレナは固まった微笑みをより一層固めたまま、無意識に補聴器をさすっていた。

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最終更新:2020年11月29日 17:18