星に願いを

ゼシカの手には杖が握られていた。
かつてはトロデーン城の最上階に封印されていた杖。
その正体は、遠い昔、神鳥レティスの力を借りた7賢者が、暗黒神ラプソーンを封印した杖だった。
その杖を手にした者は、暗黒神の意思に操られ、賢者の末裔の命を奪う為の道具となってしまう。
ゼシカの目の前にいる若者の名はチェルス。気の良い純朴な青年である彼は、自らに流れる血の尊さを知らない。
『ダメ、彼を殺しちゃダメ』
体が思い通りにならない。チェルスの背後に忍びよったゼシカは、杖を頭上高く振り上げる。
『いや、お願い、チェルス、逃げて!』
願いは虚しく、杖はチェルスの背に突き立てられる。

『イヤーッ!』
見覚えのある天井が目に映る。
ここはベルがラックのホテルの一室。
『またこの夢・・・』
汗だくになったゼシカはベッドから身を起こす。
暗くてよくわからないが、仲間を起こさずに済んだようだ。
明日(もう今日になっているかもしれないが)は聖地ゴルドで戴冠式が行われる。あのマルチェロが新しい法皇になる日だ。
ニノ大司教の事を考えると不謹慎ではあったが、決戦の前夜というのは気持ちが昂ぶるものだ。
リラックスする為にカジノで遊び、ついでに強力な装備品が手に入れられれば一石二鳥というものだ。
おかげで、ルーレットで大当たりして、いのりの指輪4つと交換できる程度には儲けた。適度に興奮して疲れて、今夜はぐっすり眠れると思っていたのに、すっかり目が覚めてしまった。
ゼシカは、杖の呪縛から解放された後、先ほどのような悪夢にうなされることが多くなった。
仲間たちに心配をかけることを怖れていたが、幸い皆、昼間の戦いで疲れきっているので、気付かれることはなかった。
ゼシカは足音を忍ばせて部屋を出る。
誰もいないところに行きたかった。決戦に備えて体力を回復しなければならないのはわかっているが、今夜はもう眠れそうにない。
ベルガラックのホテルには屋上がある。大きなバーとカジノのある街だ。夜にホテルの屋上に行く者はいないだろう。
そう思っていたのに・・・。


先客がいた。
深夜だが、隣のカジノの照明で、誰の姿かはっきりと見ることができる。
ククールだった。
どうしようかと、ゼシカが躊躇している間に、ククールの方でもゼシカに気がついた。
「ゼシカか? こんな時間にどうしたんだ?」
一人になりたくて来た場所だったが、気付かれてしまっては仕方がない。できるだけ自然な声でゼシカは答える。
「ちょっと、目が冴えちゃって・・・。ククールも?」
「オレは、ほら、星空に誘われて、さ」
相変わらず、歯の浮くようなセリフをサラッと口にする男だ。
「ゼシカも一緒にどうだい? カジノの明かりが邪魔だが、中々キレイだぜ?」
気持ちがまいってしまっているゼシカには、上手い断わり文句が思いつかない。
「そうね、いいわ」
珍しく、あっさり誘いにのってきたゼシカにちょっと拍子抜けしながらも、ククールの女性へのエスコートにぬかりはない。
「ほら、足元暗いから気をつけて」
ゼシカの手を取り、手すりに座らせる。
「美女と眺める星空は一段とキレイだな。まあ、キミの美しさには敵わないけど・・・」「・・・」
全くの無反応だった。さすがにククールも、はっきりとゼシカの様子がおかしいのに気付く。
「ゼシカ? どうした? 具合でも悪いのか?」
「何でもないわ、ちょっと疲れてるだけ。・・・ごめんなさい、一人になりたいの。私もう行くわね」


立ち上がりかけたゼシカをククールは押し止める。
「いや、いい、オレが消えるよ。気付かなくて悪かった」
「ごめんなさい・・・」
ゼシカを残して階段を降りかけたククールは、立ち止まり、少し考えた後、再びゼシカに声をかける。
「ゼシカ、ごめんな」
「えっ、何の事?」
予想外の言葉を投げかけられ、思わずゼシカは顔を上げる。
「あのクソ兄貴のせいで、投獄されたり、色々酷い目に遭わせちまって。大体、あいつがよけいなことしなけりゃ、今頃は杖を回収できて、全部丸く収まってたんだ」
『・・・違うわ・・・』
ゼシカの呟きは声にならない。
「大体、普段偉そうにしてやがるくせに、あっさり暗黒神に利用されやがって、情けないったらありゃしねえ」
「・・・ごめんなさい・・・私のせいで・・・」
ようやく搾りだされたゼシカの声は震えていた。
「私さえしっかりしてれば、こんなことにならなかったのに・・・」
「何言って・・・」
「チェルスが死んでしまったのは私のせい・・・。メディおばあさんだって、法皇様だって、私があの時・・・」
ようやくククールは、先刻の自分が口にした言葉を、ゼシカがゼシカ自身に当てはめてしまっていることに気付く。
「ごめん、ゼシカ、そんなつもりじゃ・・・。っていうか、あれはゼシカのせいなんかじゃない、そんなの当たり前だろう?」
「いいえ、私のせいよ! 私のせいで皆死んでしまったのよ! ごめんなさい・・・」
そこまでが限界だった。ゼシカは身を震わせながら、大声で泣き出してしまう。
「ゼシカ・・・」

『たまたま杖を拾ってしまったのがゼシカだっただけで、他の誰が杖に触れても同じことだった』
『ゼシカの力がなければドルマゲスを倒せなかった』
『ゼシカが操られた事で、暗黒神の目的を知ることが出来た』
かける言葉はいくらでもあった。
だが、それらの言葉が、一欠けらさえもゼシカの心を軽くすることは出来ないことがククールにはわかった。
隣に腰をおろし、そっとゼシカの肩に手を置く。
ゼシカは一瞬ビクッと震え、涙に濡れた顔をククールに向けた。
「あなたのお兄さんも・・・」
「えっ?」
「私が巻き込んだのよ・・・許して・・・」
「・・・バカ」
ククールはゼシカの身体を引き寄せ、自分の膝の上に座らせた。
「ずっと、そんな風に悩んでたのかよ」
一人になりたくて来た場所だった。だが、命を預けられる程の絆で結ばれた仲間のぬくもりは温かく、ゼシカの中で張り詰めていたものが、プツンと切れてしまった。
ククールの胸に顔をうずめ、子供のように泣きじゃくるゼシカ。
ククールも子供をあやすように、そっとゼシカの背を叩いてやる。
『ホント、バカだよな、オレ。一体今まで何見てたんだろうな』
リブルアーチでのあの事件から、何ヶ月経っただろう。
その間、誰にも打ち明けることなく、ゼシカは己を責め続けていたのだろうか。
腕の中にすっぽり入ってしまう小さな身体。
まだ少女といえる年頃の娘が、慕っていた兄を殺され、その敵討ちに故郷を飛び出す。
命がけの戦いの毎日。男ばかりのパーティーで溜まるストレス。賢者の末裔であることのプレッシャー。世界を救わなければならないという責任。
その全てがこの小さな肩にのしかかっていたのだ。潰れてしまう寸前だったのだろう。
そのことに気付いてやれなかった自分が、ククールは情けなかった。
そして同時に、この時、この場所に自分を導いてくれたことを天に感謝した。
一人になりたいとゼシカは言っていた。
一人になって泣くために? 涙を堪えるために?
どちらにしろ、そんな姿を想像するだけで堪らなかった。


五分ほどもそうしていただろうか。
「あの・・・ククール?」
ゼシカがククールの腕の中でわずかにもがく。
「その・・・もう大丈夫だから」
「ああ・・・」
ククールはゼシカの身体に回していた腕を緩める。
が、ゼシカは顔を上げようとしない。
「ごめんなさい、みっともないとこ見せちゃって。その・・・ありがとう」
多少しゃくりあげた調子になってはいるが、声に先刻までの悲壮な気配はない。
ゼシカが顔を上げないのは、単に恥ずかしかったからと、泣き腫らした顔を見られたくない女心からだった。
それを察したククールが空を指して叫ぶ。
「ゼシカ! ほら、流れ星!」
「えっ、どこ!?」
思わず空を仰ぐゼシカだが、ククールの嘘なので、当然見られない。
「残念だったな。でも、さっきから結構星は流れてるぜ?」
これは本当のこと。
「次に来たら、願い事でもしてみたらどうだ?」
「流れ星に3回? よくそんなこと知ってるわね」
「まあ、女の子の好きそうなことは大概ね」
そう言っている間に、大きな星が流れていく。
ゼシカは素早く立ち上がり、拳を握り締めて叫んだ。
「勝つ! 勝つ! 勝ーつ!!!」
実にシンプルな願いだけに、星が消えてしまう前に3回言い切ることが出来た。
「やったわ、成功」
ゼシカが元気になったのは嬉しいが、ククールはほんの少し複雑な気持ちになった。
「いや、それ、願いっていうより、決意表明じゃないか?」
「いいのよ、ただ願うよりこっちのほうがきっと効くわ。結局戦うのは自分なんだから」実にゼシカらしかった。もう大丈夫という言葉は本当らしい。
完全に大丈夫になるには長い時間がかかるだろうが、今はとりあえずこれでいい。
「そう、勝つのよ。倒すじゃなく」
意思の強い視線をぶつけられ、ククールはドキッとする。


「私、マルチェロのこと、悪い人だとは思えないのよ」
意外な言葉にククールは驚く。
「ゼシカはてっきり、あいつのことは嫌ってると思ってた」
「キライよ。ものすご~くイヤミな奴だとは思ってるわ。でもね、あの人オディロ院長のことは本当に慕ってたと思うの。ドルマゲスが襲ってきた時、命懸けで守ろうとしていたし。あの姿を見ちゃってるから、根っからの悪人とは思えないのよ」
ククールも思い出す。毛嫌いしていたはずの自分に『院長を連れて逃げろ』と命じた兄の声。思わず『兄貴』と呼びかけてしまった自分に対しての言葉だった。
「自分を見失ってるだけだったら、きっと取り戻せるわ。だから、勝つのよ。きっとやれる」
ゼシカの言葉は、力強く、温かかった。
兄と戦わなければならない苦しみで疲れていた心が癒されていく。
「ありがとう、ゼシカ」
ゼシカを励ますつもりが、いつの間にか、自分が励まされている。つくづく情けないとは思いつつも、悪い気分ではなかった。
「ありがとうは私の方よ。おかげで何だか眠れそうだわ。ククールは?」
「ああ、オレも・・・眠れそうだ」
全ては夜が明けてからだ。これ以上何も失わないために、大切なものを守るために戦う。
だが今は眠ろう。仲間の温かさが心を温めてくれているうちに。
                      <終>






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最終更新:2008年10月23日 00:09
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