進歩


「オレはこんな勝負最初からどうなろうと知ったこっちゃないんだがな・・・。どうやら勝ち目もなさそうだしもうあきらめて帰ろうぜ」
「な~に勝手なこと言ってんのよ! 私はまだあきらめてないんだから あなたにも来てもらうわよ!」
「わかったよハニー。そんなにオレが必要だって言うならお供させてもらうぜ。」
「・・・もうそれでいいわ。」

海賊の洞窟での、いつものようなやりとり。でも、二人の気持ちには、確かな変化が芽生えつつあった。

ゼシカは、心の中で首をかしげる。

変だわ。
いつもの私だったら、『やる気のない人は、来てくれなくて結構』って思うはずなのに。
どうして、あんなこと言ったのかしら。他人をあてにするような人間になるのはイヤだわ。
でも・・・。

私は、小さな頃から、前だけしか見られないタイプの人間だった。
だから、どんな不気味な迷宮だろうと、いつでも前だけ向いて進んでた。
道を決めるのはエイトだけれど、彼の後ろを付いていく時だって、不安なんて感じたことはない。
それなのに・・・。

最近、ちょっと不思議なんだけど・・・。
道が二つに分かれていたりして、ちょっと立ち止まる時。なぜか、私は後ろを振り返ってしまう。
そうして、辺りを油断無く警戒している蒼い瞳を見て。その瞳が、私の視線を捉えて、少し和らぐのを見て。
別に、言葉を交わしたりするわけじゃないんだけど。
なんだか、安心する自分がいる。また、前だけ見て進める。
だから、彼には一緒に来てくれないと困るの。
どうしちゃったのかしら? 私。

・・・これはこれでいいのよね?
仲間を信頼して頼りにするのは、悪いことじゃないわ。
そうよ。私ちょっと、一人で突っ走りすぎるところがあるから。
これは一つの進歩だわ、きっと。


ククールは、心の中でため息をついた。

あの猪突猛進娘め。
ひとのこと、完全に戦力としてしか見てないな。
まあ、あの媚びないところが魅力の一つでもあるんだが。
それでも、初めの頃の『ネコの手だって借りたい』よばわりだったのから比べれば、渋々でも『あなたの力が必要』って言ってもらえるのは大出世か。

OK。いいぜ、ハニー?
お前に必要なのは『頼れる仲間』だっていうんなら、ご期待に添えるよう努力するさ。
振り向いてはほしいけど、困らせたいわけじゃないんだ。
徹してみせるさ。完璧にな。

まいったな。よりによって、自分になびかない女に本気になっちまうとはね。
オレもヤキが回ったもんだぜ。
いや、案外これが、進歩ってやつなのかもしれないな。



ククールは、ゼシカが振り返って、自分を見ているのに気づく。
微かに微笑み、『どうした?』と問うように首を傾げる。
ゼシカはそれを見て、『何でもない』というように、首を横に振る。
他の誰にも見せないような、安心しきった表情で、再び前を向く。
そして、いつものように迷宮を進んでいく。


確実に『進歩』はしているのに、『進展』するのは難しそうな二人だった。

                      <終>




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最終更新:2008年10月23日 02:16
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