ゼシカがいなくなった。
ドルマゲスを倒し、一旦サザンビークの宿屋に戻った翌朝、誰にも何も言わずにゼシカは姿を消した。
「やっぱ、むさい男だけのパーティーがイヤになったとか・・・」
「安心しろ。このオレがいるかぎり、断じてそれはない!」
ヤンガスの言葉を、オレは即座に否定する。
そう、あのゼシカがオレに何も言わずにいなくなるはずがない。
あの約束がある限り・・・。
とりあえずゼシカの故郷に行ってみようと、エイトのルーラでリーザス村へ移動する。
素朴でのどかで、小さな村。ここがゼシカの話していたリーザス村・・・。
「ここがゼシカの出身地? でも残念ながら、ここにはゼシカはいなさそうだぜ」
エイトとヤンガスが、怪訝な顔をしてオレを見てる。
「・・・なんでそんなことがわかるかって?」
まあ、当然の疑問だな。
さて、何て答えるかね。
ねえ、ククールはもう聖堂騎士団には戻らないんでしょう? ドルマゲスを倒した後、どうするの?」
太陽のカガミで闇の遺跡の結界を払い、突入前に各自、装備と持ち物の確認をしていた時だ。ゼシカが突然、訊いてきた。
「オレ? オレは世界中の美女の呼ぶ声に応えるさ。もちろん、君が最優せ・・・」
「真面目に訊いてるのよ」
いつも以上に真剣な眼差しに、オレはつい視線をそらしてしまった。
「そうだな、とりあえず修道院には敵討ちの報告だけはして・・・。その後は念願の自由だ。気楽な一人旅でもしてみるさ」
「もし良かったら、ウチに来ない? 住むところだったら、サーベルト兄さんの部屋が空いてるし」
あれには本気でドキッとしたっけ。
「リーザス村っていう小さな村なんだけどね。村の外壁とかも頑丈じゃなくって、安全面で今一つ心配なのよ。以前はサーベルト兄さんが村を守ってくれてたんだけど・・・」
「それって用心棒ってこと? それならゼシカがいるじゃないか。あの大陸の魔物だったら、片手で楽勝だろう?」
「それがダメなのよ。『アルバート家のお嬢様にそんなこと』って止められるのがオチだわ。お母さんだって、猛反対するだろうし」
「それに、アンタみたいなタイプは誰かが見張ってないと、イカサマポーカーとかばっかりで、ロクなことしないわ、絶対」
ズケズケとキツいお嬢様だよな、ホントに。
「別にずっとってわけじゃないのよ? 少しのんびり過ごして、自分が本当にどうしたいのかゆっくり考えてほしいの。それで生き方が決まったら、いつでも出て行ってくれて構わないから」
オレはゼシカの言葉に揺さぶられている自分を悟られないように必死だった。
「どうして、そこまでオレを?」
「だって、なんだか心配なのよ。ほっておけないっていうか・・・」
その時だ。エイトの奴が、オレにまほうのせいすいを寄越してきやがったのは。ああ、まあ、回復役のオレが大事な決戦でMP切れおこすわけにはいかないからな。もっともな判断だとは思うよ、実際役に立ったし。
だけど、何もあのタイミングで・・・。
この借りはいつか返すぜ、エイト。
「準備完了ね」
立ち上がったゼシカの表情には、油断も甘えもなかった。
「返事は帰ってからでいいわ。ちゃんと考えておいてよ、約束だからね」
そう言って、ゼシカは力強い足取りで、闇の遺跡に踏み込んでいった。
首尾よくドルマゲスを倒し、サザンビークに戻った後、ゼシカの口数は少なくなり、オレも疲れてるんだろうと、特に話しかけることもしなかった。
そしてこの通り、ゼシカは突然いなくなり、オレは当然あの時の返事をしていない。
「・・・勘かな」
このおせっかいどもには言えねぇよな、やっぱり。
口をそろえて『そうしろ』って言ってくるに決まってる。
悪いな、ゼシカ。
せっかくのお誘いだけど、答えは『NO』だ。
お前、やっぱりお嬢様だよ。世間知らずだ。
オレみたいな人間を、自分の家に住まわせようだなんて、無邪気にも程がある。
『仲間』として信頼してくれてるんだろうけど、『男』としてのオレに対しては、結構残酷なこと言ってるって、気づいてないだろ?
でもな、ゼシカ?
オレがあの時、そんなに嬉しかったか、わかるか?
きっと、お前には想像もつかないくらいだと思うぜ。
あの時、ゼシカが言ってたことは大正解だ。
オレは一人だったら、ロクなことしやしない。
オヤジのように・・・いや、もっと投げやりな生き方して、どこかで一人、惨めに野垂れ死にするのがオチだ。
でも、もしこの世界に、自分のことを気にかけて、心配してくれる人間が一人でもいてくれたら・・・。
そうしたら、オレは独りぼっちなんかじゃない。
あの時のゼシカの言葉を思い出すだけで、胸の奥が温かくなる。明るい光が射す。
どこでだって、ちゃんと生きていける。
あのゼシカが、自分から口にした約束を果たさずにいなくなるなんて、ありえない。
何か大変なことに巻き込まれてる。それだけは確かだ。
待っててくれ、ゼシカ。
たとえ、それがどんなに困難なことだろうと。
オレが必ずそこから、お前を救い出してみせるから・・・。
< 終 >
最終更新:2008年10月23日 02:44