「愛してる。ずっとゼシカだけ見てた」
ククールがそう言ってくれてから一カ月が経った。
私はリーザス村の入り口で、彼を待っている。
サヴェッラで幸せそうなエイトとミーティア姫を見送ったその日、私たちは初めてお互いの想いを確かめ合った。
ククールは私を困らせないように、ずっと自分の気持ちを押し殺して、仲間であることに徹してくれていたって。
私の方はというと本当に鈍くて、ククールを好きだという自分の気持ちに気がついたのは、ラプソーンを倒し、リーザス村に帰ってきて、しばらく経ってからだった。
いつも近くで見守っててくれた人がいないことが淋しくて。
ううん、それ以前に、ククールがどんなに私のことを大切に守ってくれていたか、全然わかってなかったことに気が付いて、毎日泣きたい気持ちだった。
ミーティア姫を、チャゴス王子との結婚式場であるサヴェッラまで送り届ける為に再会した時も、私はやっぱり素直になれなくて。でもククールはちゃんと察してくれて、自分から先に私に気持ちを打ち明けてくれた。
ずっと一緒に生きていこうって、約束してくれたの。
私はすぐにリーザス村に来てほしかったけど、ククールはその時、神父様のいないドニの町の教会の仕事を手伝っていて、シスターを一人にして突然やめるわけにはいかないから一カ月だけ待ってくれと、またドニの町に戻っていった。
口では軽薄そうなこと言うけど、本当はそういう誠実な人。
気づかなかった初めのうちは、もったいないことしてた気もするけど、今考えるとそれで良かったのかもしれない。この一カ月間、私の頭の中は、寝ても覚めてもククールの事ばかりで、こんな状態でラプソーンと戦ってたら、命が幾つあっても足りなかったわ。
そして、今日が約束の日。
仕事の邪魔をしたくなかったから、この一カ月、会いたくてもずっと我慢してた。
やっと一緒にいられる。もう二度と離れたくない。
「おや、ゼシカお嬢様、ずいぶんとお早いですね」
開店準備をしにきた防具屋さんに声をかけられた。
日の出と一緒に起きだしてきたのは、ちょっと早すぎだったかしら。
「ええ、ちょっと目が覚めちゃったの」
朝が来るのが待ち遠しくて、眠れなかったっていうのが本当のことだけど。
いくら何でも、こんなに早くは来ないってわかってるのに、家でじっとしてなんていられなかった。
木にもたれて、門の上の風車を眺める。
ゆっくりと吹く風は暖かく、戦って勝ち取った平和を祝福してくれているよう。
不意に魔法の気配を感じた。
風と光が渦を巻いてこちらに向かってくる。そう、これはルーラ。
朝日を受けて輝く銀色の髪が、着地の瞬間フワリと舞い上がる。
「ククール!」
私は叫ぶと同時に駆け出していた。
そのまま彼の腕に飛び込みたかったんだけど、ククールは両手に一杯花束を抱えていて、私は慌ててブレーキをかける。
「ずいぶん早起きだな、ゼシカは」
ククールは驚いたように私を見ている。
「待ち遠しくて、眠れなかったの」
私が言い終わらないうちに、唇を重ねられた。
「オレも」
あいかわらず手がはやいわ。素早さでは負けてないはずなんだけど、こういう時には何故か勝てない。もちろんイヤではないんだけど。
「すごい花ね。どうしたの?」
ちょっとテレちゃうので、話題をそらす。
「ゼシカのお母さんに挨拶するのに、手ぶらってわけにはいかないからな」
それで選ぶ手土産が花っていうのが、ククールよね。絵にはなってるんだけど、やっぱりキザだわ。
「とりあえず、これはゼシカに」
レースのリボンで結ばれた、小さなブーケを渡される。
「・・・ありがとう」
くやしいけど、嬉しい。やっぱりククールには敵わないわ。
「こんなに早いなら、朝食まだでしょう? うちで一緒にとらない?」
今から頼めば、一人分くらいはどうにでもなるはず。
「いや、やめとくよ。それより教会に寄りたい」
「教会?」
「そ、挨拶しに」
ここでも教会の仕事を手伝うつもりなのかしら?
教会に着いたククールは、建物の方には見向きもせず、墓地の方へと進んでいく。
足を止めたのは、サーベルト兄さんのお墓の前。
空の色と同じ、青い花を供えてくれる。
あの花は願いの丘にしか咲かない花。
もうずいぶん前に、本当に軽い気持ちで、兄さんのお墓に供えてあげたいと口にしたことがある。言った私でさえ忘れていた言葉をククールは覚えていてくれた。
涙で目の前が霞む。
サーベルト兄さん、私、この人を好きになって良かった。
私自身だけでなく、私が大切に思うものすべてを同じように大切にしてくれる。
こんなに強くて優しくて、心のきれいな人が私を好きだと言ってくれる。こんな幸せなこと他にない。
だけど、たった一つ。一つだけ悲しいのは、兄さんにククールを紹介できなかったこと。兄さんはきっと『良かったな、ゼシカ』って言ってくれたよね。私、兄さんに祝福してもらいたかった。
胸がいっぱいになってしまい、祈りを捧げてくれているククールの背に額を当てる。
「なんだよ、泣くなよ」
ククールが困ったような声を出す。そうよね、悪いことしたわけじゃないのに、泣かれたら困るわよね。
「ありがとう・・・」
でも、これだけ言うのが精一杯だった。
だいぶ陽が高くなり、村の人達も外に出て、それぞれの活動を始める。
私とククールは手を繋いで、私の家へと向かう。
宿屋の前を通り過ぎるあたりで、ククールがうかない声で訊ねてきた。
「なあ、ゼシカはオレのこと、家の人には話したのか?」
「ええ、好きな人がいて、その人が今日挨拶に来るからって」
「それが、『オレ』だっていうのは?」
変なこと訊くのね。
「わかってるわよ。ククールもお母さんとは何回か顔を合わせてるでしょう?」
「一応、ゼシカにも心の準備しておいてほしいんだけど、多分オレ、いい印象もたれてないから認めてもらえないと思う。そうなっても、ケンカしたりしないでくれな」
・・・。
一瞬、何を言われてるのかわからなかった。
「どういうこと?」
「その何回か顔を合わせた時、オレにだけ妙に冷たい視線が向けられてたんだよな。悪い虫がついたと思われてる気がする。定期船のオーナーだから、向こうの大陸の話も耳に入るだろうし、オレってかなり有名だったからな。良くも悪くも」
「まさか・・・だって、お母さん何も言ってなかったわよ。反対するなら、まず私にダメだって言うはずでしょう?」
「ああ、だから一応、その可能性もあるってことだけ覚えておいてくれればいいよ」
ククールったら、笑っちゃうぐらい自意識過剰なところもあるのに、変なところで自分に自信がないんだから。
でも、正しかったのはククールの方だった。
日中はいつも屋敷の中で待機している衛兵さんが、今日は玄関の前に立ちはだかり、私たちが中に入るのを阻んできたのだ。
「大変失礼ですが、そちらの紳士をお通ししてはならないと、奥様からのご命令です」
何なの、これ・・・。
「どういうこと? 私、そんな話きいてないわ! どいてちょうだい、お母さんに説明してもらうから!」
私の剣幕に衛兵さんは怯むものの、ドアの前から動こうとはしない。
「どかないのなら、力づくでどかせるわよ・・・」
掌にメラの炎を発生させた私の腕を、ククールが掴んで止めた。
「だから、そういうことやめてくれって、さっき言っておいただろ」
「何、他人事みたいな顔してるのよ! こんな失礼なやり方されてるんだから、怒りなさいよ!」
やけに落ち着いているククールにまで腹が立ってしまう。
その時、内側から扉が開いた。
「何ですか、大声でみっともない。はしたない行為はおやめなさいと、いつも言っているでしょう?」
お母さんが、すました顔で出てきた。
「何がみっともないのよ! こんなやりかたの方がよっぽどひどいじゃない! これじゃあ、まるで騙し討ちだわ!」
「あなたに言ってきかせたところで、聞きやしないでしょう? 私が直接、この方にお話しします」
お母さんはククールに向かって話し出した。
「ククールさん、貴方の評判はよく存じています。修道院で神に仕える身でありながら、酒色と賭け事に溺れる、どうしようもない不良騎士だと」
「お母さん、私だってはじめはそう思ってた。でも、それだけの人じゃないの。そんな評判なんかで彼を判断しないで!」
それでも、お母さんは私を無視して話を続ける。
「更には、祈りを捧げると称して、貴族の家でいかがわしい行いをしていたとか。かつてドニの周辺の領主であった貴方のお父上のことも私はよく存じています。思い出しただけでも腹の立つ。
あの方は妻子ある身でありながら、夫を亡くしたばかりの私に何度も不埒な行為を誘いかけてきました。大層な美男子であったことを鼻にかけていたのでしょう。
あげくの果てに財産を全て食いつぶすような、どうしようもない男・・・。貴方にはそのお父上の面影が強く残っていらっしゃるわ」
昔そんなことがあったなんて、私、全然知らなかった・・・。でも、それはあくまでククールのお父さんの話だわ。
「いい加減にしてよ! そんなのククールには何の責任もないじゃない。これ以上彼を侮辱するようなこと言わないで!」
ようやくお母さんは私の方に顔を向けた。
「ゼシカ、あなたはまだ若いからわからないのよ。美しい外見や、うわべだけの優しさに惑わされてしまう。私はあなたの母親として、この人とのお付き合いは決して認めませんからね」
怒りで体が震える。お母さんなんて、何にも知らないくせに!
私はククールの腕をつかんで、踵を返す。こんなところにいたくないし、ククールをこんなところにいさせたくもなかった。
「待ちなさい、ゼシカ!」
お母さんが呼び止めるが、待つつもりはない。とにかく村を出たかった。いつのまにか村の人達が集まって家の近くで様子を見ていたけど、そんなこともどうでもいい。
こんなのってひどすぎる。あんまりだわ!
「イオラ!!」
道を歩いている時も、塔に昇っている時も、出現する魔物は全て先制のイオラでなぎ払った。頭に血が昇っていて、戦術もMPの消費も考えたくなかった。
その内、魔物も恐れをなしたのか出てこなくなり、リーザス像の前まで来た時も、私たちにはかすり傷一つなかった。
「すげぇな、ゼシカ。オレ手だしするヒマなかったよ」
それまで黙って私に腕を引っ張られていたククールがようやく口を開いた。
「ある程度覚悟はしてたけど、門前払いまでは予測しなかったな。花束無駄になっちまった。リーザス像にでも捧げとくか。クラン・スピネルのお返しってことで」
そう言ってククールは、手にしていた花をリーザス像に供える。
その声の調子や態度がいつもとまったく変わらなくて、私はかえってそれが悲しくて、涙が溢れてきた。
「ごめんなさい、お母さんがあんなひどいこと・・・。私、恥ずかしい・・・」
くやしくて、悲しくて、腹が立った。
お母さんなんて、何も知らないくせに。
あの命懸けの戦いの日々の中で、ククールがどれだけ私を助けて、支えてくれていたか。どんなに私が救われてきたか。知りもしない人に、一言だって彼のことを悪く言われたくない!
「ゼシカ、オレなら平気だよ。言ったろ? 心の準備しといてくれって」
ククールが宥めるように私の頬に手を添える。
「アローザさんはゼシカのこと心配だから、ああしたんだよ。いいお母さんじゃないか。ちゃんと大事にしろよ」
「あれだけひどいこと言われて何言ってるのよ! ククールは誰の味方なの!?」
「もちろん、ゼシカの味方」
「そうじゃない! ちゃんと自分の味方してよ!」
小さい頃から、あんまりひどいこと言われ慣れすぎて、感覚がマヒしちゃってるのかもしれない、この人。
「オレのことはゼシカが味方してくれたから、それでいいさ。さっきは悪かったよ、ゼシカ一人に喋らせてさ。さすがにオレもオヤジの話が出てくるとは予想できなくて、動揺しちまった。ホント、クソ親父、最後の最後までやってくれるよな」
自分のお父さんまで侮辱されてるのに、こうして平気な顔をする。どんな辛い思いを重ねてきたら、ここまで強がるクセがついてしまうんだろう。
「ククール、一つ、ひどいこと訊いてもいい?」
お母さんがもう一つ、言っていた。修道院でも、同じ話を聞いたことがあった。
「いいよ」
こんなこと訊いたら、彼を傷つけるかもしれないけど、知らない顔をしていたくない。
「貴族の家で、寄付金集めのために、ひどいことさせられてたって、本当?」
ククールは驚いたような顔をして私を見、それから優しく微笑んだ。
「ウソだよ。ウソっていうより未遂か。確かにこの美貌だからそういう奴らもいたけど、きっちり返り討ちにした。
オディロ院長はダジャレは気が遠くなる程つまらなかったけど、何の後ろ盾もなしにマイエラの修道院長にまでなった人だぜ? そんなに甘くなかった。
オレにバギとルーラを教えてくれた後、『本当にイヤなことされそうになったら、構わないからぶっとばして逃げてこい』って言ってくれた。その通りにした時も、ちゃんとかばって守ってくれてた。
ああ見えて、本気出したら怖い人だったよ。箱入り貴族がどうこうできる人じゃなかった」
あの、人の良さそうなオディロ院長から『ぶっとばしてこい』なんて言葉が出てたのは意外だったけど、ホッとした。そうよね、そういう方だったから、ククールだって慕ってたのよね。
「ま、信じる、信じないはゼシカ次第だけどな」
「信じるわよ、決まってるじゃない。ちゃんとククールのこと守ってくれた人がいたのが嬉しいだけよ」
顔を上向けられ、唇が重ねられる。今度は深くて長いキス。私はまだ慣れてなくて、どうすればいいのかわからず、ククールに全てを任せるしかできない。
息苦しさを感じる頃、ようやく唇が離される。足に力が入らず、ククールの腕に体を預ける。
「オレの為に、怒ったり泣いたりしてくれるのも嬉しいけど、やっぱりゼシカは笑ってくれてた方がいいな。久しぶりに会って、やっと二人きりになれたんだし」
・・・そうだ。私、嬉しかったり、悲しかったり、怒ったり、自分の感情ばかりだったけど、ククールの気持ちを考えてなかった。
こうなることを予測していたのにリーザス村まで来てくれた、その心に気がつかなかった。
「ごめんね、いやな思いさせて。でも、会いにきてくれて嬉しかった。ありがとう」
私は顔を上げ、笑顔でこたえた。
「で、これからのことなんだけど・・・」
私の頭が冷えたのを見計らったのか、ククールが話題を変えてきた。
「オレ、しばらくベルガラックに行くよ。フォーグとユッケに頼まれてたんだ、あそこの用心棒、少し鍛え直してくれって」
ちょっと待って。展開が早すぎて、頭が付いていかないわ。
「ホントに、こうなるってわかってたのね」
「オレはいつでも、最悪の事態を想定してるからな」
「でも、それなら私もベルガラックに行くわ。あんなわからずやのお母さんのいる家になんか戻るもんですか」
「ダーメ。ゼシカは残るんだ。オレの方も三カ月はかからないだろうから、終わったら改めてリーザス村に行くよ。
ここでゼシカを連れていっちまったら、ますますアローザさんの心象悪くなるだろうし、それは避けたいんだよな。というわけで、そろそろ村に戻ったほうがいいから、リレミトよろしく」
・・・え?
「リレミト。あれ? もしかしてイオラ撃ちすぎて、MP全部使っちまった?」
「いえ、リレミト分くらいはあるけど・・・。平気なの? あんなやりかたされて、ひどいこと言われたところに戻るの」
「全然平気。オレの素行が悪かったのは事実だし、母親だったら反対するのが普通だろ。むしろ反対してくれて安心する。ゼシカ、大事にされてんだなって」
「お母さんなんて、頭が堅いだけよ。ククールがいくら気遣ったって、わかってくれやしないわ。ただのわからずやなのよ」
「そんなこと言うもんじゃないぜ。オレからすれば、あんなふうに心配してくれる母親がいるってのは、羨ましいぐらいなんだからな」
・・・ククールにそう言われると、何も言い返せない。
「オレは変わったからさ、時間はかかってもわかってもらえるって信じてる。
エイトやヤンガス、トロデ王、ミーティア姫、そしてもちろんゼシカ。いろんな人達のおかげでオレは変われた。
もう、何かで自分をごまかして生きるのはやめたんだ。そんなつまらない生き方に、ゼシカを付き合わせるつもりはない」
真剣な目だった。本当にこの人は変わった。初めて会った時の、淋しさや辛さを一時の快楽で紛らわせていた人とは、もう違う。
・・・私一人が、自分の感情で泣きわめいているわけにはいかないわ。
私はククールに言われたとおり、リレミトを唱えた。
リーザス像の塔の外に出ると、ポルクとマルクが、武器を構えて立っていた。
こんなところまで二人で来たのかしら。いつのまにか強くなってたのね。
「ゼシカ姉ちゃん! 良かった、やっぱりここにいた。こいつが姉ちゃんを連れてこっちに歩いてくのが見えたから、追っかけてきたんだ。おい、お前! ゼシカ姉ちゃんをどっかにさらっていこうとしたって、そうはいかないからな!」
「ゼシカ姉ちゃんは、どこにも行かせないぞ」
ポルクとマルクの言葉に、ククールが抗議の声をあげる。
「いや、ちょっと待て。連れてこられたのはどうみてもオレの方だろ、どういう見方したらそうなるんだよ」
「うるさい! お前なんかにゼシカ姉ちゃんを渡すもんか! どうしても姉ちゃんを連れていくつもりなら、オレたちと勝負しろ!」
「勝負しろ!」
ククールはため息をつき、うんざりしたような声を出した。
「なあ、ゼシカ。この『問答無用で実力行使』ってのは、リーザス村の基本方針か何かなのか?」
そんな基本方針はないけど、自分の行いを振り返ると違うと言えないのが悲しい。
「まあ、いいや。挑まれた決闘は受けないとな」
ククールは腰に差していたレイピアを抜いた。
「お、おい、お前、子供相手に剣を抜くのかよ」
ポルクが動揺している。
「そっちは二人掛かりだろ? ちょうどいいじゃないか」
「ちょっと、ククール、やめなさいよ、子供相手に」
さすがに私も黙って見てはいられない。
「そいつは違うぜ、ゼシカ。こいつらはガキでも男だ。剣を抜くってことの意味は知っておいた方がいい。・・・さがっててくれ」
こういう時、ククールは甘くない。
私も、ラプソーンを倒す旅でいろいろなものを見てきたつもりなんだけど、世の中にはまた違う種類の修羅場があるんだろうと想像させられる。それは私が全く知らない世界。
私は言われたとおり、後ろにさがる。
「ほら、かかってこいよ」
ククールが、ポルクとマルクを手まねいた。
私は、まだわかってなかった。
ククールは、本当に子供みたいなところもある人だって。
かれこれ二十分くらい経ってるけど、ククールはまだ一度もレイピアを使っていない。
二人の攻撃を、ひらりひらりとかわすだけ。ポルクとマルクは、もう息があがってる。
「ほら、どうした? こんなんでへばってて、ゼシカ姉ちゃん守れるのか?」
しかも、妙に楽しそう。そういえば以前、ごっこ遊びしたことないって言ってたわね。生まれて初めての剣術ごっこで遊んでるのかも。
大人なんだか、子供なんだか、本当にわからないわ。
マルクが足をもつれさせて転び、そのまま座り込んだ。
それを見て、ククールは初めて、ポルクの剣をレイピアで受ける。
何度も剣を振り下ろして疲れている腕に、その衝撃が耐えられるはずもなく、ポルクは剣を取り落とした。
「勝負ありだな」
ククールは、レイピアを鞘におさめた。
マルクが大声で泣き出し、ポルクは唇を噛み締めて、必死にこらえている。
ククールはしゃがんで、二人の顔をのぞき込んだ。
「あのな、いいか? 人間なんだから、まず話し合うってことを覚えろよ。大丈夫、お前らから大好きなゼシカ姉ちゃん、取ったりしないから」
前半部分、耳が痛いわ。
「でも、お前、ゼシカ姉ちゃんの恋人なんだろ? どこかにゼシカ姉ちゃん、連れていっちまうんだろ?」
「だから、連れてかないって。それにな、もしこの先ゼシカがオレとどっか行っちまうことがあったとしても、ゼシカがお前らのゼシカ姉ちゃんだってことが変わるわけじゃないんだ。
誰もお前らからゼシカ姉ちゃんを取り上げるなんて出来ないんだよ。・・・って、これはガキには難しいか。何言ってんだ、オレ」
「いや、わかるよ」
「うん、わかる」
ポルクとマルクは頷いた。
「勝負に負けたから仕方ない、お前のこと認めてやる。そのかわり、ゼシカ姉ちゃん泣かせたら、その時は許さないからな」
「ゼシカ姉ちゃん、幸せにしろよ」
ククールは嬉しそうな笑顔を見せる。
「そっか、ありがとな。オレ、またしばらくいなくなるんだけど、その間はお前らがゼシカの味方してやってくれよな」
「えっ、行っちゃうのか? ・・・任せろ、その間、姉ちゃんはオレたちが守る」
「うん、男の約束」
「ああ、頼むな」
・・・捨ててなんていけない。
当たり前のようにそこにあったから気づかなかったけど、私は幸せだったんだ。
心配してくれる人、慕ってくれる人。そして帰ることが出来る場所。
私は何もかも持っていた。
ククールは私以上に、私にとって大切なものをわかってくれていた。
私の居場所はやっぱりリーザス村。もしそれが二度と戻れない場所になってしまったら、私はきっと耐えらえない。
帰りたいと願う自分の気持ちに潰されてしまう。
私も変わろう。ただお母さんに反発してるだけで、許してもらえるわけがない。
もっとしっかりして、認めてもらって、信じてもらって、外見やうわべに惑わされてるんじゃないってわかってもらおう。
今の私はまだ未熟で、ククールには釣り合っていないけど、いつまでも守られるだけではいたくない。
今、ククールが私にしてくれているように、彼にとって本当に大事なものが無くなろうとしていたら、私が必ずそれを守ってみせる。もちろん、それがあのマルチェロのことだったとしても。
「ポルク、マルク。私はどこにも行かないから。どこかに行かなきゃいけなくなっても、必ずリーザス村に戻ってくるからね」
私もククールの隣にしゃがんで、二人と目の高さを合わせる。
お母さんと対決する覚悟ができたわ。
「ククール、ルーラお願い」
まずは、これ以上ククールを悪者にしないことだわ。
家に戻って、ちゃんと話し合おう。
あれから一年が経った。
ククールは今、ポルトリンクに間借りして、リーザス村とポルトリンク、そしてリーザス像の守り手となってくれている。
加えて、ポルトリンクの教会もシスター一人できりもりしてるので、その手伝いもして毎日忙しそう。
村や港の人達には完全に受け入れられ、すっかり人気者になってる。
リーザス村の人たちは、こっちに移ってこいと言い、ポルトリンクでは手放したがらないので、困ってるみたい。
ちょっと心配だったけど、浮気してる気配は感じられない。お酒は飲んでるけど、まあ許容範囲。カジノには時々行ってる。
子供は好きじゃないみたいに言ってるくせに、ポルクとマルクに『ククール兄ちゃん』と呼ばれるのは嬉しいらしく、毎日楽しそうに剣を教えている。
二人が一人前になったら、はやぶさの剣をプレゼントするんだって、カジノのコイン二万枚分の引換券を見せてくれた。こういうのって、メロメロっていうのよね。ちょっとだけ妬ける。
初めはあれだけククールのことを嫌っていたお母さんも、半年も経つ頃には少しづつ態度を緩め始めた。
あいかわらず付き合いは許さないとは言いながら、時々、夕食やお茶にククールのことを招くようになった。今では週に二回ぐらいの割合になっている。
それはとっても嬉しいんだけど、一つだけイヤなことがある。
今もククールを招いて、午後のお茶を飲んでるんだけど・・・。
「ゼシカときたら、いくら言ってもはしたない格好するのをやめてくれないのよ。若い娘が、あんなふうに肌をさらして歩くなんて、本当にやめてほしいわ」
「わかります。オレだって外ではあんまり露出しないでほしいって言ってるんですよ。他の男の目には触れさせたくないから」
「まあ、あなたが言ってもダメなの? 本当にしょうがない娘ね」
最近お母さんは、私のことをククールにグチる。そして、ククールはそれに対して、ほとんど反論してくれない。
「本当に、あの娘は誰に似たのかしら。一度思い込んだらテコでも譲らなくて、止めてもきかずにつっぱしるのよ」
「ああ、そうですよね、ゼシカの心配してたら、体が幾つあっても足りませんよね」
・・・こんな意気投合のされかた、何だかイヤだわ。
もう・・・ふたりともいったい、誰の味方なのよ!
<終>
最終更新:2008年10月23日 02:58