「正気…なのか…?」
傍らにあの忌まわしき杖を携え、不敵に笑う影にククールは問う。
『正気とは?…まぁいい。貴様等がここで消える事に変わりは無い』
瞬間、彼から放たれた真空の渦が四人に襲い掛かる
間一髪、身を躍らせてかわした刃は背後に参列し、身動きできない人々に降り注ぐ。
阿鼻叫喚の声とそれを制止させようとする青い服の男達
両者の怒号で、聖地と呼ばれたこの地はさながら地獄を見ているかのようだ。
今この場所に…神は、いない
「…エイト、ヤンガス。参列者の避難を頼めるか?ちいとばっかし場所が悪いぜ
それにコイツは…」
目前の男は祈るように十字を切り、悪魔のような笑みを浮かべ真っ直ぐにククールを見つめた。
「…俺を御指名らしい」
「私も残るわ」ゼシカが叫ぶ
「一人じゃ危険よ…わかるの。こいつ普通じゃない」「こりゃたのもしい、頼りにしてるぜ」
(今彼を助けられるのは私しかいない!)
ゼシカが杖をかざし呪文を唱えると二人は光の衣に包まれた
272 :『蒼紅の十字』②[sage]2005/10/14(金) 08:54:12 ID:LwZXpZbQ
エイトが右に、ヤンガスが左に走っていく。大神殿の騒ぎはかすかに外に漏れ
外部に集まるやじ馬が興味深そうに見守る中、青い服の男達を吹き飛ばし
参列者を誘導するエイト達。それを眼の端に捕え―――
深呼吸を一つ、眼を閉じ精神を集中する
正面の男の持つ剣が十字を描き光が集まる。それと全く同じ動きをトレースするかのように
ククールの左腕が十字を描き出し光が集中する
(思い出すな……)
273 :『蒼紅の十字』③[sage]2005/10/14(金) 08:56:59 ID:LwZXpZbQ
「よし、それまで!!」
オディロ院長の声が中庭に響き渡る―――幾重にも穿たれた四肢に激痛が走る。
『初動が遅い、引きが甘い、視線と肩で次の動きがバレバレだ!貴様、何年ここにいる?』
ククールがマイエラ修道院で暮らすようになって早、六年。
時の流れは速く、幼かったククールも今や聖堂騎士団見習いとして
神への奉仕と剣の稽古に追われる日々を過ごしていた。
ククールの腹違いの兄であるマルチェロは聖堂騎士団員としてメキメキと頭角を現していた。
こと剣術、体術においては当時の団長をも凌ぐと皆に噂される程で
後に、儀礼的な兵団であった聖堂騎士団を実戦的に鍛え
自ら団長として君臨し修道院の警護にあたる事となる
今日は定期的に行われる合同演習。マルチェロが新米に稽古をつけている
他にも多くの新人が団長殿の洗礼を受け、呻いている。皆、腕や足、腹、顔をパンパンに腫らしうずくまっていた
274 :『蒼紅の十字』④[sage]2005/10/14(金) 08:58:44 ID:LwZXpZbQ
その中でククールだけ、顔に傷一つない。
いつからだろうか?ククールが貴族に呼ばれ、多額の「寄附金」を貰うようになってから
ククールは一度も顔を打たれた事がなかった。
『貴様、明日は集金だったな?部屋に戻り傷を冷やせ』
マルチェロはククールの貴族宅への訪問を「集金」と呼ぶ。
そして皮肉タップリに意地悪そうな笑みを浮かべ
『そう言えば、まだ聞いてなかったな?』剣の腹でしこたま打たれた場所を叩かれる
ククールは俯いたまま、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた
「……まいりました。」
275 :『蒼紅の十字』⑤[sage]2005/10/14(金) 09:02:04 ID:LwZXpZbQ
『参りました』
マルチェロはひざまずき頭を垂れる。
それは調度ククールが「集金」から戻って来た直後の事だった。
中庭が何やら騒がしい。
「流石は音に聞こえた聖堂騎士団、なかなかじゃったが―――
まだまだワシには敵わんのう、ホッホッホッ」
『おっしゃる通りで…私もまだまだ未熟者――これからも精進致します』
「ホッホッホッ…今日は気分が良いのう、これ」
近くにいた貴族の従者とおぼしき者が、マルチェロに何かを差し出す
「ホレ、寄附金じゃ。院長にはくれぐれも宜しく頼むぞぇ」
『ハッ、確かに。…貴方様に神の祝福が訪れますよう…』
胸の前で十字を切り、笑顔で貴族を送り出す。その笑顔がいつもの冷たい表情に戻った
『…帰ったか。ちゃんと受け取って来ただろうな?』
「全く…見てらんないぜ。なんださっきのヘッピリ腰は?
あんなんじゃ豚も殺せやしないぜ 」
ククールは懐から取り出した「集金袋」をマルチェロに投げてよこす
『そう言うな。神に仕える我々としては、いついかなる時も平等に神の祝福を与えようではないか。
金さえ持ってくれば、例え人だろうと豚だろうと、な』
276 :『蒼紅の十字』⑥[sage]2005/10/14(金) 09:06:51 ID:LwZXpZbQ
笑いながら立ち去るマルチェロから女神像に視線を移し
哀しみをたたえたまま、ククールは胸の前で小さく十字を切った
彼の者とククールからほぼ同時に放たれた「偉大なる十字」は
二人の中央でぶつかり合い、轟音と供に弾け飛んだ。
『ほう…少し見ない間に随分と成長したものだ』
「お褒めに与り、光栄だよ…兄上様」
その刹那、はるか上空から降り注ぐ業火球がマルチェロを呑み込む
「やった!!」ゼシカが声を荒げる。しかし……
次の瞬間、荒ぶる炎柱が真空の波に消し飛ぶ―――
焔の中から現れた男の身体にはかすり傷一つない。わずかに蒼髪と青い礼服をくすませただけだ
『男子、三日遭わずんば刮目して観よ、か…だがその前に…』
男の口から死呪の詞があふれる。黒煙がゼシカを、その影ごと喰らい尽くす
「ゼシカッ!?」
「ククー…ル……」
ゼシカはバタリと糸の切れた人形の様に背後に倒れ込む
あまりに呆気ない事切れに平常心を失ってしまったククールは頭が真っ白になっていた
277 :『蒼紅の十字』⑦[sage]2005/10/14(金) 09:10:10 ID:LwZXpZbQ
「エイトッ!!ヤンガス!!」取り乱し仲間に助けを求める
とても蘇生を行える様な精神状態では無かった
『豚が一匹死んだぐらいで、何を取り乱している?』
「テメェ!!!!」
カッ
「キレたぜ…テメェだけは許さねぇ」
一気に精神が高揚し、身体から力が溢れる。こいつはこの場所で俺が止める、止めて見せる
何もかも、ここで終わらせてみせる。
『それが貴様の本気か?…面白い。それでこそ殺し甲斐があると言うものよ』
大きく杖を廻し、邪悪な気が集束する。それは凍てつく波動となってククールに襲い掛かった
「ウォオオオ!!!」
声に為らない叫びを上げてククールは胸に小さく、そしてもう一つ大きく十字を描いた。
今まで見たことも無い強烈な光を放ち、二つの十字は重なり、交じり合いながら一直線に―――
波動を引き裂き彼の元へ―――
『バカなッ!!』
弾け飛ぶ金のロザリオ――それすらも呑み込み、大いなる光の十字架は
その全ての罪を許し、消し去るかの如く輝きを増していった―――
278 :名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/10/14(金) 09:20:20 ID:mFZaa4Jj
わ、新人さん?まだ続くよね?これ。てことで連投回避~
279 :『蒼紅の十字』⑧[sage]2005/10/14(金) 10:00:58 ID:LwZXpZbQ
「ばっきゃろう…」
呟いたククールの腕の中でゼシカが目を覚ます。
「アレ…あたし―――」
「気がついたか?ふーっ…一時はどうなるかと思ったぜ」
「そうだ!!」ゼシカは勢い良く起き上がった。
「マルチェロは!?」
「あぁ…あいつならそこに――――」
ゴゴゴゴゴゴ……
ただならぬ邪気が急に漂いはじめる。…バカな!?奴は今倒したはず…
『ククク…礼を言うぞ…。随分てこずらされたが、ようやく…
この肉体を自由に操る事ができる…。』
「マルチェロ!!」ゼシカが身構える
「ちがう…アレはマルチェロなんかじゃない」
280 :『蒼紅の十字』⑨[sage]2005/10/14(金) 10:02:15 ID:LwZXpZbQ
『この男が、法皇……最後の賢者を亡き者にしてくれた今―――
杖の封印は全て消え失せた』
立ち上がった男の髪は銀に近い白に染まり、蒼白に彩られた表情には見覚えがあった。
リブルアーチで対峙した、呪われし暗黒の魂―――
『そう!!今こそ我が復活の時!』
かつてマルチェロと呼ばれた呪われし魂は、大きな曲線を描いて宙に舞い上がると
大いなる女神を睨めつけた
『…さあ!黄泉反れ!我が肉体よ!!』
その手から杖が躍り女神の心を貫く。間を置かず大地が鳴き―――
蛹を脱ぎ捨て現世に降臨せしめる悪の胎動
―――――悲鳴、轟炎、立ち上る光柱そして―――――
赤銅の大海が世界を覆い尽くした
281 :『蒼紅の十字』⑩[sage]2005/10/14(金) 10:34:40 ID:LwZXpZbQ
(フ…フフ…無様だな…私は…)
切り立った崖にしがみつき自嘲する。手足の感覚は無い。力も入らない。
(自業自得か…オディロ院長―――)
幼い頃の記憶が脳裏をよぎる。
厳しくそして優しかった師は正しき時は供に喜び、過ちを犯せば厳しく…
時には自らの手を上げ叱責してくれた
今の自分をどう思うだろう。また昔のように叱ってくれるだろうか?
(神よ…私は―――)
腕が痺れ、力が抜ける。そのままマルチェロは崖の深淵に身を委ねた…
282 :『蒼紅の十字』⑪[sage]2005/10/14(金) 10:36:19 ID:LwZXpZbQ
ガシッ
『…なん…のつもり…だ…?放せ…!!』
マルチェロの腕を間一髪掴んだのは―――祈りを捧げた神ではない。
真紅の礼服に身を包んだ神の下僕。
『貴様達…が邪魔を…しな…ければ…暗黒神のチカラ―――
我が手に…出来たのだッ!!』
神の下僕は物言わず、ただ黙ってマルチェロを見据えている
『だが…望みは…潰えた…。全て…終わったのだ―――』
さあ!放せ!!と目の前の男は言う。貴様なぞに助けられて堪るか――と。
「……死なせないさ」
神の下僕は、まるでその荘厳さを感じさせない砕けた口調で静かに語り出した
「虫ケラみたいに嫌ってた弟に情けをかけられ、あんたは生き延びるんだ―――
好き放題やってそのまま死のうなんて、許さない」
そう言って腕に力を込める…。程無くして崖上に引き上げられた男は、乱れた息を整える
地べたに座り込み向かい合う紅と蒼の影―――
『この上…生き恥じを晒せ…だと?―――貴様!!』
立ち上がる紅。その影が夕陽に照らされ一直線に伸びてゆく
「…十年以上、前だよな。身寄りが無くなったオレが初めて修道院に来たあの日―――
最初にまともに話したのが、あんただった…」
うなだれたままの蒼を見つめ、紅は言葉を続けた
「家族も家も無くなって、ひとりっきりで…修道院にも…誰も知り合いがいなくて…。
最初に会ったあんたは―――」
ふと、幼い日の面影が浮かぶ。あの日から十年…
片時も忘れた事など無い、自分に向けられた暖かい眼差し―――
「でも優しかったんだ。はじめのあの時だけ…。」
少し視線を落とし、地面を―――蒼の影を見つめる
「オレが誰かを知ってからは、手の平を返すように冷たくなったけど…。
それでも―――――」
ふと空を見上げる。赤黒い空は凶々しい邪気を孕み、大地を生きる全てを嘲笑うかのよう―――
西の空に沈み行く夕陽は二人の影を色濃く地面に焼き付けた
「それでもオレは、忘れたことはなかったよ……」
荒廃と供に訪れた黄昏―――間もなく黄昏も過ぎ去るだろう
…二人の兄弟とその影を宵闇に包んで。邪気にあてられた風が頬を撫で、世界の終焉を予感させる。
それでもゼシカはただ黙って二人を見つめる事しか出来なかった…。
(……いやッ!!)
瞳から涙がこぼれ落ちる。このまま彼が夕闇に溶けて消えてしまうような気がした
真っ直ぐ彼に駆け寄ろうとしたその時―――
ザッ
地面にひざまずいていた兄が立ち上がる。そしてゆっくりと弟の―――真横を通り過ぎる
自由の利かない四肢を引きずり、その胸に罪と言う名の枷を幾重にも縛り付けて―――
『…いつか…私を助けた…事……後悔…するぞ……』
「好きにすればいいさ。また何か仕出す気なら、何度だって止めてやる」
『………………』
返事は無い。ただ黙々と歩みを進める兄を、弟は瞳を閉じ背中で見つめる
ふと足音が途絶えた
背後の微かな気配に振り返る―――と小さな影が眼前に迫る
弟は反射的にそれを掴み取り……目を見開く
「!!―――これ…あんたの…聖堂騎士団の指輪か…?」
『…貴様にくれてやる。…もう私には無縁の物だ』
そう言うと一瞥もくれず兄は再び歩き出し、二度と立ち止まる事は無かった。
弟はその背中を見つめ、しかし引き止める事はしなかった。
ククールの傍らにゼシカが駆け寄る
「…ねえ、ククール―――」
心ここに有らず、といった表情がゼシカの不安を募らせた。
「ククール!!放っておいていいの!?…あんな酷い怪我してるのに…ねえってば!」
掌の内の指輪を強くにぎりしめ、ククールはただ一人兄の歩み去った方を―――
彼の視界から消え去るまで、目を逸らす事なく見つめ続けていた……
(終)
最終更新:2008年10月23日 04:21