小さな手-後編



また空回りしちまったな。
オレが手を引くまでもなく、ゼシカは実に軽やかに、ふわりと昇降機から舞い降りてくれた。
そりゃそうだよな。足場の悪い野山や迷宮を駆け回って、魔物と戦ってるんだ。この程度のところからなんて、一人で降りられるに決まってる。
だけど、それでも振り払わずにこの手をとってくれたことに、自分でも驚く程に救われたような気持ちになった。

この煉獄島に入れられたばかりの頃は、最低だった。
明らかに、オレとマルチェロとの確執に皆を巻き込んじまったからだ。
申し訳なさと不甲斐なさで、頭がおかしくなりそうだった。
何よりも腹が立ったのは、マルチェロの行為に少なからずショックを受けた自分に対してだ。
あいつがオレを嫌って憎んでるのは知ってたのに、どこかで甘く考えてた。
何だかんだ言ったって十年も同じ修道院で暮らしたっていうのに、寝首をかかれることなく生きてこられたってことに油断してた。
レオパルドを倒して、あいつが部屋に入ってきた時、オレは剣を鞘に収めてしまった。少なくとも、法皇様の命を守るって件では利害は一致してると思ってたからだ。そしてそれが命取りになった。
おまけにオレは弱気なことに、杖の回収よりも仲間の回復を優先させてしまった。マホトーンをかけられる前に、かろうじて放つことが出来たベホマラー。
感謝はされたさ。大きな傷を残した状態でこんな不衛生なところに入れられたら命の保証は出来ないからな。
でもオレはそんなことを考えたんじゃない。ためらったんだ、騎士団員たちに剣を向けることを。そしてその迷いが皆に伝染した。
こんなお人よし揃いの連中に、オレのかつての仲間を攻撃するなんて出来るわけない。オレが率先してやるべきだったんだ。
杖を封印するためならどんなことでもすると誓ったのに、オレは肝心な時に及び腰になった。あの場にいた人間、全員斬り殺してでも杖は回収しなきゃならなかったのに、出来なかった。本当に口先だけの自分がいやになった。


今回のことで、自分が相変わらず中途半端な人間のままだってことと、仲間の強さとありがたさが身に染みた。
特に、なるべくゼシカのそばを離れないようにしていてくれたエイトには感謝してる。
エイトだって残してきた姫様やトロデ王のことが心配で、いてもたってもいられなかっただろうに、不安な気持ちは全く感じさせずに、全員に目を配ってた。
オレが誰かを気遣えるのは自分に余裕がある時だけで、いざという時には自分のことで精一杯だっていうのに気づかされて情けなくなった。
ヤンガスは明晰とは言い難い頭でずっと脱出の算段を考えていて、一生ここから出られないかもしれないなんて、カケラも思ってないのがわかった。
あいつのそんな様子を見てると、こんなところでウジウジ悩んでる自分の方がアホに思えた。
そしてゼシカ。
女性の身でこんなところに入れられて辛かっただろうに、オレは何もしてやれなかった。
それどころか、ずっとオレのことを気にかけてくれていた。言葉を交わすことこそほとんど無かったけど、いつでも感じてた。心配そうに見つめてくる瞳を。そして今も、まっすぐに背を伸ばして、前だけを見ている。
引っ張ってもらってるのは、いつだってオレの方なんだよな。

さっきゼシカの手に触れた時、その手にあの日のマルチェロの手が重なって見えた。
初めて修道院でアイツに会った日、すぐに引っ込められてしまったけれど、確かに一度は差し伸べてくれた手だ。
・・・長い間、オレを支配し続けていた呪縛が解けた気がする。
オレはもう、誰かが手を差し出してくれるのを待ってる子供じゃない。こんな情けない手でも、信じて支えにしてくれる人がいる。そしてオレは、そのことでこんなにも救い上げられている。
そんな簡単なことにやっと気づくことが出来た。
随分回り道しちまった。本当にバカだよな。

思えばあの頃のマルチェロはまだ子供で、背丈も手の大きさも、今のゼシカと同じくらいだった。
でもアイツはその小さな手を、他者に差し伸べる側でいようとしていたんだと思う。
それに比べて、今でもオレは支えられる側にいる。
図体ばかりデカくなっても、あの頃から全く成長してないオレと比べたら、マルチェロの方がよっぽどまともな人間だったんだって気がついた。


ごめんな、兄貴。
あんたがオレを憎むのは逆恨みの筋違いだって、実はずっと思ってた。
あんたがオレを無視してたんじゃない。オレの方があんたを突き放して、無視し続けてきたんだ。
怖かったんだよ、憎しみをまともに受け止めることが。オレはそんなに強い人間じゃなかったから。
だけど修道院にいた頃は、あんた、そんなにひどい人間じゃなかったよな。少なくとも公正な人間ではあった気がする。それなのに修道院を追い出された後、あんたは会う度に歪んでいってた。
原因はわかってる。オディロ院長がいなくなってしまったからだ。
ドルマゲスが襲って来た夜、あれほど嫌ってたオレに一番大切な人を託そうとしてくれたのに、オレはそれに応えられなかった。
オレが憎まれる理由は充分だったんだ。

忘れたことは無かったよ。初めて会った時のあんたが優しかったこと。
そしてこの仲間と一緒にいられるのは、あの日あんたがオレを修道院から追い出してくれたからだってこともな。
だから、その借りは返す。
奪ってやるよ。今あんたが手に入れようとしてる全てを。それは破滅の力だ。決して許すわけにはいかないものだ。
オレのせいじゃないとは、もう言わない。ちゃんと自分の意志で奪う。
そして心置きなく憎めばいい、オレのことを。今度はちゃんと受け止めてやる。
ずっとそばで示し続けてくれた人がいるんだ。教えられてきた。どんなことでも逃げずにまっすぐ受け止めることを。
もうオレには差し伸べてくれる手は必要ない。
今のオレを支えてくれてるのは、オレが差し出した手をとってくれる人だから。

こんなこと言ったら嫌がるだろうけど、やっぱりオレたち兄弟だ。どうしようもない所がよく似てる。
守らせてくれる誰かが居てくれることで、初めて自分を支えられるダメな人間だ。
それを失ってしまったから、あんた、トチ狂っちまったんだよな。
そしてオレだけが巡り会えた。全てをかけても守りたいと思わせてくれる人に。
申し訳なく思ってる。オレだけがいつも全てを手に入れてきたこと。
だから、せめて約束するよ。・・・決してあんたを死なせはしないと。命だけは必ず、この手でつなぎ止めてみせることをな。

<終>






最終更新:2008年10月24日 03:04
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