暗黒魔城都市での戦いで一度死んでしまったククールさんは、ゼシカ嬢との共同作業のザオリクのおかげで、無事に生き返ることが出来ました。
だけどそのダメージは大きく、せっかくゼシカ嬢が抱き着いてきてくれたのに、それを支え切れず、彼女共々引っ繰り返ってしまいました。
死者蘇生呪文ザオリクを使ったゼシカ嬢も消耗が激しく、中々起き上がれません。
隣の部屋にはザオラルの使い過ぎでダウンしたエイト君と、一人だけ元気なヤンガス氏がいるのですが、彼らはククールさんとゼシカ嬢の二人きりの時間の邪魔をするほどの野暮ではありませんでした。
助けは期待できないので、二人は何とか自力で立ち上がって、ソファにたどり着きます。
「こりゃあ、すぐにラプソーンをぶちのめすってわけにはいかねえな」
ククールさんはいつになく、元気のない声で呟きました。
「・・・トロデ王が言うにはオレは完全に死んでたらしいな。・・・だけど、どうしてだかゼシカが何度も呼ぶ声だけは聞こえてきた。そうしたら『死にたくない』と思った。本当に心の底から・・・。そしてオレは戻ってこられた」
そう話す表情は、何か苦いものでも飲んだようでした。
「もしも他の時に、同じだけの真剣さがあったら・・・。誰か一人ぐらいは助けられてたかもしれないのに」
ククールさんは、一度限りの死者蘇生呪文を、自分のために使ってしまったことに引け目を感じてしまっているようです。
普段は軽口ばかり叩いていても、やる時は真面目にやってるククールさんだということは誰よりも理解しているゼシカ嬢。その姿が痛々しくて胸が締め付けられるようでした。
ククールさんの首に腕を回し、ギュッと抱き締めます。
「何言ってるのよ。助けてくれたじゃない、私のこと」
言った後で、気休めにすらなってないんじゃないかと不安になるゼシカ嬢でしたが、ククールさんにとって、それは一番嬉しい言葉でした。少し心が軽くなったようです。
「・・・そっか。それなら上出来かな」
ゼシカ嬢の身体に腕を回し、そっと抱き返しました。
静かな時間が流れます。
しかし、それが不運の始まりだったのです。
ククールさんが、何やら落ちつかなげな様子を見せ始めました。
「ゼシカ、そろそろ横になった方がいいぜ? 風邪ひくぞ」
ゼシカ嬢もククールさんも、薄手の部屋着姿です。時刻は真夜中。その状況でゼシカ嬢のようなダイナマイトバディの美女に密着されていたら、ククールさんのように健全な男子は不健全な気分になるのも無理ありません。
でもゼシカ嬢、全くわかってません。
「眠くないし、寒くないわよ」
「いや、そういう問題じゃなくてだな・・・」
ゼシカ嬢に遠回しに物を言っても時間の無駄だと判断したククールさん。はっきり言うことにしました。
「これ以上は理性を保つ自信がない」
怒られるのは覚悟の上でした。しかしゼシカ嬢、ククールさんが何だかんだ言っても紳士だと信じていました。後にそれは、かいかぶりだと知ることになるのですが・・・。
「・・・もうちょっと」
ククールさんの首に回す腕に更に力を込めます。
しっかりしているようで、ゼシカ嬢はお嬢様育ちの兄さんっ子。根底の部分が甘えっこなのです。
それにこうして触れ合っていないと、今この瞬間が夢ではないということに自信が持てず、不安だったのです。
「襲うぞ、コラ」
ククールさんが脅しても、平気な顔してます。
「でもククール、体、動かないのよね?」
見事な小悪魔ぶりです。
ちょっと頭にきたククールさん、ゼシカ嬢を抱く腕に力を込めます。
「そうか、動けるならいいってことだな」
その声の響きにゼシカ嬢、身の危険を感じました。慌てて離れようとしますが、ビクともしません。確かにククールさんも弱っていますが、自分も負けずに弱っていることを計算に入れていなかったのです。
「腕はそれなりに動くって気づいてたか? アツ~いキスで目を覚まさせてくれた礼だ。今夜は寝かさないからな」
「・・・っ。何で、そのことっ!」
ククールさんが全くキスの件に触れないので、知られていないと思っていたゼシカ嬢。慌てふためきます。
「トロデ王が見てたんだぜ? あのおっさんがそれを話さずにいられると思うか?」
ゼシカ嬢、その話をするトロデ王の嬉しそうな顔が目に浮かぶようでした。
「男を甘く見るなって、今まで何度も忠告してきたよな? どうやらお仕置きが必要みたいだな。・・・覚悟しろよ」
耳にかかる声と息に、ゼシカ嬢、身を竦ませました。
「ねえ、もうやめて。私が悪かったから・・・」
目に涙を浮かべ、苦しい息の下からゼシカ嬢は懇願します。しかしククールさん、全く聞き入れるつもりはありません。
「お願い、許してっ・・・。これ以上は頭がおかしくなっちゃう」
ゼシカ嬢、身を捩ってククールさんの腕から逃れようとしますが、身体に力が入りません。ククールさんの攻撃が再開されます。
「『ドニで遊ぶのはほどほどに』『海竜の舌が赤い理由』」
「もうやめてーっ! いたたた、おなか痛い。明日絶対、腹筋筋肉痛だわ」
ゼシカ嬢、目に涙を浮かべて大爆笑です。
もちろん、オディロ院長作の駄洒落がおかしいんじゃありません。
この頭がおかしくなりそうな程くだらない駄洒落を耳元で、まるで愛の言葉でも囁くように甘く低い声で並べ立てるククールさんがおかしくて、ツボにはまってしまったのです。
「『毒針を今度配ります』『バンダナをした彼の出番だな』・・・こんなつまらない駄洒落でよくそんなに笑えるな。オディロ院長が生きてたなら、喜んだだろうに」
そういうククールさん。オディロ院長が存命の頃、つまらない駄洒落でも笑ってあげようとしてはいたのですが、冷たい笑みにならないようにするので精一杯だったそうです。
「ち、違うわ。あんまりくだらなすぎて・・・。それにそれを真顔で言うククールが・・・ああ、もうダメ」
笑いすぎで苦しいゼシカ嬢ですが、これが夢じゃないことは確信できて気持ちは安らかでした。
こんなくだらない駄洒落。それを真顔で囁くククールさん。たとえ夢の中だろうと、ゼシカ嬢には到底考えつくことではないからです。紛れもない現実だとしか思えません。
天国からその様子を見ていたサーベルト兄さんとオディロ院長は深いため息を吐きます。
「ククールめ。私の駄洒落百連発をお仕置きと称するとは何事だ。・・・私の駄洒落は、そんなにくだらないかのう?」
「ゼシカときたら、せっかく夢の中まで訪ねていって大事なことを教えてやったのに、すっかり忘れて『ククール、ククール』って。まあ兄妹なんて、結局こんなものなのかも」
・・・えーっと。まあ、あれです。とりあえず今は、生きてる二人が楽しそうならそれでいいということで。・・・かなり強引だけど。
メデタシメデタシ。
最終更新:2008年10月24日 11:15