6-無題4




日曜の礼拝の後、サーベルト兄さんのお墓の掃除をして家に帰った私は、メイドさんたちにからかわれた。
ついさっきククールが、真っ赤な花束を抱えて訪ねてきたばかりだという。

やだもう、タイミングが悪いんだから。
お墓の周りにちょっと雑草が生えてて、それを素手で引っこ抜いて、手に着いた土をスカートに擦りつけたりなんかしたから、今はお世辞にも綺麗な格好とは言い難いのに。
……べ、別にいいんだけどね。
旅の間は、埃まみれ泥まみれの姿を散々見られてるんだし、そもそもククールの前に出るのに特別綺麗にする必要もないわ。

なのにメイドさんたちは、私が何かを言う前に掌とスカートの泥を落とし、髪の乱れまで直してくれる。
そして声を揃えて『お綺麗ですよ、お早くどうぞ』なんて言ってくれる。
何か勝手な想像されて、勝手に盛り上がられてるんだけど、ククールがこうして訪ねてきてくれるようになって、
あの調子でメイドさんたちに愛想を振り撒いてお近づきになろうとするから、私はその毒牙を何とか阻止しなきゃいけなくて。
そうするうちに、それまで上手く接することの出来てなかった彼女たちと、少し仲良くすることが出来るようになった。
「ありがとう」
なので、私は素直にお礼を言って、二階へ上がった。

なのに、私の目に飛び込んできたのは、恭しくお母さんに花束を差し出すククールと、嬉しそうな笑顔でそれを受け取るお母さんの姿だった。

……何よ、これ。

「ゼシカ、帰ってたの? だったらククールさんに挨拶くらいしなさい。いくら親しい仲とはいえ、礼儀を軽んじてはいけませんよ」
何よ。お母さんなんて初めはククールのこと、うさん臭そうに『あなた、からかわれてるか、騙されてるかしてるんじゃないの?』とか言ってたくせに。
今ではすっかり仲良しになっちゃって、花なんか貰って喜んだりして。

「お帰り、ゼシカ。……って、オレが言うのは変か」
何よ! ククールなんて最近は訪ねて来ても、お母さんとか使用人たちとばっかり仲良くして。
私のことなんて、ほったらかしじゃないの!

気が付いたら、格闘スキルを極めたスピードで一気に距離を詰めて、思いっきりククールをひっぱたいていた。
「あんたは女だったら誰でもいいわけ? よりによって、お母さんにまで!」

怒りたいのか、悲しいのか、一人だけ取り残された気がして寂しいのか。
とにかくこの場にはいたくなくて、私は家を飛び出した。


村の中を歩いているうちに、少しずつ頭が冷えてくる。
そうして考えてみると、いくら女好きのククールだって、軽い気持ちでお母さんを口説こうとする程の節操無しではないんじゃないかって思い当たる。
さっきだって浮ついた感じじゃなく、結構いい雰囲気だった。
ううん、さっきだけじゃないわ。
私といる時は、言葉も汚くて態度も悪いのに、お母さんの前ではすごく紳士的に振る舞ってる。
なんだかんだ言ったって貴族の出身だし、ちゃんとしてる時の立ち居振る舞いには品があるのよ。
お母さんも、そういう所が気に入ってるみたいだし。
それに、お母さんは娘の私から見ても美人だし、私よりもずっと女らしいし、胸の形も私より綺麗なんじゃないかって、思うことがある。

……もしかして、本気?

いつの間にか教会まで戻ってきていた私は、兄さんのお墓に訴えていた。
「兄さん! 私、ククールを『お義父さん』って呼ぶのだけは、絶対にイヤよ!!」


「当たり前だ、そんな呼び方されて、たまるか」
いつの間に追いかけてきてたのか、私が叩いた頬を撫でながら、ククールが後ろに立っていた。
「お前さあ、すぐに暴力に訴えるのだけは何とかしろよ。ゼシカに本気で殴られて首の骨折らずに済む人間って、多分世界中探しても五人もいねぇぞ」
わかってるわよ、自分が暗黒神と素手で殴り合えるくらいのバカ力になっちゃってるってことくらい。
でも、ククールが私を怒らせるようなことするから悪いんじゃない。
他の人が相手だったら、私だってこんな風に感情が抑えられなくなったりしないんだから!

「とりあえず弁明するとだな。マイエラ地方では、今日、五月の第二日曜ってのは『母の日』っていって、母親への感謝を表す日なんだ。一般的には赤いカーネーションを贈ることになってる」
「……私、そんな日があるって、初めて聞いた」
「らしいな、アローザさんも知らなかったし。考えてみれば、マイエラとリーザスとは海で隔てられてるんだし、文化や風習が違うってのは十分ありえたんだよな。それを計算に入れてたら、ヤキモチ妬きのゼシカに殴られずに済んだのに」
「私、ヤキモチなんて妬いてない!」
「おまけに意地っ張りときてる」
「決めつけないでよ!」

でも、それはそれとして、疑問に思わずにはいられないことがある。
「だけど、どうしてククールが、私のお母さんに『母の日』の贈り物なんてするのよ?」
「それは、近い将来、『お義母さん』って呼ばせてもらっていいかを訊くために」


………………………………。
「お母さん、何て言ってた?」
思いがけない言葉すぎて、ちょっとピントのズレた質問をしてしまう。
「う~~~ん、要約すると、『あんな短気で頑固で乱暴者の娘を、それを承知で欲しいと言ってくれる人は他にいないだろうから、よろしく頼む』って感じかな」
……お母さん、一体私のこと、何だと思ってるの?
「って、ちょっと待ってよ。どうして私の頭の上を素通りして、いきなり二人でそういう話をしちゃうわけ? 普通は、私に先にプロポーズとかしない?」
「誰がいつ素通りしたんだよ? オレが何度プロポーズしても、ゼシカは無視してんじゃねえか」
「私はプロポーズなんてされた覚え、一度も無いわよ。どっかの誰かと間違えてんじゃないの?」
「してるだろ、何度も。『毎日、朝起きて初めに見るのはゼシカの可愛い寝顔がいいな』とか、『オレの腕をゼシカ専用の枕にしないか?』とか、他にもいっぱい!」
ククールは真剣そのものの顔をしている。

…………バカ?
いや、うん、知ってたんだけどね、ククールがバカだってことは。
だけどちょっと、私が理解してたよりも更に深刻なバカだったみたい。
「悪いけどそれ、本気に受け取る人はいないわよ。むしろ本気に受け取ったら、ヒくと思う。良かったわ、私、冗談だと受け取っておいて」
今度はククール、ちょっと傷ついたようにスネた顔をする。
ああダメだわ。数分前まで本気で怒ってたはずなのに、どうしても怒りが長続きしない。
なんてズルい男。

「それでもね、私の気持ちを先に確認するべきだっていうのには変わりないわよ。今回のことは、ちょっと先走りすぎじゃないの?」
「だってゼシカ、オレのことは好きだろ?」

言葉が継げなかった。

「オレはこの通りの絶世の美男子だから、『外見の良さを鼻にかけた中身空っぽ男』って思われがちなのは気づいてたさ。
だから必死で紳士ぶって、少しでもゼシカの周りの人間に気に入られようとしたのに、その健気な男心も知らず、ヤキモチ妬きまくられて、結構辛かったんだぜ。
そろそろ素直に言ってくれよ、『ククールが好き』だって。『他の女にイイ顔しないで』って。一言言ってくれるだけで、オレはゼシカ一筋になれるのに」
何よ、これ。何で『オレは全部お見通し』って顔するのよ。
「あんたの……そういうとこがキライなのよ」
「じゃあ、他のとこは好きなんだ」
「そういう言い方もキライよ!」
「何だよ、オレはゼシカのヤキモチ妬きも、意地っ張りなところも全部好きなのに」
サラッと言われた言葉に、胸が鳴った。
「あー、だけど、すぐに手が出るところだけは、やっぱり何とかしてもらいたいかも……って、ゼシカ? どうしたんだよ、急に俯いて。人と話す時はちゃんと目を見て話せって、いつもゼシカが言ってんだろ」
だって……顔が上げられないんだもの。多分、私、真っ赤になってる。
身長差があって良かったわ。
おかげで下を見るだけで、そんな顔を隠すことが出来る。

「下向いてごまかしても、耳も首も真っ赤だぞ」
何よ! バレバレなの!?
「だから! そういうとこがキライだって言ってるの! 仕方ないじゃない、『好き』なんて言われたの初めてなんだから!」
「えっ……オレ、言ったこと無かったっけ?」
「ないわよ、一度も」
だからって、こんなに動揺しちゃう自分が情けない。
「そりゃあ……何ていうか、ゴメン、オレが悪かった」
「謝らなくていいわよ」
「これからはもっと、マメに言うようにする」
「いいわよ、無理しなくて」
「ゼシカにはストレートに言う方がいいんだってわかったから、もう一回やり直すよ。ちゃんと顔を上げて聞いてほしい」
いやよ、恥ずかしいもの。
「ゼシカ、頼むから」
何と言われようと、無理なものは無理。

「……しょうがねえなぁ、もう」
呆れたような声と同時に、膝の後ろに腕が回され、身体を持ち上げられた。
いつもと逆で、頭一つ下の所に、ククールの顔がある。

「ば……バカバカバカ! おろしてよ! おろしてってば!」
ポカポカと頭を叩いても、肩を掴んで引きはがそうとしても、ビクともしない。
「キスしてくれたら、おろす」
この男は、よくもこういうことを、ぬけぬけと。
「……じゃあ、動かないでね」
私は、ククールの両肩に手を置き、慎重に位置を確かめる。

そして、思いっきり頭突きをくらわせてやった。

「……っ、いってえ~~~~~っ」
アホなこと言ってくれたおかげで、少し冷静になれたわ。
「調子に乗るんじゃない!」
それでも腕が緩まないあたり、しぶといというべきか、落とさずにいてくれるのは紳士だと思うべきか。

「だって、真っ赤になって照れるゼシカは可愛すぎる」
ああ、もう、また。
そんなにアッサリと『可愛い』なんて言わないでほしい。
「好きだよ」
ダメ、身体中の力が抜けてしまう。
「オレのお嫁さんになって。『うん』って言ってくれるまで、おろさない」

ズルい、こんなの。
こんな綺麗な目で見つめられて、こんな優しい声で囁かれて、逆らえるわけないじゃないの。
「……うん」

ククールは優しいから、いつもは私に勝たせてくれるけど、いざという時には絶対に自分の思いどおりにしちゃう。
私はいつも、振り回されっぱなし。
だけど、それを不思議と心地よく感じる自分を否定できない。

ふと、いつもは私の頭の上にあるククールの額が、ちょっと赤くなってるのに気がつく。
「頭突き、痛かった?」
「そりゃ、まあ、普通に」
今は私の方が高い位置にいて、それで気が大きくなってしまったのか、普段は絶対に届かないその場所に、そっと唇を落とした。
「ごめんね」

「額より、ビンタされた頬の方が痛いんだけど」
ククールは、しれっとした顔で言う。
それは、頬にもキスしろってこと?
調子に乗るなと、また怒ってやりたかったけど、こういうアホな部分を外に出してくれてないと、きっと私はククールにドキドキしっぱなしで、身がもたないかもしれない。
ククールもそれがわかってるとしたら、負けっ放しみたいで、ちょっと悔しい。

なので、何とか一矢むくいてみたくて、頬にキスするフリをして、不意に唇にキスしてみた。
そしたらククールは、今まで見たことが無いような驚き顔で、目をパチクリさせる。
私は何だか、それがとっても気分良かった。











なのに、その夜、ククールに念入りに反撃されてしまい、『この方面でオレに勝とうなんて10年早い』と言われてしまった。
何とか3年くらいで勝てるようにならないかと、精進してみるつもりでいる。

       <終>









最終更新:2008年10月24日 18:20
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