6-無題5



正式に婚約し、婿入りしてくれることになったククールに、少しでも早く村での生活に慣れてもらうため、早速うちに住んでもらうことになった。
それで、ククールが借りている部屋を引き払うために、二人でドニの町を訪れた。
実際には気楽に世界中を旅していたククールの部屋は、連絡先として借りていただけのもので、私が手伝いに付いて来たのが完全に無意味なほど何も無く、
特別早朝から始めたという訳でもないのに、昼前には片付けも掃除も全て終わってしまった。

昼食も兼ねて酒場に挨拶をしにいくと、ククールの結婚話を聞き付けた人たちが集まり、まるで自分のことのように喜んで、祝福してくれた。
その中でも、酒場で働いている女性たちは、ちょっと悲しそうな寂しそうな表情を浮かべ、ほとんど全員が、別れ際に私にだけ聞こえるような小さな声でこう囁いた。
『ククールを、幸せにしてあげてね』と。

「ククールって、本当に好かれてたのね」
酒場を出た途端、思わずそう言ってしまった。
だって、部屋を片付けてる時間よりも、町の人達のお祝いの言葉を聞いてる時間の方が長かったくらいなんだもの。
なのにククールは、私の言った言葉の意味を、ちょっと曲解したみたい。
「そりゃあ、オレみたいな絶世の美男子が、モテないわけないだろう?」
……私、女性に限定して言ったわけじゃないのに。

それに女の人たちにしたって、顔だけで好いてた相手のことで『幸せにしてあげて』なんて言葉、絶対に言わないと思う。
旅の間だって、どんなに長い間離れてたって、彼女たちはククールを忘れたりしなかった。
この町に顔を出す度に、本当に嬉しそうに迎えてた。
そういう彼女たちの気持ちを考えもしないなんて、ちょっとひどいんじゃないかとも思う。

だけど、誰のせいでそうなったかを知ってるから、何も言えない。
何年も、たった一人の肉親に『顔とイカサマだけが取り柄』なんて言われ続けてたら、それが本当のことだと思い込んでしまっても、仕方ない気はする。
それに、もしそうじゃなかったら……。

「ククールがとびきりの美形で本当に良かったって、つくづく思うわ」
もしククールが並の容姿だったら、顔でモテるなんて勘違い出来ないから、とっくに他の誰かと結ばれちゃってたかもしれないもの。
「何? ようやくオレの美貌の価値に気が付いた?」
「バカ」
そういうセリフを、そんな寂しそうな、悲しそうな顔して言わないでよ。
「それ以上に、ククールが私の好みの顔じゃなくて、本当に良かったわ」
「おい、さっきと言ってること、矛盾しないか?」
「全然」
だって、もし私が一度でもククールの外見に靡く素振りを見せてたら、その後でどれだけ顔なんて関係なく好きなんだって言っても、信じてもらえなかったかもしれない。

ホントに罪作りな男だと思うわ。
こんなダメ人間なのに、それを補って余りあるほど良い所も一杯あるから、どうにも憎めないっていうのが、一番タチが悪いのよね。
この町の人たちだって、きっとククールがそういう人だから、ずっと気にかけてくれてるんだわ。

でもそうなると、私が特別、ククールを理解してるわけでも、支えになってるってわけでもないのよね。
たまたまタイミングが良かったっていうか、運が良かったっていうか、縁があっただけ。
「でもまあ、運も実力の内よね」
要はさっき言われたように、これから私がククールを幸せにしてあげればいいのよ。

「ゼシカさ~ん? オレ、全然話に付いていけてないんですけど?」
「ん? 要するに、ククールがヘタレで良かったって話よ」
根本的な所で自分に自信がないからこそ、ククールはこういう愛すべきおバカになれたんだものね。
「……なあゼシカ? オレのこと、本当に好きなんだよな?」
何よ、ついこの間は『オレのことは好きだろ?』なんて決めつけたような言い方したくせに。ちょっとしたことで、すぐ自信なくすんだから。
だけど、十年以上も気持ちを抑えつけられてきてこうなったんだから、私も同じくらい時間をかけて、自信を回復させてあげなきゃダメよね。
だから私は、最高級の笑顔で肯定してあげた。
「もちろんよ。だってほら、バカなコほど可愛いって言うじゃない!」

     終








最終更新:2008年10月24日 19:41
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