6-無題7


ぼくはまだ小さいから、わからないことや知らないこと、どうしてなのかなって事がたくさんある。
そんな時は、まず自分で考える。勉強して字だって読めるようになったから、本も読む。
それでもわからないときは、
「ねえ、父さま」
「ん?」

ぼくの父さまは、むかし勇者さまと一緒に旅をしたこともあるカッコいい人なんだ。
癒しの魔法だって父さまに教わった。
ぼくの知らないことをたくさんたくさん知ってる、スゴい人なんだ。
「…父さまは、なんで女神さまのおムコさんをやめたの?」
ぼくが、大きくなったら教会の神父さまみたいな人になりたい、って母さまに言ったら、教会にいる男の人はみんな女神さまのおムコさんなのよって、母さまが教えてくれた。
そして、父さまも昔はそうだったんだ、って。
父さまは、なんだそんなことか、と言うように頭をふった。
「だってなぁー、
 …女神さま相手じゃ…ヤレないからなあ」
「やれないって…?なあに?」
「あっ、いやいや…、女神さまは、上に乗っからしてくれないっていうか…、あっ、レティスは物理的には背中に乗せてくれたっけか、
 …いや、そうじゃなくてだな…」
父さま、なんだか困ってるみたい。ぼくが首をかしげていると、父さまがふっとまじめな顔になった。


「いいか。
 …女神さまは、いつもたくさんの人々をでっかい慈愛の心でお救いしてるんだよ」
「うん」
「世界中の人達を、平等に愛して見守ってるんだぞ。おムコさんになったからって、父さんだけを見てくれるわけじゃないだろ。
 …ぶっちゃけ、ライバル多すぎねえ?」
「…うん…」
「だから、父さんは自分だけの女神さまを見つけることにしたんだよ。それが、でっかい女神さまのおムコさんをやめた理由」
そうだったのかあ。
父さまのお話は時々難しくてわからないこともあるけど、きっと大切なことを言っているに違いないので、ぼくはしっかりと聞いた。
だけど…。
「だけど父さま、父さまだけの女神さまは見つかったの?」
「ああ、見つけたよ。
 …母さんさ」
「母さまが、父さまの女神さまなの?!」
ぼくはびっくりして、父さまの顔をじっと見た。父さまはやっぱりまじめな顔だ。


「ああそうさ。母さんは父さんが見つけた、たった一人の女神さまだよ。だから結婚したんだ。
 …いや、逆だな…。ゼシカを見つけたから、自分だけの女神さまになって欲しくて、でっかい女神さまのおムコさんをやめたんだな…」
父さまは一瞬だけ遠くを見るようなまなざしをしたけれど、すぐにまたぼくを見つめて、
「男には誰にでも、たった一人の女神さまがいるもんなのさ」
よくわからないけど、父さま、なんだかカッコいいや。
「それなら、ぼくの女神さまも母さまがいい!ぼくも母さまが大好きだもん!」
ぼくの母さまは、怒るとちょっとこわいけど、明るくてやさしくて、マグノリアの花みたいにきれいなんだ。
「そうだな」
父さまは微笑んで、ぼくの頭をやさしく撫でた。
「おまえはまだ子どもだから、今はそれもいいさ。
 …だけどな、マルチェロ」
ぼくは背筋を伸ばした。
父さまがまじめな顔でぼくの名前を呼ぶときは、特に大切な話のときだ。
「大人の男は、それじゃだめなんだ。大人になったら、自分で女神さまを探せ」


「大人になったら、母さまが女神さまじゃいけないの?」
「母さんは、もう父さんと結婚してるからだめなの」
「あー、そっかあ…」
少しだけしょんぼりしたぼくを見て、父さまがあわてて言葉をつないだ。
「大丈夫だよ!お前は子どもの頃のオレにそっくりなんだから、大きくなったら世界でも五本の指に入る美形になるぞ!
 昔の父さんみたいに女の子がたくさん集まってきて、よりどりみどりさ」
父さまはもうまじめな顔はやめてる。
いつも冗談を言うときのような笑顔を浮かべて、
「そうだ、トロデーンのエイティアなんてどうだ?お似合いだぞ」
エイティアはぼくの大好きな友達だ。お人形みたいに可愛いのにブーメランがすごく上手な、カッコいい女の子なんだ。
「だけどぼく、母さまのほうがずっと大好きだもん…」
「エイティアとうまくいけば、逆玉だぞ?」
その時。
「…ちょっと、あなた!?」
母さまが、腰に手をあててやってきた。
「また、マルチェロにくだらない事教えてるんでしょ!」
「あっ、いや、そんなことないぞ?」
そうだよ母さま、父さまの話はくだらなくなんてないよ。いつだって大切なことばかりだよ。


「オレはその、なんだ…、
 ただ、自分の中の信仰とどう向き合うかについて我が子に語り聞かせていただけさ」
「嘘ね!『女の子がよりどりみどり』だの『逆玉』がどうのって聞こえたわよ!」
そして、母さまはぼくににーっこりと笑いかけた。
「ねえマルチェロ、パパとなにを話してたの?ママに教えてくれない?」
「あのね。…母さまは、父さまのたった一人の女神さまなんだ、っていう話」
「なっ…!」
母さまの顔が、みるみる赤くなっていく。
「いやね、何言ってるのよもう…、
 ククールのバカ!バカ!」
母さまったら、いつもぼくに『人にバカって言っちゃいけませんよ』って言ってるのに、父さまにバカって言ってる…。
だけど、母さまはなんだかすごくうれしそうだ。なんでだろう、怒ってるみたいな口振りなのに。
なんでうれしいのに怒るのかな。
…そういえば、この前父さまが言ってた。
『世の中には、大人にならなきゃわからないこと、大人になってはじめてわかることもあるんだ』って。

いまの母さまが、ほんとうはすごくうれしそうなのに、まるで怒ってるみたいにふるまうこと。これがたぶん
『大人にならなきゃわからないこと』なんだろう。きっと。









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最終更新:2008年10月25日 03:24
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