6-無題8


0・サーベルト

私の名は、サーベルト=アルバート。
フルネームだとゴロが悪いというのは、自覚しているので触れないでほしい。

ドルマゲスに殺され、一時はリーザス像に預かっていただいていた私の魂の一部は、今は村の墓地の自分の墓の周りに留まっている。
この村には私とゼシカ以外に戦える者はなく、私が死に、ゼシカが敵討ちの旅に飛び出した後は、子供のポルクとマルクが村を見回るだけの、心許ない守りだった。
心配で、とても成仏など出来なかった。
そして、それよりも更に心配だったのは妹のゼシカのことだった。
母とはケンカばかり、同世代の友達もいなく、本当に心を許すのは私に対してだけ。
あのままでは、孤独な一生を送ることになってしまうかもしれないと思うと、どうして私の後ばかり付いてくるゼシカを、それではいけないと突き放しておかなかったのかと悔やまれた。

だが、私が余計な心配をするまでもなく、ゼシカは旅の間に友を得て成長し、母と言い争うことも少なくなり、メイドたちとも仲良くできるようになった。
そして何より喜ばしいことは、ゼシカが愛する人と無事に心を通わせ、つい先日、この村の教会で結婚式を挙げたことだ。

もう私がこの村に魂を留める必要は無いのだが。
まだ少し。ほんの少しだけ、ここで妹の幸せを見届けたいと思うのは、わがままなのだろうか。


1・ゼシカ

ゼシカは、必ず毎朝、切り立ての花を供えに来てくれる。
「おはよう、兄さん。今日は今年一番に咲いたバラを切ってきたのよ。綺麗でしょう?」
愛する人と結ばれて幸福に輝くゼシカの方こそ、咲き誇るバラのように生命力に満ちた美しさに溢れていた。
だが私としては、墓の前でその人間の妹とイチャイチャベタベタしたあげく、痴話喧嘩からプロポーズに突入するような男を、どうしてゼシカが選んだのかが正直不思議だった。
ゼシカにはもっと、誠実なタイプの方がふさわしいと思うのだが、残念ながら死人には口出しできない。

「おはようございます、ゼシカお嬢様。いつもお早いですね」
開店準備に行く途中の防具屋が、ゼシカに気づいてこちらにやってきた。
「おっと、こりゃあ失礼しました。お嬢様じゃなくて、若奥様でしたね」
防具屋の言葉にゼシカは頬を赤くする。
「やだもう、からかわないでよ!」
そしてそのまま防具屋の背を力一杯叩いた。
そう、暗黒神と素手で殴り合えるゼシカが、力一杯。
次の瞬間には防具屋は、数十メートル先の木にめり込んでいた。

「きゃああああああああぁぁぁ!!!!」
ゼシカが悲鳴を上げると同時に、ククール君がタイミング良く駆けつけてきた。
「どうした? ゼシカ!?」
「ク、ククール! 早く! 早く、ホイミとベホイミとベホマとザオラルとザオリクかけてー!!」
動揺して支離滅裂な事を言うゼシカに対して、ククール君は実に冷静に、変わり果てた姿になった防具屋を蘇生する。
「ったく、イヤな予感がして迎えに来てみれば、やっぱりやらかしてたか。だから、自分のバカ力を自覚しろっていつも言ってるのに」
「だってぇ~」

……やっぱり、ゼシカにはククール君じゃなきゃダメかもしれない。
いや、『ダメ』というより、『無理』と言った方が正確か?


2・アローザ

正午を少し回った頃、今度は母が花を持って現れた。

「この所、ゼシカの結婚や何やらで忙しかったから、ご無沙汰してしまったわね。だけどようやく一段落ついたわ。私もやっと肩の荷が下りて、ホッとしてるところよ」
ゼシカが旅に出ている間は、まるで元気を無くしてしまっていた母も、ゼシカが村に戻ってきてからは少しずつ気力を取り戻し、今ではすっかり元通りになったように見える。
この若さで死んでしまうなんて、最悪の親不孝をしてしまった身としても、ようやく肩の荷が下りた気分だ。
なのに母さんは、大きな溜め息を吐いている。

「ねえ、サーベルト? 私、昔からゼシカが貴方ベッタリなのをずっと心配してたのよ。このままじゃあこの子、誰とも結婚出来ないんじゃないかって。
だから、貴方とは全然タイプの違うククールさんを紹介された時、少し安心したの。ようやくこの子も兄離れ出来たのねって。でもね……」
そしてまた母さんは、大きく一つ溜め息を吐いた。
「ククールさんって、ずっと着たきり雀であんまりだったから、新しい服を作ってもらおうと仕立て屋を呼んで採寸したのよ。そしたらね」
更に大きな溜め息が一つ。
「全く同じだったのよ、あなたとサイズが……。背丈も、肩幅も腕周りも股下も。そう意識して見てみると、歩き方なんかもそっくりなのよ。
ゼシカって、ずっとサーベルトの後を付いて歩いてたじゃない? それでククールさんの後ろ姿に貴方の面影を見てるとしたら、まだ兄離れできてないんじゃないかと心配で」

……それは母さんの考えすぎだと思うけど……。
もし。もしそうだとしたら……ゼシカには自覚は無い分、問題じゃないか?


3・ククール

夕方、珍しくククール君が、その辺で適当に摘んだらしい花を墓前に供えに来てくれた。
だが、何も言葉は無い。空を仰いだり、振り返って村の様子を眺めたりしている。
だがやがて、ゆっくりと静かに話しだした。
「……いいトコだよな、この村は。ここにいると、空がすごく近く感じる。住んでる人たちも穏やかで、何て言うか、気持ちが伸びやかになってく気がするんだ」
こちらに顔を向けたククール君の目は、とても誠実なものだった。
「これからはオレが守るよ。ゼシカも、この村も……だから安心して……」

その続きを聞くことは出来なかった。
「あら? ククール?」
ゼシカがやってきたからだ。
「珍しいわね、ククールが兄さんのお墓参りだなんて」
「いや、たまには、男同士の話でもしようと思ってさ」
……母さん、ゼシカがククール君に私の面影を追ってるなんてことは、絶対に無いよ。
いつだってゼシカはククール君の背中なんて見ていない。こうしてまっすぐに目を見て話している。
だからこそ、彼の真摯な瞳に魅かれたんだろう。

死んでしまったことが、今更ながらに残念だ。
生きて彼と出会い、『ゼシカと結婚したかったら、私に勝ってからにしてもらおう』なんて頑固親父のマネ事もしてみたかった。
……まあ、ほぼ間違いなく、私が瞬殺されるだろうけど。
でもその後は、友人として、兄弟として、多くの時間を共有しながら、とても楽しく暮らせただろうに。

ゼシカもこの村も、私が見守る必要は無い。ククール君に任せて大丈夫だろう。
いつまでも、こうやって魂を現世に留めておくのも、そろそろ潮時だろうか?


4・バカップル改めバカ夫婦

「ってことは何? ゼシカはオレを迎えに来たわけじゃなくて、本日二度目の墓参りだったのか?」
「うん。だって今朝はあんなことがあったから、ゆっくり兄さんとお話しできなかったんだもの」
ん?
「ほ~。うちの可愛い若奥様は、新婚の夫よりも、兄貴の方が大事なのかよ」
「誰も、そんなこと言ってないでしょう!?」
ちょっと待て。なぜいきなり、痴話喧嘩が始まる雰囲気なんだ?
「だってそうだろ。毎朝毎朝、おはようのキスもそこそこに『兄さんにお花~』って。ブラコンもいい加減にしろ!」

……狭い……。
何て心の狭い男だ。死んでしまった兄に対して嫉妬なんてしなくても良いだろうに。
そして、ふと思い出す。
ククール君は元は僧侶で霊感が強いと、ゼシカが言っていたことを。
もしかして彼は、私の魂がこの世界に留まっていることに気づいているのか?
そしてさっきの『だから安心して……』の続きは『サッサと成仏しろ』だったりするのか?

「もう、バカね。ククールより兄さんが大事だなんて、そんなわけないじゃない」
「ゴメン。でもさ、ゼシカにはオレだけ見ててほしいから、ついヤいちまったんだ」
「ふふ。いつも私ばっかりヤいてるから、たまにはいいかもね」
二人はまた、わざわざ人の墓の前でケンカした後でイチャつき始めた。
そしてククールは私の方を見て、確かに一瞬、舌を出した。
間違いない……こいつ、わさとやってるんだ。
母さん、冗談じゃないよ! こんな男にオレが似ていてたまるもんか。

ククールに、ゼシカを任せて安心なんて大きな間違いだ。
オレはまだまだ、成仏なんてしないぞ!

   終










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最終更新:2008年10月26日 00:35
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