6-無題11

~ドニの酒場~

「で、ゼシカは?」
………ホラ来た。オレは内心で舌打ちした。
思ったより斬り込んでくるのが早かったな。そういえば最初から今日のエイトは珍しく機嫌が悪そうだった。
横でひたすら喰って飲んでたヤンガスも、おっという感じでさりげなくこちらの会話に耳を向けている。
「さぁ?ゼシカに用ならリーザス行った方が早いぜ」
「彼女に用じゃなくてククールに用があるからわざわざここまで来たんだろ」
「なんだよ、用って」
「だからゼシカは?って聞いてる」
エイトは手に持ったカップをドンと乱暴にテーブルに置いた。
「ゼシカのこと、ククールは、どうしたいんだよ?」
「なんだよいきなり野暮な質問だな。そんなのお前に話す義理はないね」
「大いにある」
どうやらいつもの適当な調子では交わせそうにない、エイトの怒りのオーラ。…なんだってんだよ。
「ククールがどんな考えや目的をもって旅をしてるのかは、わかってるつもりだよ。
 たまにリーザスに帰って、顔を見せてるのも知ってる。
 放置して音沙汰なし、なんてことになってないだけ、ククールにしては偉いと思うよ」
…オレをどんな男だと思ってんだよ…
「聞きたいのはそこから先。わかるよね? ぼくの言いたいこと」
「………そんなのこっちが聞きたいくらいだ」
ふて腐れたように酒に口をつける。途端、エイトの拳が脳天をどついた。
「いってぇな!!」
「甘えたこと言うな!いい加減はっきりしたらどうだよ、いつまでフラフラしてるつもりだよ!?」
「いいんだよ!いつ終わるかもわからない旅なんだって、最初にアイツにも話してあるんだから!!」
「そういう意味じゃない。いつまで彼女を”不安に”させたまんまなんだって言ってるんだ!!」
オレはグッと息を詰まらせた。
久々にマジ切れしたエイトに、ヤンガスがハラハラとこっちを見ている。

次第に、勝手に大きなため息がもれた。力が抜け、椅子の背に全身でもたれかかる。
そろそろ、気勢張るのに疲れてきた。

…彼女を不安にさせている。その自覚はある。わかってて、わかってないフリをしている。
だからってどうしようもないんだ。今すぐどうにかできる問題じゃない。中途半端なオレが、今
2人に関わる大事な決断を下しても、結局全て中途半端な結末になるのは目に見えてる。
お互いわかってた。だから2人で納得して、あの日オレはゼシカのそばを離れて旅に出たんだ。

「……なんでお前がそこまで必死なんだよ」
少し落ち着いたらしいエイトも肩を下ろし、見慣れた表情で眉をしかめた。
「………泣くんだよ」
「えっ…」
思わず身を乗り出すと、
「ゼシカじゃなくて。…………うちの、奥さんが」
意外な言葉にあっけにとられ、次の瞬間頬がピクリとひきつった。
ちょっと顔を赤らめるな、エイト。なんでいきなり惚気られてんだ、オレ。
「……ミーティアが………かわいそうだって言って、泣くんだ。ゼシカがかわいそうだって。
 あの2人仲がいいし、よく一緒にお茶したりしてるからゼシカも話すんだよ、色々と」
いろいろ?
「…旅立って…たまに前触れなく帰ってきて。2人で会って、話して、抱きしめて、キスして」
え、ちょ、そんなことまでしゃべってんのアイツ?
「次の日にはまた、どこへ行くとも言わず旅に出る。ずっとそれの繰り返しだって」
「そうなるって話はついてんの、ゼシカとは。今さらそれが不満だって言われても…」
「不満なんて言わないよ、ゼシカは。ただ不安なんだよ」
ふいに彼女の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「…………ゼシカも泣いてるよ、きっと」

オレを見送る時の、寂しげで儚い、あの笑顔が。


………バカみたいよね、今さらだわ。アイツも絶対言うでしょうね、今さらだって。だから言わないの。
不安、なのは、アイツじゃなくって。………私自身。

………私、ククールに大切にされてて、いいのかなって。アイツのこと、変な風に縛り付けてるんじゃ
ないかって。私はククールの側にいていいのかなって、最近すごく思うのよ…。

………………ちょっとずつ、ね。間隔が、空いてるんだ。…会いにきてくれる間隔が。
ほんの少しずつよ?だから…単なる偶然かもしれないんだけど。考えすぎかもって、思うんだけど。
そりゃ旅先で色んなことあるだろうし、きっちり定期的に会いにきてくれるなんて無理なのは
わかってるのよ?でも…もしかしてククールは、私に会うのが辛いのかしらって。
本当はもう振り切ってしまいたいのに、私がリーザスで、まるで”待ってる”みたいに彼を迎えるから、
アイツ、来ざるを得ないのかもって。…あの性格だから。放っておけないのよ。

……もうアイツに愛されてないのかな、って思った時、すごく辛かったの。死にそうになったわ。
その時ね、ものすごく強い欲求が私の中に生まれたのよ。

…………私、ククールに愛されたいって。すごくすごく、愛されたいって、思ったの。
そうしてね、気付いたことがあるの。

私は…今まで本当に何もわかってなかった。私は、本当に恵まれていた。今まで、こんなに
愛されたいと願ったことなんてなかったの。だっていつでも誰かが私を愛してくれていたし、
それは望まなくても手に入るものだったから。

随分前にね…どうして私のこと信じてくれないの、って聞いた時。アイツ、こう言ったのよ。
”信じられないのはオレ自身なんだ”って。私はその意味をわかってるつもりでいたけど、
それはつもりでしかなかったんだわ。今になってやっとわかったのよ。
…自分を信じられない意味。臆病になる理由。

こんな無知で鈍感な私を、ククールは本当に愛してくれていたのかしら。
ククールの苦しみや哀しみや孤独の深さをちっとも理解できていなかった私を、
彼は本当に大切に思ってくれていたのかしら。…信じられないのよ、全部。

愛されることを望むのが、こんなに怖いなんて。
愛されたいと願うことが、こんなに不安なんて。
私、知らなかった………。

旅立つ日ね。
リーザス村の入り口で、アイツ、「じゃ、行ってくる」とだけ言ったの。
私も「うん、気を付けてね」としか言わなかった。
………”待ってろ”なんて、一言も告げられてないのよ。
私はルーラを使えないし、キメラの翼も”ククールのいるところ”なんて言ったって、
連れて行ってはくれないし。

………私にできることって、ここで、リーザス村で、じっと彼が来るのをただ願うことだけなの。
もしかしたらもう鬱陶しいだけの存在の私に、それでも会いにきてくれるかしらって、
ただただ願って、祈ることだけなの。
………それを不安だって思うのは………わがままかなぁ。ねぇ、ミーティア姫…。

「………ミーティア、泣くんだ。”私のことを思って、ゼシカさんは気丈に振る舞われるんです。
 でも私にはわかる。彼女はきっと、誰も見てないところでたくさん泣いているんです”って」
エイトの非難のこもったまなざし。
「大切な人を曖昧な態度で縛り付けておいて、挙げ句愛されてないかもと不安にさせるなんて。
 いかにもプレイボーイ然としてはいるけど、ぼくは最低だと思う」

会いに行くのをためらっていたわけじゃない。間隔が空いてるなんて、意識したこともなかった。
………でも確かに以前みたいに、会いたい、って思ったら即ルーラで彼女の元へ行くということが
できなくなっていた。オレの中にもある色々な不安。ドロドロした感情。そういうものを、
彼女に悟られるのが怖かったからだ。今日はいいや。明日にしよう。そんな風に、逃げていた。
………そんなオレの考えがアイツに伝わらないわけなかったんだ。
彼女は賢い。ただ会いに来る頻度だけでオレの想いを疑ったわけじゃないだろう。
オレに愛されてないんじゃないかと不安に震える彼女が、かわいそうで愛しくて、胸が締め付けられた。

痛む心を押し隠すように、オレは半ば自棄になって言い返した。
「…あのなぁ。じゃあどうしろって言うんだよ、いつか必ず帰るからずっとここで待っててくれなんて
 そのいつかがわからないのに、そんな適当なこと言えるわけないだろ!?」
「言えばいいんでガスよ」
突然ヤンガスが場にそぐわないのんきな声で振り向いた。
「約束の一つも、すればいいんでガス。それで女は安心するもんでガスよ」
「そうだね」
エイトもにっこり笑って頷く。
「そんな大層な話がしたいんじゃないよ。今すぐ旅やめて腰落ち着けろなんて言うつもりもない。
 ただ、安心させてあげてほしいんだよ。約束、なんでもいいよ。ククールお得意の誓いでもいい。
 ちゃんと気持ちを伝えて、見えないけどちゃんと約束で繋がってるんだって、言ってあげて」
「…………オイ、あのな、いきなりそんな…」
頭が混乱してきた。ちょっと待て、どうしろって言うんだ。
というかなんでこのオレがエイトどころかヤンガスにまで女の扱い方をレクチャーされてるのか。

「なんだよ、ククールともあろう者が約束の一つや二つ。そもそもキミ、彼女と出会った瞬間から
 強引な約束してたじゃないか」
「そうでガス。ごちゃごちゃ考えずドーンとかましてこいでゲス!」
「待て待て待て!勝手に話を進めるな!大体だな、オレはオレなりにちゃんと」
「…そろそろ限界かもしれないでゲスねぇ…」
またも突然、ヤンガスが遠い目で呟いた。
「…何がだよ」
「…うちのゲルダでガス。”女を不安にさせて泣かして知らん顔なんざ、男の風上にもおけねぇ、
 今度会ったらはかいのてっきゅうでぶっ潰してやる!!!!”…って息巻いてたもんで」
………………あの女盗賊が憤怒の表情で地面を踏みならしているところが容易に想像できた。
つーか………………………………おい、今、”うちの”ゲルダ、っつった?

「今から行っといでよククール。今ならまだゼシカ起きてるだろ?」
「………何を言やいいんだよ…」
「思ったままでいいんじゃない?これだけはゼシカに誓える、約束できるってこと」
そう言われて、すぐに浮かんだ言葉は確かにある。だがそれを言ったところで、何か変わるだろうか?
オレの想いすら、疑心暗鬼に陥って疑ってしまっている彼女を。そんなありきたりな一言で、
何もかも解決できるものだろうか。まず謝って、それから…




…………脅えてるのか、オレは。また、信じられないでいるのか、ゼシカにこんなにも愛されている
オレ自身を、信じられないなんて、なんて贅沢者なんだ、お前は。

ふいに頭の中に張りつめていたものが途切れて、オレはふっと笑った。
もういい。今はただ会って、その涙を拭ってやりたい。

立ち上がりマントを翻すと、いつも通りのヨユーの笑みを浮かべてエイトとヤンガスを振り返る。
「ちょっと行って、マイハニーの不安を溶かしてくる。悪いが今夜は戻らないから、勘定頼んだぜ」
支度をするオレの背中に、エイトがゆっくりと声をかけた。
「…あのね、ククール。ゼシカは、待てと言われればいつまででも待てる人だよ。それが必要なことならね。
 でも、必要がないと判断したら自分から飛び出すことのできる、強くて賢い人だ。それはキミが
 一番よくわかってるだろ。だから彼女を縛るかもしれないなんて、悩むことはないよ。
 ていうかそれって単なる自惚れ屋さん。約束なんて、ちょっとした心の支えでいいんだから」
さっすが兄貴でゲス、と騒ぐヤンガスの声を背中に聞きながら、オレはルーラで彼女の元へと飛んだ。

本当はなんて言おうか、まだ迷っている。
でもきっと、愛しいあの顔を見れば、本当に伝えたいことは自然に口から出てくるはずだ。








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最終更新:2008年10月26日 03:28
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