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姑息なモンスターとの戦闘で、命に関わりはしないものの身体中ケガだらけ。
打撲に擦り傷切り傷打ち身、ククールはベッドの背にもたれて足を投げ出し、あ~う~と唸った。
「いてぇよもう最悪チクショー」
「情けないわね、子供でも我慢するような傷じゃないの。少し辛抱しなさい」
ベッドの縁に腰掛け、ぴしゃりと言い放ったゼシカ嬢の身体にケガは見当たらない。
強くはないのになかなか死なない、しかも運悪くつうこんのいちげきを喰らったゼシカが
やられてしまった。雑魚と侮ったのが悪かった。なんだかんだと魔法や道具を
使っていたら、ようやく倒せた時には全員のMPと回復道具はほぼ底をついていたのだ。
まず上やくそうは資金繰りのために大量売りした直後で、元手のやくそうも見当たらない。
ククールは真っ先に、残り少ないMPでゼシカにザオリクを使ったのだが、ストップ!という
エイトの声に振り向いた時には、すでにゼシカは生き返っていた。これでククールの回復呪文は
使えなくなった。エイトはすでに自分とヤンガスに回復呪文を唱えたあとで、
ヤンガスはさらにエイトを全快にするため最後のホイミを使ってしまったあとだった。
残されたのは、一人、全身ケガだらけのククール。
「こういうセコい傷が一番痛ぇんだよ」
「すぐ近くに教会が見つかってよかったじゃない。一晩眠れば治るわ。泣き言言わないの」
ククールの擦り傷のために、まほうのせいすいを使うとかどこかでやくそうを買うなどの案は、
常に金に余裕のないこのパーティでは、さほど議論もされずにすぐ却下。
運良く見つかった教会にも、HPに問題のない者まで泊まるのは宿泊代の無駄だということで、
ククールだけが一人寂しく残され、あとのメンバーはゴールド&レベル稼ぎにいそしむことになった。
ゼシカが桶の水にタオルをひたし、それをギュッとしぼる。
「…私にザオリク使うからよ」
「仕方ねぇだろ、条件反射で使っちまったんだから」
「………上着、脱いで」
少々複雑な面もちで、ゼシカはククールの詰め襟を示す。ククールはふてくされて言った。
「腕動かすのも痛え。脱がして」
「…帰るわよ」
「…わかったよ」
赤い制服を脱いでシャツのボタンをいくつか開けると、あとはゼシカに任せるように息をついて背後に凭れた。
「フェミニストなのもけっこうだけど、もう少しあとさき考えて行動しなさいよね」
「あとさき考えてたら蘇生間に合わなかったかもしれねぇだろ」
「だったらそれ以前に、蘇生魔法を使うような事態にならないよう気を付ければいいでしょ」
「あーすいませんでした。思った以上にゼシカが打たれ弱かったもんで」
「失礼ね!護る護るって、口先だけのあなたに言われる筋合いないわよ!」
「かわいくねぇなぁ、素直にありがとうとか言えねぇわけ?このわがままお嬢さ…イテェッ!!」
いちばん大きな胸の傷にゼシカのタオルの冷たい水がしみ、ククールは咄嗟に声を上げた。
「大げさ!まだ薬も塗ってないわよ、ただの水よ」
「だーから、こういうのが一番いてぇんだって… ッッ!!いてぇ!!」
ククールはたまりかねて自分の胸元にあるゼシカの手首をとった。
「やめろマジで!」
「傷口ふいてるだけでしょ!?少しぐらい我慢しなさい!」
「いいって!舐めときゃ治るって!」
「信じらんない…どっちが打たれ弱いのよ!?」
ゼシカは身を乗り出し、他の傷口にもタオルを当てようとするが、もうククールは少しでも
タオルが傷に触れるだけで、痛いやめろと暴れてどうしようもない。しばらくベッドの上で攻防したあと、
すでに彼に馬乗りになったゼシカは、心底呆れた顔ではーーーーっと大きなため息をついた。
「…どこだったら痛くないの?」
「………ここ」
指さした場所は、シャツをまくりあげた肘。
ゼシカがそこにタオルを当てようとすると、ククールがそれを制して言った。
「ゼシカが優しくしてくれたら痛くない」
「…どうしろっていうのよ」
「さっきも言っただろ?こーいうのは舐めときゃ治るの」
首を傾げたゼシカが、その催促の意味に気付くと同時に頬を赤らめた。ククールの笑みには
余裕さえ浮かんでいて悪ガキのように子憎たらしい。しばらく躊躇していたゼシカは、
思い切って顔を上げると彼のかかげた肘に小さく口づけた。
「………他は?」
「ん~、………ここ」
もう片方の肘。
「あとは?」
「ここ」
鎖骨。
「…あとは?」
「ここも」
ゼシカは歯を食いしばって恥ずかしさを耐えると、示された首筋におそるおそるキスをする。
至近距離で見つめ合い、ゼシカは真っ赤な顔で困ったような表情をしながら尋ねた。
「…もう、ない?」
「ここも、かな」
おでこを指されると、いい加減あきらめがついたのか、ゼシカはもうッ!と文句をいいつつ
わざとチュッと音を立ててそこに口づけた。
「ここも」
ククールがそう言い終わらない間に、頬にキス。
これで終了、とばかりに、「まったくもう…」と言いながら離れようとしたゼシカの顔を、
離れないうちに素早く下から両手ではさんで捕まえたククールは、魅惑のまなざしをゼシカに向けた。
「………ここも………」
彼女の可憐な口唇をゆっくりと導く先は、己の口唇。
かすかに戸惑う気配を見せたゼシカに隙を与えず、捕まえた手に力をこめる。
2人が同時に目を閉じた瞬間ーーー
「ゼシカー!ゴールド&レベル稼ぎにそろそろ行くよー!ククールは一泊させたら
どうせ回復するんだから、傷の手当てなんてしないでほっといていいよー!!」
「「!!!!!」」
「そっ、そうよね!ごめんなさいすぐ行くわ!!」
「こらゼシカ待て!!」
文字通り夢から醒めたゼシカはすぐさまベッドから飛び降りると、あたふたと扉の前まで走った。
ノブを握ってから気まずそうに振り返ると、案の定これ以上ないくらい不機嫌な、困った男のスネたまなざし。
ゼシカは、謝るのもおかしいし、かと言って怒ることもできず、まるで抗議のように小さな声で呟いた。
「………甘えんぼ」
最終更新:2008年10月27日 04:20