ゼシカとケンカした。
原因?なんだっけ?とにかくまぁいつも通りくだんねぇことだ。気付いたら魔法を乱発した
ゼシカのおかげで、部屋の中は台風でも通り過ぎたあとのような惨状になっていた。
「…………今日はもう、勘弁しないよ?」
にこやかなのに背筋が凍るような声に我に帰ったオレ達が振り向くと、
笑顔に青筋を浮かべたエイトが、チャリ、と鍵を掲げて見せた。
「開かねぇっ!!アイツマジで閉じ込めやがった!!」
扉を壊したりしたらどうなるかわかってるよね…?と言ったエイトの顔は忘れない。
オレはひとしきりガチャガチャとノブと格闘していたが、やがて頭をかきながらため息をついた。
「ご丁寧に窓のない部屋まで用意しやがって…こりゃ大人しくしてるしかねぇみたいだな」
「誰か、大きな声出したら来てくれるでしょう?」
胸の前にこぶしをギュッと握って不安いっぱいに声かけてくるのは、
ついさっきまで呪われてた時よりおっかねぇ顔で、オレとケンカしてたゼシカ。
「何があっても開けないでくださいってぐらい言ってあるだろ、エイトなら。
一晩頭を冷やせって言ってたから、まぁ明日の朝には出してくれんだろうけど…」
「あ…っ!?!?あし……って、そ、そんなの困るわ!」
「困るったって仕方ねぇじゃん。そもそも悪いのはオ・レ・ら」
そう言って少し意地悪げに、ん?とのぞきこむと、言い返せないゼシカがかわいくてニヤけてしまう。
まったく、オレ達も懲りねぇよな。まぁオレは彼女の怒る顔が見たくてけしかけてるわけだから
確信犯なんだが。しかし、そろそろエイトの機嫌がまずいかな、と思ってた矢先にコレだ。
「…ホント、あーいうタイプは切れさすと怖いんだよな~…」
ブツブツ言いながら一つしかないベッドにバフッと腰をおろす。
ふと目をやると、ゼシカは部屋のすみっこで、両手を身体の後ろに回して所在なさげに壁にもたれている。
「こっち座れば?」
なんてこともなくそう言ったら、途端にゼシカは思いもよらない激しさでブンブンと首を横に振った。
…なんか、雰囲気が変だ。
オレの方をわざと見ない。
よく見ると頬がかすかに赤い。
「……………………」
「……………………」
………オイオイ。
やめてくれよ変に意識すんなって…
なんかいたたまれなくなって、オレは心中で腹の底からのでかいでかいため息をはいた。
「…………ゼシカ」
名前を呼んだだけであからさまに身体をビクつかせる。あーもう…
「なんでこっち来ないの?」
試しに聞いてみると、彼女はハッとして顔を上げオレと何秒間か見つめ合ったのち、
顔を真っ赤にしてまたすぐ顔をうつむかせてしまった。そしてしばらくしてから
「…………………………………………だって……………。」
蚊の鳴くような声で、そう漏らした。
六畳一間、とでもいうのか?ベッド一つとテーブルだけでいっぱいになっちまうような狭い部屋だ。
オレとゼシカの距離なんか、ほんの数メートル。立ち上がり、2,3歩歩くだけで
オレは簡単にゼシカを捕まえられる。
わかってる。ゼシカが意識してるのはそういうことだ。
あぁ…やめてくれ。オレまでなんかもうさ…ああぁぁあ
いくら2人きりの密室だろうと、絶対邪魔の入らない環境だろうと、こんなイレギュラーな状況で
手ぇ出したりしねぇよ!!何のために今まで我慢の我慢のさらに我慢を重ねてきたと思ってんだ。
女の子には挨拶代わりにキスしてた こ の オ レ が ッ
来るモノ拒まず去るモノ追わずだった こ の オ レ が ッ
未だにキスの一つもしねぇで(できねぇで)、ゼシカの来訪に喜び、去りゆくゼシカを追いかけ、
振り向いてくれる笑顔だけで今は充分だと、あらゆる欲望を抑え込んでここまでキタっつーのに!!
………イヤ、まぁね。オレだってこの状況にまったくの平静でいるわけじゃないぜ?
かわいくてかわいくてたまんねぇ好きな女と密室に閉じ込められて、下世話な考えがカケラも
浮かばないほど、オレは聖人君子でもねぇし性欲が希薄でもねぇ。れっきとした健康な
成人男子であるからして、その気になればスイッチひとつでいつでも臨戦態勢だ。
…でも。
オレ達の間に「もしかしてそういう関係になってもいい?」的な雰囲気が流れ出してから今まで、
健全男子としてはけっこうキツい期間、彼女に何もしないでこれたのは。
オレは片手で顔を覆いながら、がっくりと肩を落とした。
「…そんなにオレ、信用されてない?」
「え…っ?え、そ、そんなこと…っ」
否定する語尾が消えていくのに、今度こそため息がもれる。あーあ…オレ、かっこわりぃ。
「ククールだからとかそんなのじゃなくって、その、………じょ、条件反射っていうか」
条件反射で拒まれるオレって一体…
「だって、警戒して当たり前でしょ?お、男の人と部屋に…2人っきりなんて…」
「ここにいるのがオレじゃなくてエイトとかヤンガスだったとしても?」
「…………………」
オーイ真剣に考え込むなよ。
「未だにお前にとって、オレってケーハク男のままなんだな」
「!違うわよ!!」
「そう思ってても、心の奥ではオレに対する不信感が残ってるから、そーいう態度とるんだろ?」
「違うったら!どうしてそんな風に言うのよ…」
ゼシカはすぐに泣きそうな顔になって、スカートをぎゅっと握りしめた。
しまった…ショックでイラついて言わなくていいこと言っちまった。
「…ごめん」
すぐに抱きしめてやりたいのに、指先すら触れられないこの距離がもどかしい。
自分を落ち着かせるために、ふぅ、と一息ついてからゆっくりと口を開く。
「………確かにオレは軽薄だし最低だし、今までしてきたことが褒められたもんじゃないのは
わかってる。でも、………オレ、ゼシカは。ゼシカにだけはさ」
そこまで言って、伝えたいことがまとまらずに髪の毛をくしゃくしゃにして、
「………なんつーか、すんげぇ大切にしてきたつもり。手ぇ出すとか出さないとかそーいうの
だけじゃなくて、そういうのも含めてだけど、ほんとに、大切にしたいと思ってここまできた」
「ククール…」
「だからさ…伝わってねぇんだなぁと思って、勝手にショック受けただけ。わりぃ」
あぁ、本格的にかっこわるいなオレ。ゼシカの前だとなんでこうかな。
まぁいいや、伝えたいことはちゃんと伝えたし。
これでゼシカが少しでもオレの想いを感じとってくれればそれでいい。
沈黙が続きすぎて、さすがに耐えられなくなったので何か言おうとしたら。
「…………………伝わってるよ」
え?
「ちゃんと伝わってるよ、ククールはわたしのこと、ちゃんと想ってくれてるって。
ククールの、そういう…優しいところ。真面目なところ。誠実なところ。本当は不器用なところ。
そういうところ………」
顔を上げて、ゼシカは微笑んだ。
「好きよ」
強烈すぎる不意打ちに、思わずグラリ、と身体の軸がかたむく。
「………ごめんね、避けたのはククールのこと信用してないからじゃないの。そうじゃなくて…
は、恥ずかしい、のよ。ククールだから…。ククールじゃなかったらわたし、こんなに…
……………ドキドキしてないわ」
頭のネジがいっぺんに吹っ飛びそうなオレに気付かず、ゼシカは顔を真っ赤に染めて
そんなダメ押しまで言ってくれた。
オレのこと好きだから、だから意識しちゃうのって?今のそういう意味だよな?
まいった…マジで。ほんっとーーに、ゼシカには適わない…
「やっぱり…こんなに近くにいるのに、さわれないなんて寂しいね。…そこ、座ってもいい?」
さらにトドメとばかりに彼女がそんなことをいうから、オレは苦笑しながら頷くしかなくて。
照れた笑みを浮かべながらゆっくりと歩いてきたゼシカは、静かにオレの隣に腰掛けた。
手の平が重なる。
見つめてくる視線が熱っぽい。オレの視線はさぞかし余裕のないものだろう。
ダメだっつーのに、勝手に手が動いて彼女の薔薇色の頬を両手ではさみこむ。
なんの言葉もなかった。ごくごく自然に、オレとゼシカははじめてのキスをしていた。
ただ触れ合っただけの口づけに、めまいがするような感覚を憶えてクラクラする。
「あ゛~~~………。…………ヤバい」
「…なにが?」
「さっき言ったこと、いきなり撤回していい?」
「大切にしてるってこと?」
「そこは変わんねぇんだけど…。大切、にも、色々あるってことで」
そのままゼシカを抱きしめると、腕の中でかわいらしくクスクスと笑う。
「…いいよ。ククールのこと、信じてるから」
その言葉にオレは今度こそ、もうダメだ、と思った。理性と矜持と意地が、音を立てて壊れていった。
2度目のキスをしながら、聞こえてきたのは上目遣いの小さなお願い。
「………大切に、してね」
ほんっっっとーーーに、ゼシカには適わない。
これって結局エイトの思惑通りなのか?と気づいたが、すぐにそんなことどうでもよくなった。
最終更新:2008年10月27日 04:25