背中

4人で暇つぶしに始めたポーカーは、ククールの全戦連勝。すでに夜も深い。エイトとヤンガスは
もう寝ると言って部屋に引き上げてしまった。残ったのは、負けず嫌いのお嬢様と煩悩まみれの僧侶。

「…ゼシカ、お誘いは嬉しいけどオレも正直眠い」
「ダメよ、あと一回!あと一回だけつきあいなさい!さっきはいいところまでいったもの、次はいけるわ」
辟易していたククールの顔に、ふいに浮かぶ悪巧みのほほえみ。
「…いいぜ、じゃああと一回だけ。そのかわり、次でゼシカが勝てなかったら、罰ゲームな」
一瞬きょとんとしたゼシカの顔がわずかに赤らみ、キツくククールをにらみつける。
「…………イヤらしいこと考えてるなら燃やすわよ」
「バカだな、紳士は女性の弱味につけこんで手を出すなんて真似しねぇの。単純にその方が楽しいだろ?
 罰は…そうだな。じゃあ、”指文字当て”で」
「なに、それ?」
「手の平とか、…背中とか?見えないところに指で文字書いて、なんて書いてるか当てるのさ」
「ふぅん。………別にいいけど、そんなのが罰ゲームになるの?」
「やってみりゃよくわかる」
「で、なんでククールがそんなに嬉しそうなのよ」
「やってみりゃ、よーくわかるよ」
怪訝そうなゼシカに、こみあげる笑いをおさえつつ、ククールはサラリとそう言った。


ククールはソファに腰掛け、長い足を組んで上半身だけを横に向けた。
そこには、ククールに背中を向けてソファの上に乗っているゼシカ。
準備は万端。そう、もちろん最後の勝負に勝ったのはククールだった。イカサマしたかどうかは
このさいどうでもいい。目の前には、最高にいい女の剥き出しの背中が無防備にさらけ出されている。
その肌を目を細めて眺めていると、沈黙に耐えかねたのかゼシカがこちらを小さく振り返った。
怒ったような困ったような表情で、無言でククールを見ている。
この状況で、そんな目で、男を見ない方がいいぜ、お嬢さん。内心で苦笑しながら、
ククールは左手の手袋を口でくわえて、わざとゆっくりと外していく。ゼシカはそれをじっと見ている。
「……じゃ、やるぜ?ゼシカ」
「…………もったいつけてないで早くしなさいよ」
明らかに不安を帯びた声音とは裏腹な強気なお誘いに、ククールは小さく吹き出す。
身を乗り出したククールを見てゼシカは慌てて前に向き直ると、無意識に全身を思い切り強張らせた。

はじめは大胆にではなく、羽根のようにそっと指を辿らせる。
きめ細やかですべらかな肌。日に晒されながらも白く美しい背中。なんの警戒心もなく目の前に
差し出されている、そのうなじや、華奢な肩に、ツインテールの後れ毛。
いつも自分の目の前にありながら、触れたことなどほとんどなかった。
文字なんか書いちゃいない。時折ピクリと反応する背中を愛おしく思いながら、その感触を確かめる。


「………わかった?」
「………わかんない」
深夜の部屋に、男と女が2人きり。聞こえるのはもう何度繰り返されたかわからない囁くような問答と、
小さな息づかいだけ。お互い口にはしないものの、明らかに昼間の自分達とは違う濃密な空気に、
ゼシカは戸惑い、ククールは酔っていた。
姿勢を正して座っていられなくて、ゼシカはいつのまにか少しだけ前のめりになり、
手許のクッションをギュッと握っている。背中がくすぐったくて、熱い。ククールの長い指が
自分の背中を這い回っていると思うと、気持ち悪い…のに。気持ち悪いだけじゃない気が、する…。
ゼシカは意を決して声をあげた。
「く、ククール。………もう、やめましょ」
「……なんで?ゼシカまだ当ててないじゃん」
「だ、だからって。こんなのキリがないわ。罰ゲームだっていうなら、他のものにしていいから…
 ………これ以上、これは、続けたくない」
「………………………ふぅん」
不満気なククールの呟きにゼシカが背中を向けたまま硬直していると、離れていたククールの指が
再び背中に触れてビクッとしてしまう。指先だけじゃない、手の平全体で触れている。
「じゃあ…………。…………今から書くの、全身全霊で、感じて、当てて」
「え…?」
指が、ことさらにゆっくりとゼシカの背中をすべった。しっかりと意味をもつ言葉をつづりながら。
ゼシカは目を見開いた。ククールは、書き終わると無言のまま返答を待っている。
ゼシカの顔が赤いような気がするのは気のせいだろうか?耳も、背中も、ほんのりと染まっている。
「……………………………………………………わかんない」
長い沈黙の末に、ゼシカはそう答えた。
それを聞いたククールは、心底楽しそうにクックッと笑いながら指を離した。
ゼシカは顔どころか全身を赤く染めてうつむいている。
2人の特別な夜もお開きに近づき、ゼシカがようやく肩の力を抜いてため息をついた時。
「…………!!!!!」
最後の戯れとばかりにゼシカの背中に口づけを落としたククールが、背後で囁いた。
「………今のは、わかる?」
「………………………ッッ、~~~~~バカッッッッ!!!!!!!」







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最終更新:2008年11月03日 03:20
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