「ゼシカぁ」
草原の中の、大きな大木に背中をあずけて座っていたゼシカは、耳慣れた声に顔を上げた。
少し離れたところからサクサクと草を踏み分けて歩いてくるのは、確かめるまでもなく赤い不良僧侶。
やがて彼はゼシカの傍までやってくると、隣にドサリと音を立てて腰をおろした。
「なぁ、ひざ貸して」
「はぁ?」
思いっ切り怪訝な顔。ククールは眠いのか目をしばたかせながら、ひざ、と顎で示してみせる。
「…あのねぇ、今私が何してるのかわかってる?」
ゼシカのひざには、スカートとは異なる赤い布が広げられていた。そしてその手には針と糸。
「…オレのマント」
「そうよ。いいかげんほつれがひどいから直してるんじゃないの」
言いながらかがり縫いをしていくゼシカの指をしばらくぼーっと見ていたククールだが、
ふいに目が覚めたのかニンマリと笑った。
「ゼシカも縫い物とかできるんだな」
「そりゃあ一応、一通りはね」
「料理はアレなのになぁ」
「うるさいわねッ!誰にでも不得意なものくらいあるでしょ!!」
そりゃそうだけど、アレを不得意の一言で片づけてしまっていいものなのか。
ククールは楽しそうにクックッと笑っている。
「なによッ もう直してあげないわよ!?」
「それだってなぁ、誰かさんのメラだのメラミだのにやられた分がけっこあると思うんだけどなぁ」
「自 業 自 得 よ!バカ」
ほのかに頬を染めてそっぽを向くゼシカに、ククールは笑いを抑えきれない。
ククールは、ゼシカがもたれている木の幹に、彼女に寄り添うようにして自分も背中をもたせかけた。
かなり高い位置から、彼女の意外に手際の良い指の動きと、必然的に視界に入る魅惑の谷間を
眺めて楽しむ。彼女の肩にわざと少し体重をかけてみるが、抗議の声は聞こえてこなかった。
うーん、とククールは小さく唸った。この状況に不足はないが、本来の目的はやはり諦めきれない。
触れ合っている身体を、軽く揺すってみる。
「なー、ひざ貸してって」
「まだ言ってるの?自分の腕でも枕にして寝てなさいよ」
「男のゴツい腕でなんか寝れねぇよ。ゼシカのあったかくて柔らかいひざがいーの」
「じゃあヤンガスの
おなか借りたら?あったかくて柔らかいに関してあれを上回るものはきっとないわよ」
「よりによってヤンガスかよ!」
「それがイヤなら、そこらへんでしましまキャットでも捕まえてきなさい」
「…あぁ言えばこう言う…」
はぁ、とククールがため息をつくと、今度はゼシカがクスクスと笑った。
まぁ、この笑顔を見ながらうたた寝するだけでも充分か、とククールが考えた時。
「後ろ向いて」
ゼシカがそう言ったので、なんだよ、と言いつつも大人しく背を向けると、突然背中にふわりとした
感触が降ってきた。慣れた感覚。自分のマントだ。
「前留めて」
言われるままに留め具で固定すると、
後ろからゼシカがマントを軽く引っ張って背中に触れる。
「…うん、大丈夫ね。少しはましになったわ」
顔が見えないからか、その声音が妙に優しく聞こえた。
サンキュー、と言いかけたところで、お礼の言葉がうわっ と小さな叫びに変わる。
後ろから思い切りマントを引っ張られ、あったかくて柔らかいものに後頭部がぽすりと包まれる。
気付くとククールはゼシカを見上げていた。
常にはない視点だ。おぉ、とククールは思わず声をもらす。
「少しだけよ」
ゼシカの照れた顔が新鮮に映る。そして至近距離で下から見上げる巨大な2つのふくらみも。
これはこれで最高だな、などと考えながら、ククールは改めて身体をラクにしてゼシカを見上げた。
「…マジに寝てもいい?」
「いいわよ。私はあなたのマヌケな寝顔でも見てるから」
「ひでー。やっぱ起きてよっかなーこの位置最高の眺めだし」
そこでゼシカはククールのニヤける視線に先に気付いたのか、
そのだらしなく垂れ下がった目元を手の平でパシリと覆ってしまった。
「おーい、ゼシカちゃんのかわいい顔が見れねぇんですけど」
「見てるのは別のところでしょ。目を閉じないとラリホーかけちゃうわよ」
起こったフリをしながらも言葉の端で笑っているゼシカに、
はいはい、とおざなりに返しながらククールも笑い、身体の力を抜いた。
「―――おやすみ ククール」
やっぱり顔が見えないからだろうか。とても優しく聞こえたそのささやきに、
ククールは小さく頷いて、たちまち穏やかな眠りに落ちたのだった。
最終更新:2008年11月08日 00:35