翌日、いつもの大胆な服ではなく、清楚な普段着で現れたゼシカに、仲間達は驚いた。
当然理由を聞かれ、もうすぐ兄の命日だから、しばらくはこの格好でいさせてほしいと告げる。
「本当は喪服が一番いいんだけど…家から持ってきたのって、この2着だけだから」
疲れているのか元気がなく、よく見ると涙の跡がわかる目元に気付いたエイト達はそれ以上尋ねることはせず、
防御が低いから後方支援をさせてほしいという彼女の願いを快く引き受けた。
うまいウソだと自分でも思う。でも首元を隠す服を着る本当の理由が、昨夜ククールによって
首筋や、肩や、胸元にまで、いっぱい、はっきりと遺された口付けの跡を隠すためなのだから、
兄の命日まで利用して仲間達をだますなんてあまりにも最低すぎると、ゼシカは自分を嫌悪した。
いつもなら、禁欲的な姿も逆にそそるね、などとここぞとばかりに声を掛けてきそうなククールが
終始押し黙っているのに、エイトとヤンガスは目を見合わせて首をかしげた。
ククールとゼシカがまたケンカをしているらしい、ということは、仲間達にはすぐわかることだ。
いつものピリピリしたムードではなく、不自然なまでによそよそしいのが不思議だったが、こういう時は
変に介入せず放っておくのが一番だとわかっているので、誰もそのことに触れはしなかった。
戦闘中も、ククールはいつも通りゼシカに向けられる敵の刃を受け止める。その動きに迷いはない。
しかしククールがゼシカをかばったあとは、余計なことしないでだのお前がぼーっとしてるからだの
ケガしてない?だのお前こそケガしてないか?だの何かしらでイチャついていた2人が、
やはり今日は言葉もなく目線も交わさないままなのだった。ケンカ中にもう一度ケンカすれば
たいてい元の鞘に納まっていた2人だが、今回はどうも簡単にはいかない様子だ。
しかもゼシカは目に見えて憔悴しているのに対し、ククールは常に無表情で、ほとんどしゃべりもしない。
ゼシカは次第にエイトやヤンガスともあまり話さなくなり、ふと気付くと一人で宿の部屋に帰っていたり、
馬車の中でぼーっとしていたりする。ククールはもちろんそれに関わろうともしないのだった。
そんな日々が数日続いたある日。
食事もあまりとらず、物思いに沈むゼシカを見かねて、エイトが彼女に声をかけた。
「顔色が悪いよ。一度ゆっくり休まなくちゃ、そのうち絶対に倒れる」
しかしゼシカは申し訳なさそうにごめんね、大丈夫、と言うだけで、頑なにエイトの勧めを拒む。
エイトはため息をついた。リーダーとして、これ以上は放置できない。今ゼシカに倒れられても、
ククールに抜けられても、色んな意味でとても困るのだ。心を決めて彼女の腕をしっかりと掴む。
「駄目だ。一度ちゃんと体調を立て直そう、ゼシカ。みんな心配してるんだか―――」
しかしその言葉は、ゼシカの小さな悲鳴によってかき消された。
腕を掴んだエイトの手を、ゼシカが激しく振り払ったのだ。
それは本人にとっても思わぬことだったようで、お互い目を丸くしてしばらく硬直していた。
どうしたんでがすか兄貴―、とどこからともなくヤンガスが走り寄ってくるのにゼシカはハッと我に帰り、
「ご…っ、………ごめんなさい。………びっくりして」
あっと言う間に走り去ってしまった後ろ姿を見ながら、なんとなーく
コトの事情がわかってしまったエイトは、ますます深いため息をつくのだった。
*
ゼシカが宿の部屋に一人でいると、コンコンというノックと共に、珍しい声が聞こえてきた。
「ゼシカよ、少しだけよいかの」
椅子に座って窓辺から外にぼーっと視線を向けていたゼシカは、驚いて身を起こした。
扉を開けると予想通り、深々とフードをかぶったトロデ王がそそくさと室内に入ってくる。
「まったく人目を忍ぶのも一苦労じゃわい。ゼシカ、何かあったかいものが飲みたいのぅ」
突然押し掛けて来ておきながら悪びれなく注文するトロデに、ゼシカは思わずクスリと笑い、備えてあった
紅茶を淹れると、すでに椅子に腰掛けているトロデの前に置いた。テーブルをはさんで自分も彼の向かい側に座る。
しばらくトロデがお茶をすする音だけが部屋に響いていたが、最初に口を開いたのはゼシカだった。
「………ごめんなさい。トロデ王にまで、気を使わせちゃって」
「別に気なんぞ使っとらんわい。落ち込んでいるご婦人には優しくするものじゃ。わしは紳士じゃからな」
ふふっ…とゼシカは笑った。切なげな笑みのまま、どこか自嘲気味に呟く。
「………まるでアイツみたいなこと言うのね」
「あんな口先だけのなんちゃって紳士と一緒にするでないわ」
「…ホントね」
トロデは何気なく言ったのだろうが、その形容は今のゼシカにとってなんだかすごく意味深だった。
再び笑顔が消えてしまった彼女をチラリと見上げて、トロデは大仰なため息をつく。
「あやつものぉ。苦労しておる分 己の顔色を隠すのは上手いが、己の感情を相手に伝えることは
上手くできんのじゃなぁ。スカしてはおるが、まだまだ若造じゃからの。
未熟者が片意地張りおって 見ているこっちがムズムズするわ」
意外とククールの内面まで見抜いているトロデに、ゼシカは目を見張った。さすがは年の功…なのだろうか。
その口調には隠しきれない心配が滲み出ていて、トロデの優しさが伝わってくる。
自分はまだまだ、ククールのことがよくわからない。それどころか自分の気持ちさえ。
自分は彼に、本当はなんて言いたいのだろう。
「ゼシカよ。おぬしも、ククールのことが 好き なら多少の暴走は許してやれ。大事にしたいと
思ってはいても、どうにも己を御せなくなることがある。男とはそういう困った生き物なんじゃよ」
瞬間的にガタン!!!!!と音を立て、耳まで真っ赤に染めてゼシカが立ち上がった。
当たり前のように告げられたセリフの中に、衝撃的な一言が含まれていた気がする。口をぱくぱくさせる彼女に、
「なんじゃおぬし、このわしがわからんとでも思うたか。というかエイトもヤンガスもミーティアも、
要するにお前ら意外はみーんなとっくにわかりきっとるわい。そもそも男女の惚れた腫れたに
他人が口出しするなんぞ無粋きわまりないこと。じゃがの、おぬしらが余りにニブチンじゃから、
敢えてこのわしがスーパーアドバイザーとしてじゃな…」
蕩々と悦に入り出したトロデは、未だに固まっているゼシカにふと気付くと呆れた目つきで言った。
「…………………まぁよい。とりあえず落ち着かんかゼシカ」
ようやくして椅子に座るが、ゼシカは俯いてスカートを握りしめている。
どうやらトロデは何もかもお見通しのようだ。いたたまれず、顔が熱くなるのを抑えられない。
再び沈黙がおりて、トロデはゆっくりと残りの紅茶を飲み干した。ゼシカの小さな声がポツリと響く。
「………ククールのことがわからないの」
今でも脳裏にはっきりと焼き付いている。
獰猛な瞳、乱暴なふるまい、力では到底適わないことを無理矢理教えられ、泣いても離してはくれなくて。
それまでゼシカの中にあった彼のイメージはすべて偽りだったのかと思えるほどの急激な変貌。
ククールは私の騎士だけれど、それと同時に男の人でもある。ただその事実だけがゼシカの中に深く残った。
ショックで怖くて、エイトにすら恐怖を感じてしまうほどに、男の人に対する漠然とした怯えが頭から離れない。
ククールは私にそれをわからせたかったのだと言った。その思惑通り、私はそれを嫌というほど思い知った。
―――それなのに、彼は私を許していない。
未だに目を合わそうとはしてくれない。
「まったくもってエセ紳士じゃな。惚れたおなごにこんな悲しい顔をさせるとはけしからん!」
トロデは両腕を振り回してぷんぷんと怒った。その言葉にもゼシカの頬は勝手に赤くなる。
「わからんのなら話せばいいだけのことじゃ」
うつむくゼシカに、トロデは簡潔に答えた。
「わからんから不安になる。不安じゃから話せない。解決するには思い切りが大切じゃ。あやつの方が
そこらへん不器用じゃろう、おぬしから当たってみれば、案外あっさりと解決するかもしれんぞ」
「話すって…何を?」
「このまんまでいいのか悪いのかくらいは、話し合えるじゃろうが」
ゼシカはしばらく押し黙った。それは本当に単純で、しかも明快な方法に思えた。
話そう、あいつと。すくなくとも私はこのままなんてイヤだって、伝えよう。そしてあいつが、今
何を考えているのか、ちゃんと教えてもらおう。トロデの圧倒的なポジティブさに、ゼシカは感謝した。
「ありがと、トロデ王。………ごめんね、トロデ王もミーティア姫も、こんなことで足止めされてる場合じゃ
ないのに。一刻も早く、呪いを解かなくちゃいけないのにね」
「アホウ!水くさいことを言うでないわ!これだけ苦楽を共にしてきたんじゃから、すでにおぬしは
わしのもう一人の娘も同然じゃ!実際この過酷な旅中において、男くさい所帯の中におぬしが
いてくれるだけで、どれだけ場が華やかになっておるか。ミーティアだって喜んでおる。
だからの、はよう笑顔に戻ってほしいんじゃよ。若いおなごは笑っておるのが一番じゃ」
そう言うとトロデは短い手を伸ばして、向かいのゼシカの頭をよしよしと撫でた。
ゼシカの胸の内が、ふわっとあたたかいもので包まれたような気持ちになった。
どこか懐かしい優しさ、心強さ。ずっと昔に失ってしまった、無条件でゼシカを護ってくれる手、
ゼシカを見守ってくれる優しい目。あぁ、本当に、お父さんみたい。
ふいに心が軽くなって、ゼシカは優しい表情でこくりと頷いた。
「………うん、じゃあ、勇気だして、あいつと…ククールと、少しでも話、してくるね。
…と、その前に私も紅茶淹れようかな。トロデ王も、もう一杯い………」
ゼシカは言葉を続けることができなかった。
立ち上がった瞬間に全身が冷たくなって、あ、立ちくらみ、と思った時には床に崩れ落ちていたのだ。
最終更新:2008年12月06日 00:42