二人きりになれる場所、と思い浮かべて咄嗟にルーラで飛んだ先は、願いの丘の頂上だった。
なんとなく一瞬だけ頭がぼうっとして、すぐに我に返り両腕に抱き抱えたものをそっと下ろした。
華やかな曲線を描いて広がるボリュームのある白いドレスがフワリと舞う。
たった今、他の男の目の前から強奪してきた、美しい花嫁。
もう少しで他の男のものになるところだった、オレの惚れた女。
―――いきなり、ほっぺたに衝撃が走った。
「バカッッッッ!!!!!!!!!!!」
肩を怒らせてオレをまっすぐに睨みつける、その目、その怒号、頬の痛みさえ。
全てが強烈に愛しくて、どれだけ自分が彼女に飢えていたのか思い知った。
「…バカ!!アンタなんか最低だわ!!なんなの?!なにしにきたのよ!!
アンタなんかダイキライ!!ダイッッキライよ!!!!ククールなんか…」
そして見えないフリをしていた想いや欲望はたちまち箍を外され溢れ出る。
オレはわめくゼシカを問答無用で腕の中にキツく閉じ込めた。
暴れても離さない。絶対にもう離さない。
「――-オレ以外の男になんか絶対やらない」
言葉は知らないうちに口から漏れ出た。
ずっと、どうしても認めることができなかった欲望。
ゼシカのそばにいたいということ。できることならオレだけが永遠に、彼女のそばに。
ただそれだけの望み。小さな幸福。――-でも多分オレには行き過ぎた願い。
だから、諦めた。そのつもりだった。諦められたと思っていた。
でもいつだって心の奥底で、オレはずっと焦燥に耐えていた。
こんな事態になるまでそれに気づかないフリをしてきたのは、怖かったからだ。
望むことが。幸福が。手に入れて、失うことが。赦されているということが、怖かった。
でも、ずっと、失ってばかりで、失うことに怯え、手に入れることを恐れてきた自分が、
生きていくうちでたった一つだけ何かを手に入れられるのなら。
――――――それはどうしても、ゼシカがよかったんだ。
「…ッ、いまさらナニよ…ッ!!今さら…っ…わたしが…っ」
「ごめん」
「わたしがどれだけ……ッッ」
「ごめんゼシカ。待たせてごめん。ゼシカ」
「わたしがどれだけ待ったと思ってるのよ……ッッ…バカ…!!!!」
全てを諦めたのは彼女も同じだったろう。オレはあまりに彼女を待たせすぎた。
これでいいのだと己に言い聞かせた時もある。自分の幸福を諦めても、それがゼシカの幸福になるのならと。
そんなわけないのを、知っていたくせに。
オレのために身につけたわけではないウェディングドレス。他の男のために着飾られた姿。
施された、普段はほとんどしない化粧、結いあげられた髪。
なぜ、彼女を手放せると一瞬でも考えたのかわからない。
他の男のものになってもいいだなどと、なぜ思ったのかもうわからない。
絶対に嫌だ。死んでも誰にも渡したくない。ゼシカはオレだけのものだと、実感したい。
「――-ンぅ…ッ」
突然あごを掬い上げ交わされた噛みつくような口付けに、ゼシカは苦しそうに眉をしぼった。
はじめてじゃない。でも、こんなに欲望を一切隠さずぶつけたキスなんてしたことはない。
ゼシカの手がオレの胸に当てられる。それを機に、オレ達は互いの身体を密着させ、
さらに深く口付けを交わした。お互い息を紡ぐのが必死なぐらいに、ひたすらに激しく、気の済むまで。
―――風が。
花嫁のヴェールを空に飛ばす。
長く熱いキスはゼシカの足をふらつかせ、支えようと背中に腕を回したものの
そのままオレ達は草の上に倒れこんだ。
上気した頬。荒い息。明らかに何かに飢えている瞳。彼女の目に映るオレも同じだろう。
感情の渦に言葉が追い付かず、本能のままに身体ばかりが彼女を求める。
今度は触れるだけのキスをして、暴走しそうな指先を押さえつけ、オレは大切な言葉をようやく告げた。
「―――-愛してる」
ゼシカの瞳から溢れ出た涙をすべて舐めとり、止まらない嗚咽を再び激しい口付けで飲み込んだ。
全てはこれから。でもオレは、もう逃げない。
最終更新:2009年02月08日 15:32