ふと見ると、ククールがソファで座ったまま目を閉じていた。
浅く腰かけ長い脚を放り出し、おなかの上で指を組んで、首を背もたれにあずけて軽くのどを反らしている。
この前「仕返しの仕返しのキス」をされたこと思い出して、顔が熱くなると同時にチャンス、と思った。
チャンス。本当に眠っていればの話だけど。
この男はなんにつけ嘘が上手い。悔しいけど私は単純だから、すぐにだまされてしまう。
だけど今日は本当に眠ってるんじゃないかしら。さっきの戦闘はかなり激しかったし、
彼が一番MPを消費していた。ここ最近は野宿ばかりでちゃんと休息もできていなかったから。
音をたてないように、そっとそばに近寄る。寝息が聞こえる。私は珍しく彼を見下ろす形になった。
規則正しい小さな息遣い。どこにも力の入ってない弛緩した身体。少し間の抜けた寝顔。
・・・寝て、る?
なんかそんな気がするけど。前に寝てるフリしてた時はどんな感じだったっけ?
そんなの覚えてない、あの時はまさか起きてるなんて思いもしないで近づいたんだもの…
どうしよう。
寝てるかどうか確かめる方法なんてわからないわ。確かめてみて本当に眠ってたのを起こしちゃったら本末転倒だし。
えぇっと…
もう一度寝顔を見てみる。少し後ろにのけぞっている顔は、ソファの手前にいる私にはあまり見えづらい。
静かに、ソファの上にゆっくりとひざを乗せた。小さく軋んでしなるのを、ドキドキしながらやり過ごす。
彼が起きないのを確認して、そっとその顔をのぞきこんだ。
いつものスカしたカッコつけの顔は好きじゃないけど、寝顔はあまりに無防備で少し笑ってしまった。
これで「フリ」だなんて、ちょっと考えられなくない?カッコつけのコイツなら、嘘の寝顔だって
カッコつけてるに決まってるわ。これは完全に気を抜いた表情よ。うん、今度は寝てる。
腰のポーチからペンを取り出そうとして、ククールが突然わずかに動いたので息が止まった。
今起きられたらどう考えても言い訳できないじゃない!しかもこの態勢で捕まったら、またあの時とおなじことに…
―――今度はキスなんかじゃすまさないけどな
ボッと顔から火が出たように熱くなる。なんでコイツはそういうことしか考えてないのよ!
私だってキスされるのがイヤなわけじゃないわ、ただ、あんな風に不意打ちなんて卑怯すぎるって…
…私こそ何考えてるのよ…相手の意思も確かめない強引なキスなんか、イヤに決まってるでしょ!
ククールのそういうところが腹が立つのよ。いつでも余裕綽綽。いつだって私の何枚も上手。
最近じゃ、私がキスを嫌がるなんて、思いもしてないんだから…っ!!
悶々とし始めた私は、ククールがふいにこぼした寝言にハッとした。
むにゃむにゃと。なんだかよくわからない言葉を口の中で呟いて。
最後に、囁くような吐息で、・・・私の名を呼ぶんだもの。
…。
……くやしい…。
せめて仕返ししてやりたいのに…。
私は静かに彼をまたいで馬乗りになって、身を乗り出し彼に触れないように背もたれに手をついた。
完全にククールの顔を見下ろす態勢。これは、いつもの私たちとは逆の位置。昼間も…夜も。
バカ、と書くつもりだった額に私はそっと口唇を落とした。眠る私に彼がいつかしたように。
それから、バカリスマ、と書くつもりだった頬にも羽根のようなキスをする。
そして、薄く開いた口唇は、まるで引力のように私を吸い寄せた。
寝ているククールに、私が勝手にキスをしている。
これは私の意志で したの。ククールの意志なんかおかまいなしにね。だからこれは、立派な仕返し。
自分に言い聞かせたら少し満足して、赤くなった顔を静かに離した。
「――-おわり?」
突然の声に驚いて目を開けると、嬉しそうに微笑む瞳が至近距離にあって。
いつのまにか腰に回された腕の中から、私は逃れられなくなっていた。
いつから起きてたの!?
そんな疑問は、ククールからの「仕返し」にごまかされ、聞き出せないまま。
私は結局ククールの宣言通り。
「キスなんかじゃすまされない仕返し」を、されてしまった。
*
最終更新:2009年02月08日 15:40