ゼシカが珍しく風邪をひいた。しかもかなりひどい風邪だ。
もちろん命に別状はないが、高い熱がなかなか引かず食べられないので体力消耗が激しい。
ゼシカのベッドの周りに心配そうに集まるエイト、ヤンガス、トロデ王。
ひたいの濡れたタオルをこまめに変え、汗をふいて、水を飲ませれば、もうしてやれることはない。
薬を飲めば少なくとも熱の苦しさは減るのだが、そのためには何か食べなくてはならない。
しかし何か食べられる?と聞いても、ゼシカは力なく首をふる。トロデが、食欲がなくても
多少なり食べないと回復が遅れるばかりじゃぞ、と諭しても、ゼシカはどこか子供のように
顔をしかめてふるふると首を振るばかり。仲間達はため息をついた。
「――――ゼシカ」
突然開かれたドアと共に飛び込んできたその声に、ゼシカはうっすらと目を開けた。
持ってきた荷物を下ろして、ククールはゼシカのベッドに腰掛ける。
「どうだ?なんか食べたか?」
ゼシカだけでなく同時に仲間達にも向けられた問い。しかしわずかに顔をそむけたゼシカと
苦笑を浮かべる仲間の反応に、ククールはまったく、と呟く。
「食いたくねぇのはわかるけど、そのままじゃ しんどくてちゃんと寝ることもできねぇだろ。
せめて薬飲んで熱下げないと」
「…ら、ない」
「そんなしっかり食べなくていいんだよ。おかゆか何かもらってきてやるから、ちょっとだけでも食べて」
頬に手の平を当てて熱さを確かめながら、な?と首をかしげる。
ゼシカは不満そうに眉をひそめるものの、黙ってククールを見つめている。
「それとも何かリクエストあるか?」
汗ばむ額にかかる前髪をそっと後ろに流してやりながら訊くと、しばらくもぞもぞと
落ち着かなげにしていたが、やがてかすれた声で答えた。
「――――ククー…ルの、…お芋の…甘いの…」
一瞬なんのことかわからなくてえ?と聞き返すと、
「前、に、作ってくれたの…甘いの…あれが、食べたい」
ククールは あぁ、と頷いた。以前野宿の途中に、さつまいもを練乳でやわらかく煮込んだ
簡単なおやつを作ったことがある。修道院時代に、幼い修道士たちに何度か作ってやったりした。
ゼシカはそれをひどくお気に召して、とってもおいしいこれ大好きありがとうククール!と
無邪気に笑ってくれて、ひまつぶしに作っただけだがしてよかった、と思った記憶がある。
あんなもんでいいならいくらでも作ってやるよと、ククールは厨房を借りようと立ち上がった。
しかし。
「………ゼシカ?」
ゼシカの手がククールの服の裾をつかんでいる。
ハッとしたゼシカはすぐにその手を放したが、表情は何か言いたくてたまらない様子だ。
しばらく待っていたが何も言い出さないので、ククールはもう一度ベッドに座り直す。
「どした?」
伸ばされた手を握ってやる。ゼシカは何度も目線を合わせたりそらせたりしながら、
しばらくしてようやく小さな小さな声で囁くように言った。
「―――……いっちゃうの?」
すがるような弱弱しい視線に、ククールは一瞬目を見開いて、それからクスリと笑った。
病気の人間はとかく甘えたで寂しがりと相場は決まっている。
「行かないと作れねぇだろ?どうしてほしいんだよ」
おかしそうに笑うククールに、ゼシカはうぅ、と唸り、だって、と言い訳するがあとが続かない。
「2、30分もあればできるよ。それとも待ってられない?ゼシカがそう言うならオレはここにいるけど」
意地悪なフリをした、本当は慈しみと愛しさに満ちた声音。
ククールが顔を覗き込むとゼシカは少し躊躇したのち、不満いっぱいの顔で、まってる、とぼそり。
よしよしいい子いい子とからかうように頭をなでると、ゼシカは口唇をとがらせ、
「……でも…すぐかえってきてよ」
「ちゃんといい子でおねんねしてたらな」
恨めしそうなゼシカの目線に、ククールは静かな笑みを浮かべた。
そっと手を離して立ち上がるとまた寂しげに見上げてくる潤んだ瞳に、捕えられ、そらせず、
ククールは苦笑した。シーツに手を付いて身をかがめ、彼女に至近距離で顔を近づける。
「…口唇でいい?」
その意味を読み取って、ゼシカは頬を赤くする。
「…いいわけないでしょ…」
「そう?してほしそうに見えたんだけど。…じゃあ、まぁ」
こっちで。
そう囁きつつ、ちゅっ、と音をたてておでこに落とされるキス。ゼシカは呆れたように赤面しながらも
どこか安心したように身体の力を抜いて、去っていくククールを見送った。
ククールが部屋を出て行ったあと、ゼシカは再びふっと目を閉じた。
しかし彼のせいなのかどうかわからないがかなり喉の渇きを覚えたので、首をめぐらせて水を探す。
すると視界のすみから腕が伸びて、エイトが水差しからコップに水を注いでくれた。
ゼシカは内心ギョッとする。今の今まで、部屋の中にエイト達がいたことを忘れていたのだ。
「水飲む?あ、起き上がるのつらい?よければ吸水もらってくるけど」
「あ、…うん、…だ、大丈夫」
平静を装い笑って手を振る。起き上がれないほどではない。時間をかけて身体を起こし、
ベッドの背にもたれてコップを受け取った。顔が熱い。冷たすぎない水がおいしい。
「あとで、もう一つ部屋とれないか聞いてくるよ。多分その方が、治り早いよね?」
しばらくしてエイトがにっこり笑ってそう言った。
きょとんとしたが、徐々に言葉に隠された含みを読み取って、ゼシカはさらに顔を蒸気させる。
(あいつ…、わかってたくせに!バカッ!)
今さら、ついさっき仲間達の前で、2人して何をしていたか思い出して腹が立つ。
ハメられたような気がして悔しい。
にこにこ笑っているエイトに「ここで大丈夫だよ」とぼそぼそ呟いて、もそもそと布団に潜り込んだ。
ちがうのに。いつもは私あんなじゃないのに。
風邪で弱ってるから心細いだけよ。そばにいてほしいだけ。それだけよ。
心の中でひたすら言い訳していると、余裕いっぱいのククールの顔が思い浮かぶ。
そして唐突に、やっぱり寂しい と自覚する。ゼシカはポツリと小さく彼の名を呼んで、目を閉じた。
15④sage2009/04/22(水) 00:48:28 ID:2XTK2dRe0
頭を撫でられている、と思ううちに徐々に意識が上昇し、ふいにパチリと目を開いた。
ゼシカの視線にまず天井が映り、すぐにベッドに座って自分のひたいに手を当てている
ククールの顔を見つける。
「…クク…」
「まだ寝てていいぜ」
いつのまにか寝てたんだ、と思い、ふとただよう甘い匂いに気づく。
「………つくってくれた?」
「あぁ。食べるか?」
こくんと頷く。
「起きれるか?」
ククールは皿を手にとってゼシカを振り向く。
そう聞かれ、なぜかゼシカの頬がほんのりピンクに染まった。
ククールが ?と小首を傾げると、ゼシカは彼をじっと見ながら、枕の上で小さく頭を横に振った。
吐息だけで口唇が「むり」と告げる。ククールは一瞬 虚をつかれ、それから優しく笑った。
とろりとした中身をスプーンでよそって、横になったままのゼシカの口元に近づける。
「まだあったかいぜ。ちょっとずつでいいからな」
ゼシカは上目づかいにククールを見つめながら、戸惑ったような表情でそれを口にくわえた。
少し咀嚼して、ゆっくりと飲み込む。
「…おいし…」
花がほころぶような笑顔に、ククールも微笑む。
ゼシカの表情はたちまち弛緩し、もっと、と素直に甘えた声を出した。はいはい、と答えながら
差し出すスプーンをゼシカが躊躇なくパクリとくわえるのに、愛しくも笑いがこみあげる。
「皿ごと喰うなよ?」
「…そんなことしないもん」
クックッと笑われて、ブスッとするゼシカ。それでも、少しずつ皿の中身を胃に入れていく。
ククールはそんなゼシカが、心底から可愛くて仕方ないと思った。
実は、ゼシカのリクエスト料理を作って部屋に戻る途中、ククールはエイト達と廊下で出会っていた。
「僕たちちょっと宿のご主人に部屋のこと聞いてくるね。もし一人部屋でも空いてたら
ぼくとヤンガスはそっちに移るから、君たちはこのままあそこを使って。
トロデ王にはそろそろ姫様のところに戻っていただくし」
「ゼシカは?」
「大丈夫だよ。自分で起き上がって水飲んでたし、今はそこまで辛くないみたいだ」
「起きてた?自分で?そうか…よかった」
「今少し寝ちゃったみたい。何かあったら呼んで」
「あぁ、サンキュ」
仲間のさりげない気遣いに感謝する。…ぶっちゃけオレ達と同じ部屋にいたくなかったのかもしれないが。
仕方ない。ゼシカが素直に甘えてくるものだから。しかも犯罪的に可愛く、しかも自覚なしで。
今のうちに可愛いゼシカをとくと堪能しておこうと考えてしまうのは、男として当然だ。
しかし彼女が自分で起き上がったと聞いて、安堵すると共に心のどこかで期待していた
「はい、あ~ん」はできないのか、といささか残念に思ったのも事実。
だから。
ゼシカが隠し事をしている時のバレバレな表情で首を振り「起きられないから、食べさせて」
と意志表示したときは、なんというか猛烈に、言葉にしようのない愛しさを感じた。
皿なんか放り投げていきなりキスしたいくらいに可愛かった。
しかし、ちゃんと踏みとどまる。ゼシカの可愛すぎる「うそ」に、気づかないふりをしてあげる。
ゼシカは3分の2くらいを食べ終えると、ごめんね、もういい、と言った。頭を撫でてよく食べられました、
とからかうと、もう、と不満をもらすが笑ってそれをかわして荷物の中から薬を取り出す。
「じゃあ最後にこれ飲んで、ちゃんと寝ような」
「…にがいの?」
「甘いよ」
「あまい?」
ゼシカは怪訝な目で彼を見上げた。ニッと笑ったククールが皿の中で何かをしていると思ったら、
スプーンでそれをすくって自分の口に運んだ。そして突然ゼシカに顔を近づける。
「―――や、ちょ…んぅ…」
抵抗する間もなく口唇をふさがれた。薄く開いた口唇の間にあたたかいものが入り込んでくる。
甘い、甘い、甘いもの。
ゼシカは無意識にそれを飲み込み、引き続き口内で優しく動いている彼の舌にされるがままになっていた。
(…あまい)
甘いおやつより、もっともっと甘い。
しだいにゼシカも自分の舌をククールの口内に忍び込ませ、その甘さを味わうことに没頭する。
息を紡ぐのが難しくなるくらいに口唇をはみ舌をからめて、やっとそれを解いた時には、
熱のせいなのか、薬のせいなのか、ククールのせいなのか、ゼシカの瞳はとろんと溶けていた。
「……おいしかった?」
「うん…」
「オレも」
「…………。…………り」
「え?」
「……おかわり」
ククールは目を丸くし、息をとめた。
いつもの強気など微塵も感じさせないゼシカのすがるような瞳が、ククールの次の行動を待っている。
引力のように引き寄せられながら、再びククールの顔がゆっくり下降していく。
「――――――お前、カワイイにもほどがあんだろ……」
“おかわり”する直前に抗議のように呟くものの、しかしその威力に逆らえるはずもないのであった。
最終更新:2009年09月05日 03:23