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ククールが嬉々として、力の入らない私の身体を濡らしたタオルで拭っている間、
私は恥ずかしさを堪えて必死で天井を見ていた。
無駄に抵抗した方が、絶対この男を喜ばせる。もう一度お風呂に行く気力は全くないし、
今、自分では見るのですら顔が赤くなる、か、…下半身まで、この変態僧侶は懇切丁寧に
清めてくれると言うのだから、なんでもないフリをして勝手にしなさいよと言うしかなかった。
ククールの手が直接私の肌に触れ、身体をなぞりながらタオルを動かしていく。
恥ずかしくなんかない…今さらよ、今さら。…そう、だってついさっき、私達は…
「………………あーあ…………」
額に手の甲を当てて くうを見つめながら、思わずため息のような声が漏れていた。
途端に上機嫌だったククールがガビン!!とでもいうような顔で反応する。
「あーあ!?お前今あーあ、っつったか!?好きな男と初めて寝た直後に発する言葉がそれかよっ!?」
「あ、ゴメン、深い意味は…」
慌てて取り繕うが、ククールは恨みがましい目線をじぃっと向けてくる。
「……。…なんだよ、もしかして後悔してんのか…?」
「バカ、違うわよ。…ただ…」
私は言葉を探して沈黙する。ククールは不満と不安の入り混じった表情で私から目を逸らさない。
「……ただ…、あーあ、やっぱり、…………ったなぁ、って…」
「なにって?」
もう一度言おうとして、私は急激に恥ずかしくなり、身体を横向けて小さく縮こまってしまった。
顔が、熱い…
「オイ、聞こえなかった。もう一回」
ククールが身を乗り出し、私の上に四つん這いになって覆いかぶさり顔を覗きこんでくる。
赤くなっているだろう顔をシーツに埋めて、私はもう一度モゾモゾと呟く。
「―――……ククと…。……やっぱり、こういうこと、…しちゃったな、って…」
聞こえなければいいと思いながら、でも当たり前のように私の耳たぶに口づけているククールには
絶対に聞こえているだろう。くすぐったくてイヤイヤするように頭を振ったら、
ククールの身体がピッタリと私の身体に体重をかけて重ねられた。自然と身体を仰向けにされ、
首から下は全てが密着した状態になり、私は泣きそうなくらいの羞恥を感じる。
丸ごと裸で触れ合う、あまりに生々しい肌の感触は、私には到底まだまだ慣れるものじゃない…
「やっぱり?いつかオレとエッチするだろうなって、ゼシカはずっと思ってたんだ?」
子供みたいな満面の笑み。
「…っ、ず…っとじゃないけど…っ、でも…なんとなく……ずっと…っ」
真上から見下ろされたんじゃ、視線を逸らすことしかできない。
「…っ…、予感が…あったの…」
「オレとこういうことする関係になるって?」
ククールが突然キスしてくる。びっくりして硬直している私に、ククールはひたすらニヤニヤしている。
…恥ずかしい。ただの仲間のフリをして一緒に旅を続けながら、そんなことを考えていたなんて、
私、いやらしい子みたいだ…。…でも、重ねられる質問を拒めない。
「いつから?」
「――…たぶん…もっと前から…。……最初、から、わかってた気がする…」
「最初って?」
「……。……2人だけで旅をするって決まった時から、心のどこかで、予感してた」
ククールが大きく頷きながらまた口付けてきて、そして今度は長い間離してくれなかった。
――そうね。私もアンタとなら気楽だし、安心だわ。…身の危険のもないし、ね?
意味ありげに微笑みながらチラリと見あげると、ククールはハイハイと苦笑しながら両手を広げた。
――もちろん。生死を共にした大事な『仲間』を、魔の手から守るのは『騎士』の役目だからな。
私達は、目を合わせたあと、小さく吹き出した。そして少し照れながら、握手を交わす。
――また一年間、よろしくね、ククール。
――よろしく、ゼシカ。
そのストイックな手と手の触れあいだけが、私たちの唯一だった。
……はずなのに。
その最初の瞬間から、自分でも自覚していない心の奥で、もしかしたら、って、思っていたんだわ…
「んっ…、ふ…っ、ねぇ…、もうやめ…」
自分とククールが、いつかこんな風にやらしいキスをする時がくるかもしれないって。
「ゼシカ、お前も自分で舌動かしてみ」
「~~~ッッッ!!!!!イヤよッッ!!!!!!!!」
「イヤとか言うなよ…ヘコむぞ」
「だ、だって」
本当にはじめてなのよ。何もかも。なんにもわかんないのよ…
きっと、私にこんなことの全てを教えるのは、ククールなんじゃないかって。
私だって、もう大人で。この旅が終わったら実家に帰り、今度こそ本格的な婿探しが始まるだろう。
恋人を。そして、生涯の伴侶を見つけなくてはいけない。当然その相手とはこんな風に、
抱き合って、キスして、身体を重ねることになる。今までなるべく避けてきたその時期が、
今や すぐそこに迫っている、そんな状況ではじめた…最後の旅、だった。
―――それなら、ククールがいいって。ククールじゃないとイヤだって。
無意識にそう思いながら、私はククールと旅に出たんだ。
「……ん…っ……ねぇ」
ククールは思い出したように再び私の身体を丁寧に拭きはじめ、肝心なところがまだだった♪
とか言いながら鼻歌交じりに足を開こうとするので、無理やり押しとどめながら、尋ねた。
「ククールもじゃないの?…考えたことなかったの?」
「なにが」
おかまいなしに膝を力任せに開こうとするククールの顔を、真っ赤になりながら思い切り蹴る。
「ちょっと待ちなさいよ!話してるんでしょ!」
「いてぇ…ゼシカに蹴られたのってはじめてかも…」
涙目で頬を押さえながらようやく離された手にホッと息をついて、シーツをたぐりよせ身体を起こした。
「…ククールは、何考えてたの?ホントは別に…私とこんなこと…考えてなかったんじゃないの…?」
「そんなわけねぇだろ。正直 自覚したのは数時間前だけど。ずっとお前だけだったよ」
「なにが?」
「最終的にオレが落ち着くのは、ゼシカだろうなっていうのは薄々感じてた。
手に入らなかったとしても、ゼシカは死ぬまでオレの心に居続ける存在だろうなって。
オレの中のお前の位置は、かなり前から揺るぎないものだった。ずっと好きだったよ」
「…こうしたいと、思ってた?」
「思ってたよ。当たり前だろ」
彼の珍しく真摯な言葉が嬉しいのに、恥ずかしくて、シーツを握りしめて俯くと、正面から抱き寄せられる。
彼のしっかりした腕の中の心地よさに、少しずつ慣れてきている自分を感じる。
「……信じられないよ。私に興味なんか全然なさそうだったし。…今日みたいに一人部屋になったって、
すぐ他の女のところに行っちゃったじゃない」
「そりゃお前…。…ゼシカだって、オレと同室なんかサラサラごめんだって顔してたじゃねぇか」
「それはっ!アンタの方が嫌そうな顔するから!私もそうせざるを得なかったっていうか…っ」
「あーうんハイハイ、わかったわかった」
笑いながらおでこに音を立ててキスされると、大人しくなるしかない。
「―――……どうして今夜は、どこにもいかなかったの?」
「なんでだろな?自分でもよくわかんねぇけど。…それこそ『潮時』だったんじゃねぇの」
「しおどき…」
「ずーっと知らないフリして閉じ込めてきたから、知らないうちに箱の中でパンパンに膨れ上がっててさ。
もう限界ギリギリーっていうところに、タイミングよく一人部屋同室、ってのがきたわけだ」
「………………。………でも……」
私は口ごもり、ククールの腕から逃れるとベッドにポスンとうつ伏せた。
「でも、それでも、こんなつもり…なかったんでしょ…?だって、ソファまで運んでもらうし、
何事もなく寝ちゃったし、私のことなんか、ぜんぜんどうでもいいようにしか見えなかった」
すねた口調が隠せていないのはわかっている。ククールの苦笑が聞こえた。
「…期待したのに?」
「……ッ!!…ぅ、きたいとか…っ、…、…、…、…でも、そんなの…っ、普通は…っ」
考えて当然じゃない!もしかして、って思うに決まってるじゃない!
私が何も言えないでいると、ククールがごめん、と呟いて私が身体に巻いたシーツをそっと
引き下げるのがわかった。すると冷たいタオルが背中をすべって、ビクッとしてしまう。
「……オレは、人をだますのも自分をだますのも無駄に上手いからさ。しかも相当の臆病者だし。
お前の色気にビンビンにやられてるくせに、どうしても行動に移せなくて悶々としてた」
「…うそ」
「ホントだよ。お前の後ろ姿見ながら、ずっとエロいことばっか考えてた」
「……ッ」
気付くとタオルじゃなくて、指が、背中を縦になぞって降下していく。
「正直お前がスイッチ入れてくれなかったら、今夜ゼシカを抱いてなかった気がする」
「わ、私だって、ずっと、待ってたのに」
背中を向けて、息をひそめて、突然抱きしめられるんじゃないかって、一人でドキドキしてたのに。
それなのにいつまで経ってもククールは寝たままだから、もう諦めようって思ったのに。
「ごめん。ホント情けないよなオレ。女の子の方から来てもらわないと手も出せないなんて。
でもこんなのはじめてなんだぜ。っていうかゼシカだけだよ、このオレが触れるのに躊躇する女の子は。
―――ずっと、見てただけだ。この背中にキスしたくてたまらなかったくせに」
言葉通りにククールの熱い口唇が背中中に無数のキスを降らせ、肩の辺りを何度もキツく吸われる刺激に
私はみっともなく身体を跳ねさせる。…ゾクゾクするこの感覚…やっぱりまだ慣れないよ…
「…っき、きれいに…してくれるんじゃないの…っ?」
「してるよ。オレの口唇と舌で」
「バカッッッ!!!!!!!タオル使ってよ!!!!!バカッッッ!!!!!!!」
背中から腰、お尻の部分までシーツを無理やり剥ぎ取ろうとするから、無理やり起き上がって
放り出してあったタオルをこの色ボケの顔に思い切り投げつけた。
それでもククールは上機嫌だ。私が精いっぱい睨みつけても、へらへらした表情は締まらない。
~~もう、バカッ、どこが天下のカリスマよ…っ!
「なにそんな恥ずかしがってんだよ。オレらもうエッチしちゃった仲だろ?」
「わかってるから言わないでいいわよっっ!!!!!!!」
「今さらじゃん。ほらシーツとれよ、もう隠すもんなんかねぇって。今さら今さら」
「ちょっ!まっ!やだ…バッ…バカッッ!!」
スルスルとうまいようにシーツを剥がれ、思わず胸を隠した瞬間に飛びつくように抱きしめられ。
気付くと、私は何も身にまとわない状態でまたベッドに押し倒されていた。
「今度、エイト達に報告に行こうぜ。オレ達デキちゃいましたって」
そう言ってまた、当たり前のようにキスされる。
「…なんて言われるか想像がつくわ」
「だな」
私達は目を見合わせ、同時に言った。
「「――“今さら?”」」
口唇を合わせたまま、クスクスと笑う。
性懲りもなくククールの手がまた私の身体中を撫ではじめ、隠していた乳房に
いやらしく口付けられても、「今さらだろ?」と笑って言われたら、もう拒めなかった。
最終更新:2009年09月05日 11:10