みんなで大盛り上がりのトランプ。
負けたら罰ゲーム。このあとの買い出しで荷物持ち。
珍しく、あのククールが負けた。
本人は肩をすくめて、「こういう日もあるさ」と気取っていたけれど。
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「買い出しってお前ら、なんで今日に限って道具も装備も食い物もいっしょくたにすんだよ!」
「だってこの街なんでも揃ってて便利だし」
「他意はないでげすよ」
「ハイ文句言わない。これもよろしくね、荷物持ちさん」
両手に大きな紙袋を3つも抱えたククールの非難に、手ブラの3人はおかしそうに笑った。
さらにゼシカが差し出した小さめの袋に、ククールはうんざりと眉をひそめる。
「いやゼシカさんこれ以上無理だから。…って無理やり乗せるなよ!こら!」
「うるさいわね、男なんだからそれくらいしっかり持ちなさいよ。それとも色男は力仕事が苦手だとか言うつもり?」
「別に重いなんて言ってねぇだろ、これくらい余裕だっつーの。ただ…」
「あら、じゃあまだ買い物しても大丈夫よね?エイト、角のお店に寄ってくれる?見たい洋服があるの」
「ちょ、お前なぁ!」
いつも通りのやり取りに笑いながら、仲間たちは普段よりも明らかに多めの買い物をした。
途中からはゼシカがククールを引き連れてあちこちで買い物をしている間、
エイトとヤンガスは喫茶店で休んでいたりしたのだが。
日も暮れかけた帰り道。
ククールの腕にはさっきよりもさらに幾つかの紙袋がかけられ、抱えた袋も嵩を増していた。
少し先の前方に、エイトとヤンガスの後ろ姿がある。
ククールとゼシカは夕焼けに照らされる街中を、並んでのんびり歩いていた。
「……あ、ククール、ちょっとしゃがんで」
ゼシカがそう言ってククールの服の裾を引っ張り、ククールは立ち止まってゼシカの方に重心を傾けた。
彼が腕に抱えた紙袋のうちの一つを、ゼシカは背伸びしながらのぞき込み、手を突っ込む。
袋の中から探し出したのは、開け口をきゅっとリボンでしばってある可愛らしい包み。
「なんだそれ」
「お菓子の詰め合わせ」
嬉しそうなゼシカの返事に、うぇ、とククールが不満の呻きをもらす。
「お前…人に荷物持たせるのにそんないらねーもんまで買ってんなよ…」
「こんなの全然たいした重さじゃないでしょ。それにいらなくないもん」
「いらねーよ。そういうのを無駄買いって言うの」
「いるの。なによ、じゃあククールにはあげない」
「あーごめんなさいすみません、やっぱりいります無駄じゃないです甘いもの」
その調子の良さに呆れながらも、パクリとお菓子を食べながらゼシカが尋ねる。
「何がいいの?キャンディ?クッキー?チョコ?」
「ん~チョコ」
「はい」
少ししゃがんで首を突き出すククールの口の中に、ゼシカはチョコレートを入れてあげる。
もぐもぐと咀嚼して、は~、と息。
「うめ。やっぱこんな大荷物持たされて疲れてたんだなオレ。かわいそう」
「勝負に負けた人が何言ったってはじまらないわよ」
そっけないことを言いながらもゼシカは楽しげに笑って、大きなクッキーを半分に割り、
ククールの口に突っ込んだ。そしてもう半分を自分で食べる。
「おいしー」
幸せそうに両頬を抑えるゼシカを見て、ククールも微笑んでしまう。
「そりゃよかった」
「次は何がいい?」
「オレはもういいや。ゼシカ好きなだけ食べろよ」
「えっ、これだけでいいの?もういらないの?」
「甘いものは今ので十分」
「男の人って信じらんない…」
「常に甘いもん持ち歩いてる女の子の方がオレからするとよくわかんねぇけどなぁ…」
ゼシカのウェストポーチの中に、常にチョコや飴が入っていることをククールは知っている。
ぶつぶつと何か言いながらキャンディを口に入れるゼシカに、
「甘いものはいいけど、なんかしょっぱいもの、買ってない?」
「しょっぱい?フライドポテトは?ヤンガスが買ってたと思うけど」
「なんでもいい」
再び袋を探って目的のものを探し出すと、ゼシカはポテトの箱を持って、その一本をククールの
口に運んだ。ゼシカが口元に近付けるたびに、あーと口を開いてそれを食べるククール。
「飲み物ある?」
「お水なら」
荷物を両手いっぱいに抱えた彼に、食べ物を食べさせてあげる彼女。
その光景が道行く人々の目にどう映っているかなんて、本人たちにはどうでもいいことだ。
水筒のコップに水を注いで飲ませ、ポテトと言われればそれを食べさせる。
しばらくそれを繰り返し、ゼシカは はた、と気付く。
「…なんだかアンタ、いいご身分になってない?」
「仕方ねぇだろ、両手ふさがってんだから」
それはそうだけど、とゼシカは口唇をとがらす。
ククールの罰ゲームなのに、これじゃまるで。
「…私がククールのために奉仕してるみたいじゃない」
ゼシカがふてくされて睨むと、ククールは最高の笑みでにっこり笑った。
「わたくしはお嬢様の大切なお荷物をお預かりしている身ですので、それは大きな誤解というものです」
「だったら自分で食べなさいよっ」
「こんだけ荷物持たせといてどの口が言うかなーそんなこと」
うぐう、と言葉を詰まらせるゼシカが可愛くて、ククールは笑いが抑えきれない。
「あーうまかった。ごっそさん」
「まったく夕飯前なのにあんなに食べちゃって…。お腹ふくれない?」
「全然?むしろデザートとか欲しい気分」
「…ほんと信じらんない」
「なぁ、さっきのお菓子くれよ」
「ダーメ。これからご飯食べるんだから、我慢しなさい」
「菓子の一つや二つで腹なんかふくれねぇって」
「ダメ」
問答を続けるが、こうなった時のゼシカは断固としてククールのわがままを通さない。
そこらへんの「しつけ」に関しては厳しいゼシカだが、いい年した大人の彼が甘いものをねだって
ブツクサと文句を言う様がなんだか無性におかしくて、思わず口元がゆるむ。
「…ったくよー。ゼシカって時々、変に意固地っつーか態度デカイっつーか…」
「はいはい。そんなに言うなら一つだけ、あげてもいいわよ」
わざとらしくため息をついてゼシカが譲歩する。
「え、マジで?珍しい」
「そうよ。特別なんだから、ちゃんと味わって食べなさい」
ゼシカが包みの中から取り出したお菓子の一つを手に取る。
ククールは愛想よく返事をしながら、今まで通り、ゼシカの方に身をかがめた。抱えた荷物がこぼれそうだ。
「もっと、しゃがんで」
「もっとって、これ以上は…わっ」
いきなり強引にマントの裾を引っ張られ、ククールの体が思い切りゼシカの方にかたむく。
荷物が落ちる―――、咄嗟にそう考えたのと、同時。
ククールの頬に、ゼシカの口唇がふわりと触れた。
ドサドサドサッ。
大きな荷物が音を立てて地面に落ちる間、ククールは石のように硬直していた。
そして、素早く離れたゼシカが数歩先まで走って、ふいに振り返り、
「――――間食もほどほどにしなさいよね!」
そう叫んだのを聞いた時も、まだ硬直していた。
彼女の姿が先を歩くエイト達に追いつき、さらにその道の向こうに姿を消してから。
ようやくククールは口元を手で覆い、ゆっくりと天を仰いだ。
「……………………間食なんかじゃねぇよ」
地面に転がる荷物の存在に気付き、それを拾うため怠惰にしゃがみこむ。
上の空でそれらを拾っていると、さっきゼシカが手に持っていたチョコレートが、まぎれて落ちていた。
それを拾って、包みを開いて、口に入れる。
甘い、とククールは呟いて、小さく笑った。
そっと頬を撫でながら。
それはチョコレートより、キャンディより、何よりも甘い。
この世で一番甘いもの。
2人の頬が赤く見えるのは、夕焼けのせいだけじゃ、きっとない。
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最終更新:2010年05月07日 18:57