桜。満開。お花見。お酒。
過酷な旅の途中とはいえ、時には息抜きも必要だ。
たいして強くないくせに調子に乗って飲みまくるトロデ。
皆のそばに座り、共に桜を愛でるミーティア姫。
主君の相手をしながらも楽しく飲んでいるエイト。
上機嫌に酒瓶をあおるヤンガス。
甘いカクテルチューハイを飲むゼシカ。
いつものように淡々と杯をかたむけるククール。
以前ククールに強い酒禁止令を出されたゼシカは、缶の表示を見て「これならいい」、
とククールに渡されたアルコール度数4%のとろけるチューハイ旬果搾りピーチ味を飲んでいた。
2缶、そろそろなくなろうかという頃合い。少しだけフワフワしてきて、まさにホロ酔い。
見上げると満開の桜。ヒラヒラと舞い散るピンクの花びら。ポカポカ陽気。
あぁ…なんて平和。暗黒神の存在なんか忘れてしまいそう…あははうふふ
「――――ゼシカ」
ふいに場にそぐわない強張った声音で名を呼ばれ、ゼシカは声の主を振り返った。
「…なぁにククール、怖い顔して」
「ちょっとこっち向け」
「…なに?」
「話がある」
「…なによぅ…」
せっかくいい気分なのに、景気の悪い不機嫌顔。無駄に美形なだけに、この男が凄むとけっこう怖いのだ。
ゼシカは口唇をとがらせてククールと向き合う形でペタリと彼の前に座った。
「…お前、いい加減その服やめろ」
「は?」
唐突すぎて一瞬理解できない。
大胆に肩と背中と胸元を出した紫色のカットソーに、ボリュームのある赤いドレススカート。
今日はとくに目立つような装備も付けていない。
「服って…いつものじゃない」
「それをヤメロっつってんの」
「いきなり何?まさか酔ってるんじゃないでしょうね」
「これくらいで酔うかよ。これは真面目な話だ」
確かに…ワイン一本くらいでククールが酔うわけもないことはゼシカも知ってる。
「どこが真面目よ。何度も言うけどね、これは私が好きで着てるの。
アンタにつべこべ言われる筋合いなんかこれっぽっちもな…」
「オレも何度だって言うけどな、無駄に露出ばっか高くて防御力もなくて、
なんのために着てるんだって話だよ。いらねんだよそんな露出。やめろよ」
「なっ…」
あんまりな言い草に乙女心が傷つき、ゼシカは思わず声を詰まらせる。
「な、なにがよ…っ!あ、アンタに見せるために着てるんじゃないもの…ッ
…っ、……関係ないでしょ!」
「ウソついてんじゃねぇ。オレに見せるために着てるんだろ、関係大アリだろうが」
「はあぁ!?何を偉そうにうぬぼれてんのよっ!!」
「うぬぼれじゃない」
キリッwと視線を向けて見つめられ、わけのわからないままゼシカは口をつぐむ。
「それよりもっと実用的なのあるだろ、全然肌の出ないヤツとか分厚いヤツとか。
オレが何回言っても聞きゃしねぇし、オレが何渡しても着ねぇし。いい加減にしろよ」
まくしたてるように言われ、まるで自分が悪いような気にさせられる。そんなはずはないのだけど。
「…だ、だって、アンタの渡してくる装備ってみんな、ブカブカだしゴツイし、可愛くないんだもん」
「当たり前だろうが。カワイイカワイクナイで装備を選ぶな」
「だって…!」
「だってじゃない」
「く、ククールの言う通り、ビキニとか、ビスチェとか、もう着てないじゃない…!
アンタが着るなって言うから、わたし…」
そう、その合意に至るまでにも散々衝突したのだ。
なぜそこまでククールが必死になるのか全く理解できないまま、
だけどあまりにもうるさいのでゼシカの方が折れてしまい、今に至る。
それなのに、今度はいつものこの服まで?
「あんなもん着ないのは当たり前だろ。ビキニとかバカか。あんなんで戦うとか」
「防御力高いじゃないっ」
「うるさい。お前の反論は聞かない」
「……ッ」
ピシャリと切り捨てる強引さが、理不尽なはずの流れをククールに有利にする。
こんなに傲慢に振る舞うククールははじめてで。
ゼシカは怒りより戸惑いばかりで、ろくに言い返すこともできない。
「とにかくその服も認めない。オレが認めない」
まるで君主のように見下ろしてくる鋭い視線。
ねめつけるような視線がまるでこの姿を蔑まれているように感じて、ゼシカは悲しくなる。
「…なによ…」
「そんな胸出しすぎの服、着る必要ないだろ。今すぐ替えろよ」
「……なによ、ククールのバカ…」
「バカはお前だ。背中も肩も、ちゃんと隠れるヤツにしろ。なんだってそんな」
「なによっ!!アンタの好みじゃないだけでしょっ!!」
「そんなこといつ言った?」
「悪かったわね可愛くなくてっ!!どうせ私は可愛くないわよっ!!」
「だからんなこといつ言った!?」
「バカッ!!ククールなんか大嫌い!!似合ってないならそうはっきり言えばいいでしょ!!」
「オレの好みドストライクだし最高にカワイイし世界一似合ってるに決まってるだろ!!」
……!?
完璧な真顔でハッキリキッパリ言い切る色男。
「ほんっとバカじゃねーのお前!?カワイイんだよ最高に!当たり前だろ!?
オレのゼシカなんだから!!誰が誰の好みじゃないだと!?ふざけんな!!」
「あっ…、……あ、アンタ、ちょ」
「似合ってるよ!あぁ最高にな!萌え萌えだよ! お前は何着たってカワイイよ!!」
「…………」
変なものを見る目で固まっていたゼシカの顔が徐々に真っ赤に染まっていく。
…これは、赤くならざるを得ない。
ククールはひたいに出を当てて大げさにため息をつく。
「あぁチクショウ、ほんっとお前バカ。わかってねぇ。なんっっにもわかってねぇ」
「な、な、な、なにがよ…っ!あ、アンタ頭どうかしちゃったんじゃないの…!?」
「どうかしてんのはお前だよ。なんでわかんねぇの?何回同じこと言わせんの?
なんでオレの言うことがきけねぇんだよ」
「だっ、だからっ!なんで私がククールの言うことを聞かなきゃいけないのよ!!」
「オレがお前に惚れてるからだろうがッ!!」
ドンッと叩きつけられたワインボトル。
相変わらず凄まじいまでに、―――真顔。
でも、言ってることはおかしい。
…ん、ワインボトルじゃなくって…にほんしゅ…?
「だ・か・ら・イヤなんだよ!いい加減わかれよこのニブ!!鈍感女!!ガキ!!」
「んなっ、なんですってぇ!?」
「世間知らずで箱入りで井の中の蛙!!身体ばっか成長しやがって手に負えねぇ!!」
「アンタねええぇえぇええええ!!!!!!!」
もはや完全に頭に血が昇った2人は臨戦態勢で立ち上がる。
「だから何が言いたいのよこれ以上バカにしたら承知しないわよ!!!!」
「じゃあ言ってやるよ!!他の野郎の前で露出高い服着るな!!絶対着るなッッ!!!
今度着たらもう許さねぇ、裸にしてオレの部屋に閉じ込めるぞ!!!!」
「や…っやれるもんならやってみなさいよこの変態!!!」
「あぁ、あぁ、やれるもんならとっくにやってるよ!!ムカつくんだよ、
めちゃくちゃムカつくんだよ、カワイイお前を他の奴に見られるのが!!
その胸とか!ケツとか!!太ももとか!!!顔も、声も、全部ッッ!!!!
誰にも見せたくないんだよ!!オレだけのものにしときてぇんだよッッ!!」
「……っ、バカッ!!わがまま!!だからって、そんなわけにいかないでしょ…ッ!!」
ゼシカももう、彼が一体どんなトンデモナイことを堂々と叫んでいるのか、
深く考える余裕もなく、とにかく無我夢中で反論するしかない。
「…そうだよ、そんなわけにはいかねぇよ…」
ガッと、ククールがゼシカの肩を掴んだ。ゼシカはビクリと身体を震わせる。
間近に見つめてくる彼の瞳はとても切なくて、とても苦しそうで…
「…だから…」
「…ぁ…っ」
強く抱きしめてきた両の腕に、ゼシカは硬直する。
そのまま背後の大きな桜の木に背中ごと押し付けられた。
「オレのために着てるんだろ…?…オレのためだけに着とけばいいんだよ。…
……そういうことに、してくれよ…なぁ、ゼシカ」
「く、クク…?」
「頼むから…」
うなじに彼の熱い息がかかる…
「…。…………じゃねぇと、……オレ……」
「えっ、やだっ、ククール?」
「…………嫉妬で狂いそうに…………」
「ちょっ、なに、危な…、きゃ…っ!!」
ククールが全体重をゼシカに傾けてきたので、抱きしめられた状態だったゼシカは
桜の木をバックに、そのままズルズルと倒れるように座りこむ羽目になった。
「……ククール?」
呆然と見下ろすと、人の膝の上でいびきをかいて眠りこけている…バカ。
なに?ここまで来て、そういう逃げ方する?
呆れ果てたゼシカが信じらんない、と呟くと、どこから聞いていたものか(多分最初から)、
ヤンガスが苦笑いを浮かべて頭をかいた。
「いやー悪かったでげすなゼシカのねえちゃん。渡した酒がまずかったみてぇだ」
「え、…お酒?」
「日本酒っつって、どっか東の方の国の酒らしいでげす。まさかククールが
こんなわけのわからねぇ酔いかたするとは…」
「や、やっぱり酔ってたの!?…でも、この人お酒強いのに」
「あっしも強えぇが、これだけは体質に合わねぇとか悪酔いするとかいうのがあるでげすよ」
「ククールにとっては“にほんしゅ”がそうだったってわけね…」
ようやくことの次第が把握できたゼシカは、大きなため息をつくしかなかった。
さっきまでこのスカした色男が、恥ずかしげもなく大真面目に、大声で主張していた
口上を思い返して、こめかみを押さえて顔を赤くする。
よくもあんな恥ずかしいことを、間違ったことなんて何一つ言ってない、
とでも言わんばかりに、堂々と、偉そうに、真剣に言えるものだ。
…だけど、しょせんは酔っ払いの戯れごと。
そんな風に片付けてしまうのも、面白くないけれど。
膝の上で幸せそうにむにゃむにゃと寝言を言っているククールを脱力して見下ろす。
そのほっぺを軽くひねってやりながら、
「……まったく、もう、ホントに…」
素直じゃないんだから…
誰にも聞こえない小さな呟きは、どこか幸せそうに春風にまぎれて消える。
彼の耳元で、言い聞かせるようにそっと囁いた。夢の中にも聞こえるように。
「―――……起きたら全部忘れてるなんて、許さないわよ?」
こんなやり方、卑怯すぎるもの。
「今度はぜーんぶ、シラフで言ってもらうんだから、ね」
ピンク色の桜の花びらが、そんな2人の周囲を包み込むように、優しく舞った。
最終更新:2010年05月07日 19:22