※続・おかしなくすり※







未だかつてこれ以上最悪な朝を迎えたことはない。
ぐちゃぐちゃのベッドの上、おざなりに脱ぎかけたズボンだけを身につけた自分と、隣には眠る裸の女。
ありがちなシチュエーションだが、違うのはオレと女の関係だ。
馴染みの女でもなく行きずりの女でもなく、後腐れのない女でもなくセックスに慣れた女でもない。
オレが昨夜寝たのは――……旅の仲間であり、それまで冗談でキスくらいしかしたことのない、
そして鉄壁の処女である…要するに何があっても手を出してはいけなかった…ゼシカ、だ。
しかも、寝たとか抱いたとか言えない。オレは彼女を、犯した。
事前交渉なんかあったもんじゃない。同意も何もない。ただ、てめぇの性欲に負けて、ヤった。

床に転がる酒の瓶に視線を向ける。あの中に媚薬まがいのものが紛れ込んでいたらしい。
でもそんなこと、当然いいわけには通用しない。
なぜならオレは、オレ達がそれを飲んだらしいこと、「それがわかっていた」んだから。
異常な性欲を感じた時点でゼシカから離れ、いくらでもそれを発散させる方法はあった。
もしゼシカを一人置いていけないと思ったとしても、彼女の欲だけを発散させてやることはできたはず。
わざわざ犯す必要はなかった。それはあの時あった選択肢の中で、最もサイアクな選択だった。

わかっていたのに――ゼシカが自らすがってきた時も、口唇をむさぼった時も、
挿れようとするその瞬間にも、頭のどこかでわかっていたんだ。
「これは最低最悪で卑劣な行為だ」と。
「ゼシカを汚すだけの行為だ」と。
そして頭の中でそう反復すればするほど、オレは背徳感に興奮し、我を忘れた―――

隣で身動きひとつせず寝息も立てずに眠り続けているゼシカの顔は、まるで紙のように白い。
頬に残る幾筋もの涙の跡。首筋や肩、鎖骨をたどって、露わになっている胸のそこかしこに
見える大量のキスマーク。ふとんで隠されている下肢なんか、確認するまでもない。
どんなひどいことになっているのか、想像もしたくない。
何かの惨劇の被害者のように…死んだように横たわる、ゼシカ。
心臓が、握りつぶされるように委縮した。


朝日が昇り、鳥の声が聞こえてくる。いつまでもこのままでいるわけにいかない。
若干きしむ身体を強引に動かしてベッドから降り、ズボンをしっかり履き直そうとして…
自分の下半身もひどい有様なのに気付いた。溜息を吐き出し、濡らしたタオルで全身を拭く。
ズボンを履きかえシャツをはおり髪の毛を適当に結んでから、ゼシカを振り返る。
…目を覚ませば知ることになる現実だとしても、突き付けるにはあまりに酷な光景だ。
オレは彼女の身体を抱き起こし、新しいタオルで全身を拭った。身体を返しても、ゼシカは起きない。
わずかに躊躇したが、最も汚されているはずの足も開いて、内股もしっかりきれいにしてやる。
人形のようにされるがままに足を開く柔らかい体。自分の欲の証と彼女の欲の証がこべりついている。
絡み合っていたのなんかついさっきだ。床でもやって、いつのまにかベッドに移動して、
そこでも散々やった。そのうち気絶するみたいに(実際ゼシカは多分気を失ったんだろう)
倒れこんでから、おそらくそれほど時間は経ってない。性交のあとはかなり生々しい。
今は貞淑に閉ざされているその裂け目にそっと指を入れ、中に残る忌まわしい残骸をかき出す。

―――何回出したっけ。

その量を見つめながら、ぼんやりと考え、首を振る。覚えてるわけねぇよ。
罪悪感とおぼしきものが胸をミシミシと締め付けるが、精神はいたって冷静な自分はどうかと思う。
冷静に、すごく冷静に、もし妊娠させてたらどうしよう、とか、考えている。
でも、思考はそこで停止する。それが心に届かない。
…冷静というより、感情の回路が閉じてるんだ。
ただゼシカの顔を拭ってやる時だけ、手が震えた。

自分がぐちゃぐちゃにした彼女の衣服を身につけさせるわけにもいかず、
部屋を漁って備え付けてあった薄手のガウンをはおらせる。
一度ソファに彼女を移動させてからシーツも枕もふとんも剝ぎとり、バスルームに放り込んだ。
マットレスが剥き出しのベッドにもう一度ゼシカを寝かせ、これも備え付けの毛布をかけてやる。
そして床にゴロゴロと放り出されている酒瓶を手早く片付けると、オレは部屋を見渡した。
室内は、穏やかな空気を保っている。ついさっきまで行われていた、性欲に支配された男と女の
狂乱じみた交わりなど、本気でなにごともなかったかのように。
―――このまま、オレが部屋を出て行けば?はたしてどうなるだろう。
ゼシカは混乱しつつも、昨晩のことは夢だったのかと信じ込むだろうか。
そしてオレだけが、この記憶と罪の意識をこれから先ずっと抱えて秘密にしていけば―――

呻くような声と衣擦れの音が聞こえて、ハッとした。
振り向くと毛布の中でゼシカがもぞもぞと身体を動かしている。

―――――なかったことになんで、できるわけがない。そんな無責任なことはしない。
それに、オレの望みは、本当はそんなことじゃない。

ゼシカに覚えていてほしい。オレに抱かれたことを。
結婚する男に捧げるのだと信じていたモノを、このオレに奪われてしまったということを。

この後に及んで奥底から湧きのぼってくる薄汚れた欲望に、激しい嫌悪を覚えた。
それでもじっと、ゼシカが覚醒するのを待つ。
ここで昨夜オレ達が2人してどれほど淫らな行為に溺れたか、彼女に突きつけるために。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年05月10日 02:29
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。