トロデーンの夜景は美しい。
広大な庭園にぽつりぽつりとランプが灯り、着飾った紳士淑女が笑いざわめく。
それは、世界に平和が戻った証だった。
昼間のうちの馬鹿騒ぎもやがておちつき、弦楽の舞踏曲が楽しげに流れてくる。
テラスの精巧な柵に手をついて、ゼシカは曲のテンポに身を任せて軽くリズムを取っていた。少し飲んだワインの酔いが夜風に吹かれて心地よい。
ゼシカは目を閉じた。
ふと背後に人の気配。
「何か御用かしら?」
あまりにも慣れ親しんだ気配だったので、笑い含みに問いかける。すると、やはり苦笑した気配がした。
「こんな素敵な宵に、テラスに佇む美しい女性。お暇でしたら是非ダンスのお相手をと」
「どうしたの、ククール。そのマスク」
キザったらしい台詞廻しに振り返ってやると、その顔に思わず呆れた。
彼は顔の半分をマスクで覆っていたのだ。ファントムマスクというやつである。
普段彼が好きこのんで装備している、見慣れた品だが、こんな夜会の場でその姿は何故か見慣れない。
彼は唇に笑みを浮かべると、ついとゼシカの手を取った。
「今の私はククールではありません。魅力的すぎる貴女に胸を焦がす一人の名も無き男です」
そして手のひらにそっと口づける。
流れてくる曲が終わりを告げた。
不意にしんとなる。
いつもなら、「バカ?」とか言って振り払うのに、今日はなんだか調子が狂う。
「じゃ、一曲だけ」
ゼシカが頷くと、また新しい曲が始まった。
ややスローなワルツだ。
「光栄です」
彼に手を引かれてテラスを降りると、踊る人々の中に紛れ込む。
やさしいリードに導かれ、ステップを踏む。
仮面に隠れた彼の顔がとても真剣な気がして、ゼシカはなんだか切なくなった。
最終更新:2008年10月22日 19:39