かわいくなんかない





お騒がせ兄妹の護衛をなんとか終え、ベルガラックのカジノが華やかに再開したあとのこと。

「実際アッシらがいなかったら、フォーグもユッケも竜骨の迷宮で行き倒れてたかもしれねえでげすよ」
「もしそうなったら跡取りが亡くなったってことで今ごろカジノは人手に渡ってたかもしれないわね…」
ヤンガスの言葉にゼシカは頷いて、事態が丸くおさまって本当によかった、と胸をなで下ろした。
しかしそこに水を差してきたのはククールだ。ふんと鼻で笑って肩をすくめ、
「…その方がよかったんじゃねーの?
この先兄妹ゲンカが起こるたびに カジノが閉鎖したら、客もいい迷惑だろ」
ゼシカは一瞬目を丸くして、それから はあっ、とわざとらしいため息をついた。
「それがあなたの本心じゃないくせに、わざと冷たく突き放したことを言って
カッコつけるのはよしなさいって」
思わずこぼれたゼシカのツッコミに、ククールはぎょっとして、珍しく動揺を顔に張り付けた。
「うっ うるせーな!」
「よかったじゃない。兄妹は仲直り、カジノも無事復活。素直に喜んでおきなさいよ」
「…うるせぇっつーの」
ククールはろくに言い返しもできず、不機嫌に背中を向けて先に行ってしまった。
その後ろ姿に、残った仲間たちは顔を見合わせてクスリと笑うのだった。

             *

「…か・わ・い・く・ねえぇぇええーー」
「あはは」
酒場でグラスをテーブルに叩きつけたククールに、爽やかな笑いを返すのはエイトだ。
「何がおかしい」
「あ、ごめん」
そう言いつつあっはっはっはと声をあげて笑うエイト。
ククールは頬をひきつらせるが、無視を決め込んでひとり言のように呟いた。
「かわいくねぇ。あんなにかわいくない女マジではじめてだぜ。ムカつく」
「ほぅほぅ」
「あんな顔してよーギャップありすぎんだろ。黙ってればいいのに口開くとアレだよ。何様よ。
言いたいこと言いやがって。あー腹立つ。カワイクねぇ」
「ふんふん」
「おまけに魔法は最強でムチはつぇえし胸はアレだしケツもアレだしなんなのアイツ」
「くっくっく」
怒り心頭のククールに対して、何がおかしいのかエイトは終始ニコニコニヤニヤしている。
「おい気持ち悪く笑ってねぇで。なぁ、お前だって思うだろ?」
「なにが?」
「アイツ、ホントに可愛げがないったらありゃしねぇ。史上最強にかわいくない女だよ」
「ゼシカはかわいいよ」
「はぁ?どこが」
「ククールもかわいいけど」
「…きめぇ」
「あははは」
げんなりしたククールが、ブツブツ言いながらも愚痴をおさめて飲むに徹したので、
お互いしばらく無言で酒やつまみを消化していた。


「―――…あんなにかわいい女はじめてだよ。おかげで退屈しないで済みそうだ」
やがてエイトが微笑みを浮かべたままポツリと言葉をおとしたので、ククールはぎょっとした。
「…なんだって?」
「美人だし身体はエロいし、なんと言ってもあの気の強さがたまらない」
「…エイト?」
「それにオレを見る時のあの目ときたら!精一杯の抵抗と虚勢はわかるけど、
オレに惹かれてるのは隠しようがないらしい。そのくせ触れられるのは許さない」
「……おい」
「あの顔とあの幼稚さに対してあのボディというギャップが、どうしようもなくそそる。
一日中からかってても飽きないね。怒らせた顔がまた極上にかわいいのさ」
「…………。」
「かわいいね、ホント。さすがのオレも、あんなに可愛い女はじめてだよ。
 どうにかしてやりたくなる。最高にかわいい。―――史上最強に、かわいい」
「………………………………。」
いまやククールは絶句していた。非常に嫌な予感に襲われたからである。
限りなく聞き覚えのある言葉の羅列…
エイトがにっこり笑って、悪びれなく言った。
「仲間になったばかりの頃のククールのセリフだよ」
確かに、覚えはある。聞き覚えではなく、言った覚えが。
「……~~お前……」
「いやー、なんとなく思いだしただけなんだけどね」
ぼく記憶力いいんだよねーなどと嘯くエイトは確実に確信犯だ。
「あの頃はさっきみたいに、ゼシカのこと毎日毎日かわいいかわいいって言って
かまってかまってからかってからかって燃やされて、へらへらへらへらしてたなぁ、と思って」
「…あのな…」
「そのククールがいまや“あんな可愛くない女見たことない”だもんね。いやぁ、人間変わるもんだよね」
「うるっせぇぞエイト!!!!」
頭を抱えたククールが悔し紛れに怒鳴っても、エイトにはのれんに腕押しである。
「不思議なのは、あの頃より今の方が、断然君たちの仲がいいように見えるってことかな」
困ったようにわざとらしく首をかしげ、両手を広げてククールに問いかけた。
「“かわいくない”のに、どうしてだろうね?」
爽やかなのかふてぶてしいのか、掴みどころのない笑顔はもはやエイトの特技だ。
ククールが苦虫を噛み潰したような顔でエイトを睨む。頬がわずかに赤いのは、酒のせいのはずだ。

「…………お前はホンットにかわいくねぇ」
「ククールはかわいいけどね」
「死ねッ」

                 *


「ククール!」
エイトに勘定を押し付けて酒場から一人帰る途中、聞き慣れた声がしてイヤイヤながら後ろを振り向いた。
思った通り、そこには胸元を魅力的に揺らしながら走ってくるツインテール。
「…お前な…夜になったら一人で出歩くなって何度…」
「どこにいたのよ?まぁいいわ、ちょっと付きあって」
「聞けよ」
酒場での色々なアレのせいで、彼女の顔をまともに見られないククールのいつもより弱々しい小言など
完全にスル―して、ゼシカは彼の腕に手を回して強引に引っ張った。
「なんだよ、酒場ならもう行かねぇぞ」
「違うわよ。連れてって」
「どこに」
連れてってと言いながらスタスタ進むゼシカに、ククールは怪訝な顔を向ける。
ゼシカは子供のように無邪気に、満面の笑みを浮かべて夜空に浮かぶネオンを指さした。
「カジノ」
再開したばかりのカジノに浮足立っているのは住人ばかりじゃない。
そのうち情報が行き渡れば、他の町や地方からも待ちかねた客が大挙して押し寄せるだろう。
本格的に混む前に、一通りめいっぱい遊んでおきたいの、とワクワクするゼシカ。
「ヤンガスに言われたの、一人では絶対行くなって。だからあなたを探してたのよ」
「ヤンガスと行けばよかったんじゃねーの?」
ククールはぶっきらぼうに答える。
「ダメよ。本人も言ってた、自分は賭けごとに向いてないって。エイトも経験ないって言ってたから、
どうせなら詳しいククールと行った方が絶対楽しめるじゃない」
「詳しいねぇ。どうせイカサマは禁止なんだろ?」
「当たり前でしょ!もしバレたら、あの兄妹に何言われるかわかったもんじゃないわよ」
「再開したのは半分オレ達のおかげなのに、結局カジノで金落としてるんじゃ、
オレらは貧乏くじで、アイツらは完全においしいとこ取りだな」
「それをなるべく落とさないために、あなたを連れてくのよ」
相手が付いてきてくれるとカケラも疑っていないその様子が、なんとなく面白くない。
無理やりに立ち止まって腕を振り解き、不思議そうな表情で振り返るゼシカに、言ってやった。
「……正直、もう眠いし、風呂入りたいし、メンドクサイんだけど」
本当は、どんな理由であれ自分を選んでくれたのが嬉しいし、これから
楽しいデートをできるのが間違いない状況に、心躍らないわけがない。
だから精一杯の仏頂面で、精一杯の虚勢で、精一杯の抵抗をしてみる。
ゼシカは心底驚いた顔でまじまじとククールを見つめていたが、
しばらくしてふいに眉尻を下げ、小さな声で言った。
「…そうなの…ごめん、私、浮かれちゃって」
垂れ下るツインテールに、こみあげる罪悪感がククールをじりっと苦しめる。
もうすでに後悔している。…早すぎないか、自分。
「えっと…じゃあ、とりあえず一人で行ってみる、ね。
大丈夫チラッと見てくるだけにするから。ヤンガスには内緒にし…」
「いや待て。一人でだけは行かせない」
「だって」
ゼシカの細い腕を掴むと、戸惑いに満ちた瞳がククールを見上げる。
いつもなら絶対に見られない、不安に揺れる弱々しい表情。
ゼシカが再びククールの腕に腕をからませ、控え目ながらそっと寄り添ってきた。
彼女の豊かすぎる胸がククールの腕に押し付けられる。見上げてくる潤んだ瞳。
「…お願い、一緒にきて?……ククールじゃないと、ダメなの」

…………………………くそぅ…かわいい…っ
ククールが心の中でそう思ってしまったのは、敗北宣言に等しかった。

上機嫌でカジノに向かって進んでいく少女と、腕を取られ、半ば惰性のように付いていく青年。
「…ゼシカさん。…胸、当たってますけど」
ククールは遠い目をして半笑いだ。一方のゼシカはクスッと微笑み、
「おいろけスキルも、役に立つでしょ」
付いてきてくれるわよね?と、大変キュートにウィンクをして見せるのだった。
ククールは複雑な笑みと、諦観に満ちたため息を同時に吐きだす。
もちろん。お望み通り、華麗にエスコートいたしますよ、お嬢様。オレは君の騎士だから。
いつの間に、こんなに勝てなくなっていたのだろう、と思う。
いまやすっかりおいろけスキルを使いこなす、こんな危険な小悪魔に。
ウブな彼女を翻弄して楽しんでいたのは、そう昔のことでもないというのに。
「…かわいくない」
「なんですって?」
「なんでもないです」
満足げによし、と頷く彼女は、やっぱりどうしようもなく可愛くない。…わけがない。
かわいいかわいいと連呼していたあの頃より、今の方がよっぽど愛しく感じているのはなぜだろう。
勝てなくて、ムカつくのに、腹が立つのに、それが彼女と自分の距離の近さの証明なのだと
わかっているから、悔しいような、でもそれだけじゃない、くすぐったいような胸の内。

目前に巨大なカジノが近づいてきた。煌びやかなネオンに、否応なしにテンションが上がる。
「わーすっごーい!間近で見ると全然迫力がちがうのね!!このネオン素敵!!」
ククールの腕にしがみついたまま、ゼシカはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
ククールはふんと鼻を鳴らし、皮肉な笑みを浮かべる。
「どいつもこいつもこの灯りに惹かれて集まり、有り金と魂を吸い取られるわけだ。
飛んで火にいるなんとやら、そのまんまだな。なんとも滑稽だぜ」
ゼシカはその様子をじぃっと見上げ、それから、はあっとわざとらしいため息をついた。
「…それがあなたの本心じゃないくせに、わざと冷めてるフリして、かっこつけるのはよしなさいって」
「―――うっ、うるせーな!!!!!」
「ほんっと、ククールってかわいいんだから」
「かわいくねぇっつってんだろ!!!!!」
思わず声を張り上げてしまった時点で、図星であることを露呈してしまっているわけで。
ゼシカはクスクス笑い続け、ふてくされたククールが「やっぱやめる」ときびすを返すのを、
ゼシカの腕が自然に掴まえた。
見上げてきた彼女の笑顔には、ただ純粋な好意があるだけで、思わず脱力してしまう。
ククールの決まり悪そうな表情など気にもせず、ゼシカは大きな扉に手をかけた。

「カジノ好きなんでしょ?」
「…。」
まだブスッとしている彼に、ゼシカは屈託なく笑いかける。
「一緒にめいっぱい楽しもうね、ククール」
子供のようにはしゃぐその表情に、ククールは次第、色々なことがバカらしくなってしまった。
つまらない意地や矜持など、彼女の前ではなんの役にも立たないのだ。
「…あぁ」
あきらめて笑い返すと、彼女はククールの腕を掴む手にぎゅっと力をこめ、
嬉しそうに見上げてくるのだった。

かわいかろうが、かわいくなかろうが。
オレはきっと永遠に、ゼシカには勝てないのだろう。
輝かしい勝利だけを求め遊びに興じる人々の中で、ククールはそんな風に確信して、一人笑った。



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最終更新:2010年05月21日 23:44
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