「もうっ!なんでこんな時に来るのよぅ!今日はお化粧手抜きなんだからねっ!」
ドニの町の酒場に大きな声が響いた。
久々に地元へ帰ってきたククールに、酒場のバニー達が次々と彼に言い寄る。
「ククール、会いたかった~!」
「ばか、来るのが遅すぎなのよ…」
「次はいつ来てくれんのよぅ?!」
などなど、バニー達は、甘えたような怒ったような目でククールを可愛く睨みつけていった。
「わかった、わかったって…ったく。しかし俺も罪な男だよなぁ」
ククールは軽くバニー達をたしなめた後、カウンターの席へ腰掛けた。
「相変わらずモテモテだこと」
隣に座ったゼシカが皮肉っぽく言った。
「妬いてくれてるのか?嬉しいねぇ」
渡されたブドウ酒を一口飲んでククールは言った。
「バーカ、違うわよ。でも…すごいよね」
「ん?なにがだ?」
神妙な顔つきでゼシカは続けた。
「あんな風にストレートに気持ちを出せるのって。ほんとにククールが好きなんだなーって」
ゼシカの言葉にククールは肩をすくめる。
「あれはあいつらのセールストークだっての。…それにお前だって俺にキツイことずばっと言うじゃねえか」
「種類が違うじゃない。だから…えーと…好きとか、そういうのを言えるのがすごい…ってこと」
「ふーん。うらやましいのか?」
ククールは何の気なしに言ってブドウ酒を飲み干した。
「べ、別にうらやましくなんか…ないわよ」
心の中を見透かされているような気がして、ゼシカは目をそらした。
本当は好きな人に…ああやって気持ちを伝えられることがちょっぴりうらやましいけれど。
けれど彼女達のように…ククールに面と向かって自分の想いを伝えるなんて、恥ずかしくて絶対できっこない。
「でもさ、俺達も戦いでいつ死ぬかわかんねぇんだから、言いたいことは言っといた方がいいと思うぜ?…例えば俺なんかにさ」
ククールはいつもの調子で前髪をかきあげた。
いつもならここでバカだのアホだの魔法だのが飛んでくるのだが、
「…他の娘に先に言われちゃってるんだから仕方ないでしょ…バカ…」
ゼシカはひとりごとのようにブツブツと言った。
「え?なに?」
「…なんでもないわよ」
ゼシカはぶっきらぼうに答えた後、唇をとがらせた。
宴もたけなわという時間だったが明日に備えるため早めのお開きとなり、一行は宿屋へ戻ることになった。
宿屋への帰り道。木々の香りを含んだ夜風が心地よい。
空には満点の星が輝いていた。
「あぁ、ゼシカ」
宿屋に戻る途中、
後ろから急にククールに呼び止められた。
なんだか嬉しそうにこちらへ向かって歩いてくる。
「なに?」
ククールはつかつかとゼシカに近寄ると、エイトとヤンガスが宿に入ったのを確認してからさらにゼシカに近づいていった。
そしてそのまま、ゼシカの華奢な体を抱きしめた。
ククールのマントが結った髪と一緒にふわりとなびく。
「ちょ、クク…!?」
夜風のにおいと、ククールの少し男っぽい香りがゼシカの鼻腔をくすぐった。
「さっきの、サンキュな…嬉しかったぜ」
一度ぎゅっと強く抱きしめた後、ゼシカの耳元でククールはそう囁いた。
顔を見ると心底嬉しそうな顔をしている。それはククールらしからぬ笑みであった。
「さ、さっきのって…」
「他の娘に先に…てな」
「な、聞こえて…!」
唖然とするゼシカの唇をククールは人差し指で押さえると、いたずらっぽくウインクをした。
「しかしもうちょっとムードのある告白できなかったのか?ありゃ愛の告白でもなんでもないぜ?」
「な、なんでっすってぇ!」
呪文を唱える体勢に入ろうとしたが、ククールに抱きしめられているので構えさえ取れない。
「もう!バカククール!!離しなさいよぉ!」
しばらく顔を真っ赤にしてジタバタしていたゼシカであったが、ククールの力にかなうはずがなかった。
「ったく…俺より先にコクるなよな」
「え?」
一瞬、時が止まったような気がした。
「…なんでもねぇよ」
ククールはお返しとばかりにそう言うと、ニヤリと笑ってきびすを返した。
「ちょっとククール!それどういう意味!」
「さぁな?もう遅いからさっさと寝ろよ、マイハニー」
怒鳴りながらも赤面するゼシカを尻目に、ククールは再び酒場の方へと消えていった。
「もう…!バカククール…!」
ゼシカは火照った頬を手のひらで冷やしながらそう言った。
そして、ひらひらと手を振る赤い後姿に「いーっっ」としてみせた後、宿屋の扉に手をかけた。
互いに、明日の朝がなんだか待ち遠しくなるような夜だった。
最終更新:2008年10月22日 19:23