体に突き刺さるような寒さから、ククールは目を覚ました。
ぶるっ、と身震いする。重い身体を起こし、あたりを見回す。
「………?」
知らない部屋。
自分が使っている物を含めてベッドが四つ並んでいる。右隣にゼシカ、左隣にヤンガス、その向こうにはエイトが眠っている。
けたたましくガラスを叩く風。窓の外には見慣れぬ雪の嵐、薄明るい夜。
まだハッキリしない頭で自分の置かれた状況を考える。
―――確か、オレたちは黒犬を追って北に向かっていて…
「つ…ッ!」
身じろぎすると、打撲のような鈍い痛みが全身を襲った。瞬時に記憶が蘇る。轟音と共に、視界に迫る圧倒的な白。ゼシカの悲鳴。
「雪崩が…!」
ベッドから飛び降りて、ゼシカを見る。
ゼシカは毛布にくるまって、
すやすやと安らかな寝息を立てていた。
ククールはゼシカを起こさないように毛布を剥いだ。
顔に色が無いのが気になるが、呼吸は落ち着いている。とりたてて大きな外傷はなさそうだった。
ホッと安堵の息をついて、一応他の二人の様子も見る。
いつもどおり必要以上に元気に寝ている凸凹コンビに少しうんざりして、寝ていたベッドにひとまず腰を下ろした。
「それにしても…ここはどこだ?」
あらためて周囲を検分する。古いけれど綺麗にしてある、人の手が行き届いた小さな部屋。
悪い気配は感じなかった。
誰か―――あの時先に行ったトロデ王あたりが、雪崩巻き込まれた自分たちを、近くにあった山小屋に運んだというところだろうか。
ククールがそんな事を考えていると、寝ている筈のゼシカが突然大声をだした。
「いい加減にしなさいよ…ッ!ククールッ!!」
いきなり名前を叫ばれて、ぎょっとする。おそるおそる声をかけてみる。
「ゼシカ…?」
返事は無い。
「どーゆー夢見てんだよ…。」
何もしていないのに、後ろめたさを感じるのは、日頃の行いのせいだろうか。冷や汗がでる。
「夢にまで見てくれるなんて、男冥利につきるね…。」
ククールはゼシカの寝顔を眺め、頭をそっと撫でた。
「う…ん…寒い…ククール…」
ゼシカは仰向けに寝返りを打って、言葉を洩らした。
続けざまに名前を呼ばれてドキリとする。ささやかな嬉しさで、心が小さく波立つ。
「寒いって言っているし、身体で暖めてやろうかなぁ。」
下らない発想は言葉に出して言うと、急に現実味を帯びてきた。
ゼシカは本当に寒そうだった。むき出しの肩は鳥肌が立ち、吐く息は白い。
ゼシカを暖める為に今自分が出来ること---抱いてやる他に何がある?
上向かれた、色の引いた唇は、乾燥して潤いを求めるようにほんの少しだけ開かれている。
しどけなく乱れた服からのぞく、肌理の細かい白い胸。
幸いにも“凸凹兄弟仁義”たちはぐーすか寝ている。
自分の腕の中でうっとりと目覚めるゼシカ。あわよくばキスして服を脱がせて…
---いや、それは駄目だろう!とククールは自分の不埒な想像に自らツッコミを入れた。
そう。ただ抱いて寝てやるだけでいいのだ。
ククールが躊躇うのは、ゼシカに対して自分の理性がどこまで働くのか、自信が無いからだった。
葛藤しながらゼシカの顔をみると、先ほどより更に色を失っている様に見える。触れてみると氷の様な冷たさだった。
あーもう、いい!どうなろうと必ず幸せにしてやるぜ、と立ち上がり、上着を脱いだ。
そのとき、カチャリと部屋のドアノブが音を立てた。
ドアが開き、見知らぬ小さな老婦人と、大きな犬が入ってきた。
ククールは上着を脱いだ姿勢のまま、硬直した。
「お目覚めですかな旅の人。」
「え…、あ、はい。」
なんとか返事をする。
「良かったです。上に来て温かい薬湯でも飲みなされ。」
「あ、でもゼシカ…連れの女の子が寒がっていて…」
「おお、そうでしたか。バフや、暖めておやり」
老婦人の命令に従って、犬がゼシカの横に寝そべった。犬はふかふかで、いかにも暖かそうだった。
「………。」
諦めたククールは老婦人の後ろに従いつつも、名残惜しく、犬に埋もれるゼシカを顧みる。
犬が白い目で見ているような気がした。
ククールは恨みと感謝のないまぜになった心境で犬を睨み返して、部屋を出た。
部屋のドアがしまるのと同時にゼシカの目が開いた。
「バカ…。根性無し…。」
ゼシカは閉ざされた扉と犬を見て、口を尖らせて小さく呟いた。
最終更新:2008年10月23日 11:50