wish

「ね、ククール…?何考えてるの?」
声を掛けられて我に帰る。
裸のオレ。オレの腕の下に組敷かれている、これまた裸の女。しわくちゃのシーツ。その周りに脱ぎ散らかされた、服だの下着だの。
「考え事してた。ごめん。」
女性と二人きりで居るときにぼんやりを決め込むのはマナー違反だ。オレは素直に相手に謝る。
「いいのよ…。」
彼女は優しく微笑む。数時間前、そのつやのある紅い髪が気に入って誘ってみた女。年齢がよくわからない。見た目は若いけど、落ち着いた雰囲気が漂う。
名前は確か…シンディちゃんだったかな?ケイトちゃんだったかも?いかんいかん。オレとした事が女性の名前を全然覚えていないなんて。マナー違反、二つ目だ。仕方ないからここは便宜的にシンディ(仮)ちゃんということにしておこう。

オレは喉が乾いたので、ベッドの脇にあるサイドテーブルの上から、水差しとグラスを取る。横からシンディ(仮)がオレの腰に手を回す。もぞもぞと細い指が腹の上をはい回る。オレはほんの少し水を飲み、危ないのでグラスをテーブルに戻し、仰向けになる。
誘っておいて何だけど、正直少し面倒臭いと思う。ノリノリでベッドに連れ込んだのに、どうして急にこんなに気が重くなったのか。
でも、シンディ(仮)の指と舌があんまり素晴らしいので、オレの身体は直ぐに反応してしまう。オレはオレの単純な生理を憎む。先程、彼女の服を脱がせながらも頭を占めていた思いが、またモヤモヤと広がってくる。

オレは永遠にこんなことしてなきゃならないんだろうか。

エイトたちとの長い旅が終わってオレは一人きりになった。
エイトはめでたくトロデーン王家に婿入りを果たし、ヤンガスは女盗賊の所に腰を落ち着け、ゼシカはリーザス村に帰り家族と暮らしている。
オレはマイエラ修道院にもドニにも帰らなかった。適当に旅でもするつもりだった。
それが差し当たり『自由』でいられる方法だと思っていたからだ。
しかしその『自由』を手に入れた時からオレは身動きが取れなくなってしまった。世界に放り出されて混迷してしまった。
オレは自由であるという事=ひとりぼっちであるという事をすっかり失念していた。
オレにはある種の束縛が必要だったのだ。例えそれが酷い憎しみであれ、オレは意識される事でようやく生きていける類の人間だった。
オレはオレの業の深さを知り、どうしようもなく落ち込んだ。
シンディ(仮)は柔らかい唇と温かい舌と歯とを器用に使い、オレを快楽に導こうとしている。本当にスゴイよシンディ(仮)ちゃん。
オレはこうやって摩擦と消耗を繰り返して、自分と誰かをちょっとずつすり減らして、死ぬまで時間をなんとか潰していかなければならないんだろうか。
オレの落ち込みはどんどん酷くなる。
そもそもなんでオレがこんなこと考えなくちゃならないんだよ。クソ!あの旅さえなければ、こんな風に自分の弱さなんか自覚しないで済んだのに!
ああ、畜生。オレにこんなことを考えさせる原因は、ひとつしか思い当たらない。
---ゼシカ。ゼシカ。ゼシカ。ゼシカ。お前がいないからだ!
オレはお前さえ此処に居て、この手をぎゅっと掴んでいてさえくれれば、それだけで安らかでいられるのに。
旅の間、オレを踏み出させていたのは他ならぬお前だったのに。

「どうしたの?」
不安そうなその声にオレは目を開ける。心配そうに見上げるシンディ(仮)。
なんて事だろう。オレは情けないことに、すっかり萎えきってしまっていた。
「あれ?」
オレはいささか驚く。
こんなにイイ女が滅多に体験できないテクニックを披露してくれているというのに、どうした事だろう。おい、しっかりしろよオレ!しかしどんなに叱咤激励しても、気合いを入れてもなだめすかしても、勃たないものは勃たない。
まずい。女性に恥をかかせるワケにはいかない。オレは彼女を見た。つやのある紅い髪。
ああ神様、と思わず心中で呟く。---ここでまたゼシカだ。いい加減、未練がましいよ。


「好きな子の事を考えていた?」
オレは正直に頷く。目の前の女に心から申し訳ない気持ちになる。本日最大のマナー違反を、シンディ(仮)は笑って許してくれた。優しい女だ。思ってた以上に年上なのかも知れない。
「バカね。あんたは早くその子の所に行かなくちゃいけないのよ。紅い髪の女の子。そうでしょ?」
そう言いながら彼女は立ち上がり、散らばった衣類を拾い集める。呆気にとられているオレを見て笑う。
「ああ―――、だって貴方、最初からずっと私の髪しか見てないんだもの。どうせ名前も覚えてないんでしょ?早く行きなさい。もう限界ですって顔してるよ?そんなに求めているのにこんな事しているあんたの気が知れないわ。」
オレの完敗だった。
オレは心底彼女に出会えた事に感謝した。オレに自覚を促し、きっかけを与えてくれたシンディ(仮)ちゃん。君の期待に応えられるといいんだけどね。
オレは着衣を整え、彼女の頬にキスをして、感謝と謝罪の言葉を伝えて宿屋を飛び出した。振り返ると二階の窓から手を振ってくれる彼女が見えた。君はやっぱり少しゼシカに似ている。

ルーラを唱えて、まずはトロデーン城に移動する。もう夕暮れが迫っている。
エイトはどこだ?
城内は使用人たちがせかせかと忙しそうに働いている。ならばあそこだと食事の間に走る。どかっと必要以上に大きな音をたてて、その扉を開く。
案の定、夕食時だったらしいが、今はそんな事に構ってはいられない。
エイト、ミーティア姫、トロデ王。なんだよヤンガスまでいやがるのか。
一同が呆然としている中、オレはつかつかとエイトの前まで歩み寄った。
「な、な、なんじゃお前。突然。」王様が焦っている。
「エイト、地図まだ持ってるよな?オレに寄越せ。」オレは言う。
「いきなり来て何を言っているんでげすか?」ヤンガスが首をかしげている。
「それと船!使えるようにしてくれよ。」オレは言う。
「音沙汰がないから、皆さんククールさんの事を心配していたんですよ?」ミ―ティア姫が困っている。
オレが言いたい事だけ言うので、全然誰とも会話が噛み合ない。
「ゼシカにも会いに行ってあげなよ。寂しいと思うよ?彼女。」
やっと口を開いたエイトとまでも話が噛み合ないので、苛ついたオレは簡潔にコンパクトにまとめて言った。

「だから、今から地図と船を持ってゼ・シ・カに会いに行くの!!オレは!!」

一瞬の間を置いて、その場に居た全員の顔がパッと明るくなった。一斉に動き出す面々。
やっとの事で地図を手にしてその部屋を出た時、後ろから拍手やら喝采が聞こえた。
オレは振り返らないで思う。本当にいつもごめん。ありがとう仲間たち。

リーザス村に着くと、ほとんど日は暮れかけていて、家々からは明かりが漏れていた。
ゼシカは教会の墓地に居た。その中でも一際豪華な墓の前で膝を抱えてしゃがんでいた。
オレはゆっくりとその背後に近付く。
「兄さんともう一度話ができないかなぁって、毎日ここに来ちゃうんだよね。」
ゼシカは振り返りもせずに言った。
「それで一度でも話はできたのか?」
オレが聞くと、ゼシカは立ち上がって振り向いた。
「ううん…。本当は解ってるんだ。サーベルト兄さんは、ここにも東の塔にももう居ないって。今は安心して遠い安らかな所に居るんだよね。」
ゼシカはそう言って穏やかに微笑んだ。久しぶりに見るゼシカの顔。
「今日はどうしたの?」
何から言えばいいんだろう。確固たる意志で此所まで来たのに上手く言葉が出て来ない。伝えなくては。オレがどんなにゼシカを必要としているかを。
ゼシカはオレの言葉を待って黙っている。オレは焦る。なんとか言葉を絞り出す。
「えっと…あー、その……迎えに来た。」
なんて間抜けな台詞だよ。そうじゃないだろう!前置きも無しにいきなり核心に迫ってんじゃねーよ。このオレがなんたるザマだ。
何か言わねば。必死に考えながらゼシカの顔色を伺う。
驚いた事にゼシカの目にみるみる涙が浮かんでくる。眉根を寄せて。口を引き絞って。
泣くほど嫌なんだろうか…。いや、ゼシカの事だからオレを哀れんでるんだろうか?
オレはショックを受けて、ただぼんやりと突っ立っていた。

ハッキリ言って自信は無かったよ。確かに…うん。というか、ある程度は予想していたんだ。
でもいざとなるとこの衝撃はやり過ごすにはあまりにも大きくて、ゼシカから目をそらす事も出来ずにいた。
ゼシカはこちらに向かって歩き出した。涙を指で掬うように拭き、オレの胸に顔をうずめた。
そして言った。

「待ってた…。」

オレはとりあえずゼシカの身体を抱きしめたものの、しばらくの間ポカンとしていたと思う。カッコ悪い事この上ない。
腕の中の温かさにだんだん状況が掴めて来て、どうしようもない嬉しさが込み上げてくる。
ゼシカを身体から引き離して顔を見ると、もう泣いてはいなかった。恥ずかしそうに下を向き、ゆでたタコの様に耳まで赤くなっている。
可愛くて可愛くて仕方がなかった。
その顔を上向かせてキスをする。顔を離してゼシカを見ると更に照れているので愛しさが募ってもう一回キス。増々照れる様子に面白くなって来てもう一回キス。…調子に乗っていたらゼシカに殴られた。まあいいさ。これからはずっと一緒に居られる。
とりあえず今日はゼシカの家に行く事にした。ゼシカの母親にもお許し願わなければならないし、旅立ちは朝の方が縁起がいい。
ゼシカに手を引かれて歩き出そうとすると、オレの肩を後ろから誰かの温かい手が叩いた…気がした。振り返ると、そこにはゼシカの兄の墓。
……まさか、ね。
オレはゼシカの手を強く握り、歩きはじめた。今の事、ゼシカには言わないでおこう。きっと物凄く悔しがるから。








最終更新:2008年10月23日 11:51
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