その日の午後、彼らは無二の親友とその花嫁を乗せた馬車が去り行くのを遠く見守っていた。
サッヴェラ大聖堂の空は遠く澄み渡り、太陽は優しい光を降らせており、辺りは喜びに満ちあふれている。結婚を祝う鐘の音はいつまでも鳴り響いていた。
「素敵。」
ゼシカは長く苦難をともにした親友―――エイトとミーティアがやっと手に掴んだ幸せを想い、うっとりと呟いた。
「こんな日が迎えられて本当、良かったよね。馬に姿を変えられてたミーティア姫も気丈で偉かったけどさ、エイトもずっと馬の姿の彼女をレディとして扱ってたじゃない?笑われても貶されても。
もし彼女が人間の姿に戻る事が出来なかったとしても、エイトの愛は変わらなかったと思うわ。」
ゼシカは風に流される髪を押さえながらそう言って、隣に立つククールを見た。
ククールもまた満足げに腕を組んで馬車を見送っていたが、ゼシカへの答えは素っ気ないものだった。
「惚れてんなら当たり前じゃね?そもそも人の姿かたちなんて移ろいやすいもんだろ。馬ってゆーのは中々ないだろうけどさ。」
「当たり前……って、よくゆーわ。アンタ、自分の姿かたちとやらに一番こだわってるじゃないの。」
「惚れてる相手なら何でも許す。オレの場合は別。顔だけが取り柄なんです。大事にしないと。」
ゼシカは返す言葉を失ってククールの横顔を見た。
愛があれば相手の外見の変化は厭わない、と言うククール。自分は外見しか価値がない、と言うククール。
ククールは自分が言ってる事の悲しさがわかってるんだろうか……とゼシカは眉を曇らす。
急に元気がなくなったゼシカの顔をククールは覗き込む。
「何?」
「ううん。何でもない。」
「何だよー。言えよ。」
「笑うもん。」
「笑わないから言えって!」
「うーん……。ねえ?私、馬になってもククールが好きだよ。」
真直ぐに自分の瞳を見ながら、あっさりとすごい事を言うゼシカに、ククールは目を丸くする。しばらくの間、大真面目な相手の顔をまじまじと見ていたが、突然爆発的に笑いだした。
「いや、好きって言うのは……なんだ?ホラ、アレよ……。もうっ!笑わないっていったじゃない!」
こんなに笑われるなんて、言わなきゃ良かった。大体、アンタが寂しいコト言うから……と、ゼシカは内心で憤慨する。
ククールはなんとか笑いの発作を押さえ込むとゼシカの手を引き、無理矢理自分の腕の中にその体を収めると、力を込めてギュウッと抱きしめた。
「く、苦し…!」
ゼシカが堪らずに訴えるが、ククールはそれを無視してその耳元に囁きかける。
「……馬になっても、カエルになっても虫になっても?」
確かめようとするその言葉を聞いて、ゼシカはククールの腕の中で目を見開いた。
……ほーらね、アンタだってやっぱりそーゆーのが欲しいんじゃない。
ゼシカの口元が穏やかに緩む。仕方がないので、もう一度言ってやる事にする。
「馬になっても…鳥になっても、石ころになっても…ね。」
「なるほど……かなり嬉しいな。それは。」
ククールは腕の中の体温を確かめるように目を閉じた。
ゼシカは情は深いが、半端な嘘は付かないし、誰にも媚びたりはしない。だからこそゼシカの子供の様な陳腐な言葉は、誰の口説き文句よりもククールの心を温めた。
―――不器用で可愛いゼシカ。自分の一挙一動がいちいちオレの心を掻き回してる事なんて、知らないだろう?
ヤンガスは、やや離れた所で、二人のその様子をポカーンと見ていた。そんなヤンガスをゼシカの頭ごしに発見したククールは、ウインクを送りながら、どっか行けシッシッ、と手を前後に振る。
「………。」
ヤンガスは黙って後ろを向くと、小石を蹴りながらトボトボと歩きだした。
―――兄貴はあんなだし、コイツラはこんなだし。
ゲルダに会いてぇなあ、と何となく思うヤンガスだった。
最終更新:2008年10月23日 11:53