季節は夏、それはバカンスである。
鏡の前に無防備に座ったゼシカは、その両手にそれぞれ色違いの小さな布キレを持っていた。
それはよく見ると、紐やらレースやらが付いている水着だということがわかる。
彼女は鏡にそれを宛がったり、覗き込んだり、真剣な顔つきで審美しているようだ。
そこでノックの音がするが、ゼシカは全く気が付かない。
「うっす、もう着替えたか?」 ノックから少し経ってククールが扉を開けて入ってきた。ゼシカに用事があるらしい。
「それがまだなのよ」 彼女はククールが部屋に入ってきてから一度も鏡から目をそらしていない。
「そうか、手が空いてたら日焼け止め塗ってもらおうと思ったんだ。ほら、オレの美しい身体が焼けたら困るだろ?」
「んーどっちにしよう…」 彼女はまだ吟味しているようで、その言葉はすっかり耳に届いていないようだ。
「水着が決まらないのか」 無視に耐えかねゼシカの顔をひょいと覗き込むと、ククールはその手から水着をすっと抜いた。
もう!と抗議の声が聞こえるが、曖昧に返しておく。
「どうかな、スポーツ系の可愛いのと、ちっちゃい感じのビキニなんだけど」 どうやらコメントを求めているようだ。
「どっちがスポーツでどっちがちっちゃいんだ??」 ククールもいくら女性に詳しくてもこの見分けは付かなかった。
「紐が付いてるのがビキニの方なの」 ゼシカはククールの右手に下がっていた黒い布を引く。
正直、露出が高ければ高いほど嬉しいのだが。この両者には布の面積に差異はなさそうだ。
どんな格好で泳いで欲しいだろうか。彼はそれを考えて結論を導き出そうとする。数秒経つ。
「そうだな………髪ブラか手ブラなんてどうかな」 ククールは布を手から下げつつ真面目な顔で言った。
「か…みぶら…? こっ、この馬鹿男お!!!」 肩を強かに打たれたククールは少しよろめく。
「あーもう早く決めないと日が暮れるぅ~」 どうやら癖のようだが、ゼシカは頭を抱えるとき結った髪の付け根を掴む。
そのまま頭を揺らす動作は子供っぽくてかわいいなあ、とぼんやり見ているククールだった。
それはバカンス、そしてロマンスである。
最終更新:2008年10月22日 21:37