はじまりの唄

暗い天井。
ふと目を覚まし初めに目に入ったのはそれだった。部屋の外からは波の音が聞こえる。
古代船を手に入れドルマゲスを追いエイト達一行は西の大陸を目指す航海の途中だった。夜になってしまったので錨を降ろし海上に留まっていたのだ。
夜明けにはまだ時間がある。何度か寝返りを打つが目が冴えてしまって眠ることが出来ない。
仕方なく起き上がりゼシカは甲板に出る。
海は穏やかで心地よい風がゼシカの頬をなで、解かれた髪を揺らした。
「あれ?まだ交替の時間じゃ・・・」
ふいに声を掛けられ振り返るとランタンを片手に間抜け面のエイトが立っていた。
「ゼシカか・・・ヤンガスかと思ったよ」
「あ、ごめんね」
「どうした?眠れないのか?」
「・・・うん」
「船、落ち着かない?あ、それともオレが起こした?」
「うぅん。違うの」
「夜風は冷えるから良くないよ?」
「・・・うん」
「・・・・・・」
どうも会話が続かない。ゼシカは黙って海を見つめている。
「ゼシカ、どうした?・・・オレで良ければ話を聞くよ」
「え・・・」
エイトの申し出に少し驚いたゼシカだったが、一瞬考えエイトになら自分の素直な気持ちを言える気がして、コクリと頷いた。
「・・・みんなには内緒にしてくれる?トロデ王にもミーティア姫にも言っちゃダメよ」
「うん」
ゼシカは躊躇いながらも話し始めた。
「・・・あのね、最初に会った時は嫌いだったの。なんて軽薄なヤツ、って思ったの。女好きだし、イカサマポーカーはするし。でも本当は心に傷を抱えてて・・・その事で悩んでるみたいだし、本当は優しいヤツだし・・・」
ゼシカは名前は言わなかったが、ククールの事であるのはエイトにも容易に想像がついた。
両手の指先を合わせモジモジしながらゼシカは話し続ける。
「イライラするのよ。アイツが女口説いてんのも私が口説かれるのも。・・・こう、胸の辺りがキュッて痛くなるの」
ゼシカは胸の辺りを両の手で押さえ襟元をクシャと掴んだ。そんな彼女をエイトは黙って見つめている。
「ごめん・・・なんだか変な話よね」
話が上手くまとまらない。「そんな事無いよ。ゼシカね場合とは違うけど・・・オレもその気持ちわかるような気がする」
「・・・え?」
驚くゼシカにエイトは優しく微笑みかけた。
そんなエイトの笑顔がなんだか眩しい。彼はこの気持ちが何だか知っていて、その気持ちに素直に向き合っているように見える。
「なんて・・・」
俯きつぶやく。
「なんて言うの・・・?」この気持ち。
アイツの事を考えるとイライラする、苦しくなる。でも同時に胸が暖かくなる。この気持ちの答えが知りたくてエイトの顔を見ると相変わらずの人懐こい笑顔で優しく肩を叩かれた。
「ゼシカ、本当はわかってんだろ?」
「・・・・・・」
そう言うとエイトはヤンガスとの交替の時間なのだろう、オヤスミと一言残し言ってしまった。
ゼシカは暫らくその後ろ姿を見送っていた。エイトは死んだ兄とどこか似ている。
そしてゼシカは思い出す。彼女をこんな気持ちにさせた一件を。

サーベルトが笑っている。その前には自分がいて、頻りにこれまでの旅の話を聞かせている。
サーベルトは何も言わずに唯笑っているだけ。
ゼシカは構わずに話を続ける。
兄さん、あのね・・・。

そこで目が覚めた。
目の前には焚き火があり、辺りはまだ暗い。
まだ眠れる、ともう一度目を閉じた時突然背後から声を掛けられた。
「ゼシカ!」
急に呼ばれたことに驚きぼんやりした頭が次第にハッキリしてきた。
振り返り声の主を認める。開口一番。
「ククール・・・アンタ何してんのよ」
ククールの態勢に怪訝そうに眉をひそめる。
ククールは脚を開いて座りゼシカはその胸に背中を預けて眠っていたようだ。
「まさか、アンタどさくさに紛れて・・・!」
殴ろうと拳を振り上げるがククールに適うはずもなくアッサリ止められてしまった。
「ストップストップ!なんか勘違いしてんだろ、お前」
「なにがよ?」
「・・・ったく、覚えてねーねか。オレ達モグラの落し穴に落ちたんだよ」
「・・・・・・」
そういえば、月影のハープを取り戻しにモグラのボスと戦って、その帰り道だったはず。
あまり記憶がハッキリしない。考え込んでいるゼシカを見兼ねてククールが続けた。
「ヤンガスのおっさんの重みでひびが入った地面にオレ達乗っかっちまったんだよ。で、この通り」
両手を広げてみせるククール。それを見ていたら、ある事に気が付いた。
四つん這いになりククールに詰め寄る。
「ほかの二人は?」
「はぐれた」
「・・・うそ・・・痛っ!・・・」
さらりと言ってのけるククールに言葉を失い呆然と座り込むと足首に痛みが走った。どうやら穴に落ちたときに怪我をしていたようだ。見ると足首に血が滲んでいる。
苦痛に顔を歪めているとククールの手が延びてきてゼシカの足首に触れた。
「血よ肉よ傷を塞げ・・・ベホイミ」
ククールの掌が緑色に光り出したかと思うとチラチラと消えてしまった。
「ありゃ、MP切れだ」
「え?私の傷なんか大丈夫なのに!アンタも怪我してたらどーすんのよ!」
ゼシカは怪我の有無を確かめるためにククールの体を触り始めた。
「怪我はないみたいね。足の方は大丈夫なの?」
心配そうに聞くゼシカに対してククールはニヤニヤしている。
「なに?なに笑ってんのよ?」
「ゼシカってばエッチだなぁ」
ゼシカの手はククールの胸の上に置かれていた。かぁーと顔が熱くなった。
「もうっ!バカ!」
堪らず笑いだすククールに自分の軽率さを呪った。
「いい加減笑いすぎよ!」「悪い悪い。ところで、足大丈夫か?」
「ん・・・大分痛みが引いたみたい。ありがと」
「いや、オレのMPがもう少し残ってれば完全に治してやれたんだが」
「大丈夫よ。こんな傷。それよりも、どうするの?出口探す?」
「いや・・・。今はヘタに動かずエイト達が来てくれるのを待った方がいい」
確かに怪我をしてまともに動けないゼシカとMP切れのククールでは魔物に襲われたとき明らかに不利だ。二人はその場に留まる事にした。

ゼシカはククールと少し離れた所で焚き火にあたっていた。
ククールは相変わらず壁に保たれ掛かり目を閉じている。
エイト達を待ってからどのくらいの時間がたっただろうか。外はきっと夜になっているだろう。
「くしゅっ・・・!」
「寒いのか?そういえば少し冷えてきたか。」
「大丈夫」
そう言ってゼシカは消えかかった焚き火にくべる物を探しだした。しかし、こんなモグラの穴の中ククールが集めた木の枝や根以外あるわけもなく、諦めて座り込んだ。
もうすぐ焚き火もきえるだろう。心なしかゼシカは震えているように見える。
「ゼシカ、こっち来いよ」「大丈夫よ」
それだけ言うとゼシカはプイとそっぽを向いてしまった。彼と出会ってから二ヵ月ほどしか経っていないため少々警戒心が働く。
「ゼシカ、寒いんだろ?なにもしねーから、こっち来いよ」
「・・・本当に?本当になにもしない?」
「しねーよ。いくらオレでもこんな状態で何かする程バカじゃねーよ」
それでもまだ疑いの眼差しで見ているゼシカに胸の前で十字を切って見せた。
「神に誓って・・・」
そこまで言うならと立ち上がり、まだ少し痛む足を引きずりチョコンと彼の左側に座る。
ククールは自らのマントを外しゼシカの肩に掛けてやりながら、まだ少し距離のあるゼシカの肩を引き寄せた。
「ちょっ・・・なにもしないって言ったじゃない!」「ちげーよ、しねーよ。・・・こうした方が暖かいだろ?」
「・・・・・・」
確かに暖かい。基本的に男女の体温の違いの所為だろう。
ゼシカは少し安心した。暫らく経ってもククールは何もして来なかったからだ。「・・・本当に何もしないんだ?」
「・・・誘ってんのか、拒否されてんのか、どっちなんだよ?」
「フフ、感心してんのよ」呆れ顔のククールを見てゼシカはクスクスと笑った。「少し、眠れよ」
「うん・・・」
こういうところの女の扱いは流石だと思う。体力の違いを気遣ってくれているのだ。ゼシカはそれに甘えて目を閉じる。
目の前に緑色の光が広がる。その光にゼシカは目を覚ますとエイトがにっこり微笑んでいた。
「・・・エイト」
ククールに抱えられて眠っていたゼシカは慌てて身を起こす。足に痛みが走る。「痛っ・・・」
「遅くなってゴメン。出口に近い所に居たから、ここまで来るのに時間掛かって」
言いながらエイトはゼシカの足にベホイミをかけている。
どうやら落し穴はアジトの奥に続いていたようだ。
エイトのかけてくれているベホイミの光を見ながら、アレ?と思う。目を覚ます前に感じた光もホイミ系のものだった。自分の足の治療は今行なわれている。
と、言うことは。振り返り立ち上がっているククールを見上げる。
「ククール!怪我してたの?」
そこに空かさずヤンガスが割り込む。
「そうなんでがすよ。ククールのヤツ右肩に・・・ガフッ!」
間髪入れずにヤンガスにボディブローが決まる。
「つまんねー事言ってんじゃねーよ」
腹を抱えてうずくまるヤンガスを見下ろし冷たく言い捨てる。
治療の終わったゼシカはククールの右肩に手を添える。
「本当に大丈夫なの?ねぇ?」
心配そうに顔を覗き込むとポンポンと軽く頭を叩かれた。
「ゼシカの足の傷に比べれば大した事ないよ。さ、帰ろうぜ」
そう言いさっさと先に行ってしまった。
礼を言いそびれて立ち尽くすゼシカの背をエイトは優しく押し先を促した。
「帰ろうか。ヤンガスも大丈夫か?」
「ゲボゲボ・・・大丈夫でかす。ククールの野郎・・・」
ククールに続いて三人は歩き出した。

後日、エイトに教えてもらった話によると、落し穴に落ちたのはゼシカ一人でククールは自ら穴に飛び込んだというのだ。
肩はその時に怪我したのだろう。エイト達が来てくれるのを待とうと言ったのは『動かない方がいい』ではなく『動けなかった』からだ。
自分を心配して後を追ってきてくれたククール。彼は自分が思うよりも軽薄な男ではないのかも知れない。ゼシカは思い出していた。トロデーン城で祈りを捧げていた姿、モグラのアジトでの彼のさり気ない優しさ。
エイトに言われなくても、きっとわかっていた。自分のこの気持ちはきっと・・・。
ひとつ息を吐いて空を見上げる。夜が明けるにはもう少し時間が掛かるだろう。ゼシカは部屋に戻り、もう一度眠る事にした。
ベッドに潜り込み何もない天井を見つめ考える。
兄の夢を。
最後に自分は何を言おうとしていたのだろう。兄は唯笑っていただけだった。
あの時自分が何を言おうとしていたかはわからない。でも、次は―
次に兄に会った時はきっと伝えられる。
この胸の気持ちを。







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最終更新:2008年10月22日 19:16
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