ドルマゲス追跡時以来、久しぶりにベルガラックを訪ねた一行は、成り行きでギャリング家の家督騒動に首を突っ込んでしまっていた。
一行はギャリング兄妹からひと通りの依頼内容を聞き屋敷を出た後、その依頼をどう受けるかについての相談を町はずれですることにした。
「ユッケを嫌っているわけじゃないけど、護衛するなら私はフォーグがいいな」
口火を切ったのはゼシカだった。それにすかさずククールが茶々を入れる。
「さてはゼシカ、ユッケちゃんがオレに惚れたらヤバいって思ったんだろ?」
「何を馬鹿なこと言ってんの?」
負けず劣らず、ゼシカの応酬も素早いものだった。
ゼシカは片手を腰にあて、もう片方の手の人差し指をククールの鼻先に突きつけて話を続けた。
「だってユッケはベルガラックで一番のお嬢様でしょ?街の人たちから見て得体の知れない一行よりは部下をつけた方がいいんじゃないかって思っただけよ」
「おいおい、まるでオレらが悪い虫みたいな言い方だな」
「「オレに惚れたら」なんて言ってるんだから、どこから見ても悪い虫じゃない」
「そんなのアッシはどっちでもいいでげすよ」
色々な意味で馬鹿馬鹿しい、といった空気を漂わせるヤンガスの冷めた一言が割り込んだおかげで、
ゼシカとククールの妙なやりとりは一旦止められた。
「オレは断然ユッケちゃんだね。エイトも護衛をするならユッケがいいよな?」
全くもう人の話を全っ然聞いてないんだから…と言いたげに、ゼシカは冷ややかな視線でククールを見ながら肩を落とす。
ククールに意見を求められたエイトはその様子を見ながら暫く考え、口を開いた。
「ゼシカの話も分からないでもないんだけどさ。部下の人たちと僕たちを比べたら、多分僕たちの方が戦力的に勝ってると思うんだ」
「闇の遺跡での事を考えりゃ、確かにそうでげすな」
うんうん、と、ヤンガスが頷く。
「で、僕たちがユッケさんの護衛をすれば、フォーグさん側との戦力バランスが五分に近づくと思うんだ」
「二人の勝負の為に、できるだけフェアな環境を作ろうってことね?」
「うん、そういう事。それでいいかな、みんな?」
「兄貴の言う事に間違いはねえでげすから、アッシは賛成でがすよ」
ヤンガスがそう言う中、ククールは無言でエイトの側に歩み寄り、その正面に立つと両手でエイトの肩をガッシリと掴む。
「うむ。見事な騎士の選択だ。やっぱ女のコを守ってこその騎士だぜ」
そう言いながらバシバシとエイトの肩を叩き始めた。
「騎士は関係ないでしょ、騎士は!」
やたらと嬉しそうな様子のククールを呆れ顔で見ながらゼシカは言った。
「騎士なら男女の別なく守るもんでしょ?普通」
「イヤだね。フォーグに誓願立てたわけじゃあるめーし」
「ほらやっぱり!結局ユッケとお近づきになりたいだけ……」
何故か言葉は途中で途切れ、ゼシカは黙り込んでしまった。
「あれ?どうかしたのゼシカ?」
ゼシカはククールの言葉の中にあった、聞いたことのない言い回しが気になって仕方がなかった。
気になったら確かめなければ気がすまないのがゼシカの性分だ。
しかし言葉の主であるククールに聞くのが癪だと思ったゼシカは、エイトの呼び掛けをこれ幸いにとエイトに向かってその疑問を投げ掛けた。
「ねえエイト……「誓願立てる」って、何?」
「ああ」
エイトは柔らかい笑みを見せながら話し始めた。
「騎士が主君に忠誠を誓うことを、誓願を立てるって言うんだよ」
「ふうん」
ゼシカは瞳を丸くしてエイトの説明に耳を傾ける。ククールの不純な動機のことはすっかり蚊帳の外となってしまっていた。
「僕も近衛兵に登用して戴いた時にやったんだよ。玉座の間で、大勢の見届け人がいる前で、正装して」
「へえぇ、なんかかっこいいね……」
今まで旅をしてきた中で三つの国の玉座の間に入る機会に恵まれたゼシカは、エイトの語る儀式の様子を脳裏に思い描いていた。
茨に覆われてはいたものの、トロデーン城の玉座の間は吹き抜けになった高い天井と大きなシャンデリアと広さが印象的で、その豪華さは三国の中で文句なく一番だった。
そこを舞台に行われた王室の儀式は、さぞかし盛大で荘厳なものだったのだろう……。
丸くなっていたゼシカの瞳は、いつの間にかうっとりとした状態に変わっていた。
「端から見りゃかっこいいかもしれねぇけどよ?当の本人は必死なんだぜ」
だよな!と、ククールが再びエイトの肩を叩きながら言った。
「作法間違えてねぇか、セリフ間違えねぇか、ってな」
「そうなんだよねー」
頬を掻き、苦笑いをしながらエイトが頷く。
やけに具体的なククールの言葉を聞いて、ゼシカは現実に引き戻された。
そしてハッとする。
「ええっ!?もしかしてククールもやったの?その儀式」
「当たり前だろ!失礼な…。オレだって騎士のはしくれだぜ」
大袈裟に仰け反り本気で驚くゼシカの側にククールは歩み寄り、話を続けた。
「マイエラ修道院のは、聖堂騎士団の指輪を授かる儀式でもあったけどな」
「そんな大事な指輪を、あんたってばホイホイと他人に渡したのね」
「ちゃんと戻ってきたんだからいいじゃねーか」
にやりと笑い、そう言いながらククールは右手でゼシカの右手を取る。
「指輪ならいらないわよ?」
「違うって!話のついでに誓いの言葉、聞いてみないか?」
一度首をもたげてしまったゼシカの興味は治まらなかった。
「うん……折角だから聞いてみようかな」
ゼシカの回答を得たククールは目をつぶり、深呼吸をする。
「では、リクエストにお応えして…」
一言、また一言と、異様ともいえる間隔を空けながらククールは誓いの言葉を綴っていった。
「平和な時、いくさの時、生きる時も、死す時も」
ゼシカはその様子を見て素直に感心していた。
(ふうん…。普段ふざけてばかりいるけど、やることはちゃんとやってきたんだ、ククールってば)
「この時より以後、主君が我を解きたもうまで」
マイエラ修道院のどの場所で儀式は行われたのだろう?
入ってすぐの広間だろうか?それとも噴水のある中庭だろうか?
「神の腕(かいな)に我が魂が抱かれるまで」
(うわぁ…これ、すごくかっこいい………)
聞き慣れない文体であることも手伝って、ゼシカは再び夢心地となりつつあった。
ふっ、と不意に右手が僅かに下へ引かれたことでゼシカは我に返り、ククールの姿を見て唖然としてしまった。
先程まで立っていたはずのククールが跪いているではないか!
その姿だけでも衝撃的であったのに、続くククールの言葉と行動はゼシカに更なる衝撃を与えた。
「我が主君、ゼシカに忠誠を誓います」
そんな言葉を言われた後、手の甲に恭しく口づけをされてしまっては、ゼシカは顔を引きつらせ赤面するより他はなかった。
「…以上が騎士側の一連の流れ、さ」
立ち上がってさらりと言ってのけるククールを見て、ゼシカは何か言いたげに口をパクパクとさせていたが、全く言葉にならない。
成り行きとはいえ自分から希望した状態なので、文句の言い様もなかった。
「ほんとは最初っから跪くんだけどな。でもそうしてたらゼシカ、多分最後まで聞けなかっただろ?」
ククールはいつものように、にやりと笑いながら言う。
「………もうっ!!」
ゼシカは地団駄を踏むと、くるりと三人に背を向けた。
「もう……恥ずかしすぎてみんなの顔見てられないじゃない!!」
そう言い放つと脱兎の如くその場から駆け出して行ってしまった。
「気が強くても、あれで根は純情な娘っ子だ。からかうのも程々にしといたらどうでげす?」
呆れた口調のヤンガスに、ククールは彼方にあるゼシカの後ろ姿を見つめたままポツリと言った。
「別にからかったつもりじゃないんだけどな」
一旦言葉を途切った後、振り返ったククールは努めて軽薄な口調で続けた。
「あーそうそう。今の見届け人はお前らってことで、よろしくな」
「ええーっ!!?」
「ななっ!?どうしたんでげす兄貴!?」
ヤンガスはエイトの今までにない驚き様に驚いただけだったが、エイトは別の理由で心底驚いていた。
「そ…それって、その…言葉は変だけど二股になるんじゃ?」
「言うにことかいて二股かよ!…人聞きの悪い」
予期せぬ言葉に噴き出した後、ククールは真顔でエイトの疑惑を否定した。
「オレが請願を立てたオディロ院長は召されてしまったんだから、さっきまでオレはフリーだったんだぜ?」
「あ、そうか。そういう事になるのか」
エイトは拍子抜けするほどあっさりと納得する。
肝が据わっているのか深く考えていないのか、そのあっけらかんとした表情からはどちらとも伺い知ることはできなかった。
二人のやり取りでようやく状況を把握できたヤンガスは、深くため息をつく。
「なるほど。ゼシカの姉ちゃんと同じく、アッシも一生縁がないと思ってた事を背負い込まされたわけでがすな…」
そう言って途方に暮れるヤンガスの肩を、エイトはポンポンと叩いて慰めた。
「さてっと!頃合いを見計らって我が主君殿のご機嫌を伺わないとな」
「夕暮れ前にはギャリング家にご挨拶に行きたいから、それまでに頼むよククール」
了解、と手で返事をしながら、ククールはゼシカの走り去った方角へと向かった。
(やっぱ主君側の言葉までは説明できなかったか……)
儀式の続き。
主君が騎士に下賜する言葉は、ククールの記憶では確かこういうものだった。
「そなたの誓いをこの胸にとどめ、その働きに報いを与えよう」
「忠誠には愛。武勇には栄誉。不忠には復讐で報いよう」
歩きながらククールは苦笑する。
(不忠には………多分メラゾーマだよな、ゼシカの場合……)
~ 終 ~
最終更新:2008年10月22日 19:15