innocence

(…何でかしら?上手いんだけど、どこか…変?)
ゼシカは夕食に使うイモの皮を剥きながら、目の前で同じ作業をするククールの様子を見てはそんなことを考えていた。

ククールが一行に合流したのは、つい先日のことだった。
黙々と慣れた手つきでイモの皮を剥いているその姿は、ドニの町での一連のドタバタで抱いた軽薄な第一印象とはいささか違う感じがする。
育ての親だったオディロ院長を失って間もないからだろうか?
あるいは「赤の他人」から「仲間」となった自分たちとの接し方を模索中なのだろうか?

「…ん?何か?」
時折向けられるゼシカの視線に気付いたククールは手を休め、その顔を上げた。
「あ…皮剥くの上手いなーって思ってたの。でも…」
その先の「どこか変」という言葉を言っていいものかと躊躇ったゼシカは言葉を飲み込む。
「でも?」
ククールのまっすぐな蒼の瞳に射抜かれたゼシカは、その躊躇いも手伝って反射的に目を逸らし、意図せず自分の手元を見る形となった。

「あっ!」
ゼシカは思わず声をあげ、再びククールを見た。そして自分の手元と見比べる。
「そっか、違和感があるわけよね。左手でナイフ使ってるから」
「ああ、そういうことか」
フッ、と軽く笑った後、ククールはその手のナイフをくるりと回転させた。
「よく言われるよ。「珍しい」とか「変な感じ」とか「器用だ」とか。そう思ったかい?」

ゼシカは「違和感」などと口走ったことを軽卒だったと後悔した。
三つもの具体的な形容を即座に返してきたククール。
その顔に浮かんでいたものは、苦笑。
きっと過去に幾度となく同様の言われ方をしてきたのだろう。
そしてそれは、あまりいい記憶ではないように感じられた。

「身近に左利きの人はいなかったからね。…気に障ったのなら、ごめん」
「別に謝らなくてもいいけど?実際、メタルスライムを見かけるくらいには珍しいんだろうし」
ククールはそう言うと、何事も無かったかのようにイモの皮剥きを再開した。

「ねぇ…左利きで困ったことってある?」
暫しの沈黙の後、ゼシカはククールに問い掛けた。
これといった話題が無いのと興味とが半々の割合、といった感じだろうか。
先程のように、知らずに相手を傷つけかねない状況を少なくしよう、とも思っていた。
好むと好まざるとに関わらず、ククールはこの先しばらくの間は毎日を共に過ごす仲間となったのだから。

「困ったことか。うーん…。草刈りは苦手だったな」
「草刈り?」
どんな話でも予測できるものでは無かっただろうが、そのあまりに意外すぎる答えにゼシカは呆気に取られてしまった。
「草刈り鎌がさ。あれ、左手じゃ使えねえんだ」
草刈り鎌は片刃で、手前やや上方に引くことで作業をする道具だ。
左手で持つと刃が上下逆になり、その結果手前やや下方に引かないと同じ作業はできない、と、ククールは身ぶり手ぶりを交えて説明をした。
「へえぇ。それって右利きだと分からないわね」
「だろ?それで「お前はなんてヘタなんだ」なんて言われた日にゃブチ切れよ?」
ククールのおどけた言い方に、ゼシカは思わず噴き出してしまった。

「あと、タマゴ型のレードルも使い辛いから嫌いだな」
そう言いながら、脇に置いてある鍋に突っ込まれていたレードルを取り出す。
「こういう丸いのならいいんだけど」
ククールはゼシカの目の前でレードルを左右に振り、鍋に戻した。

「剣と弓は、習った時に特に苦労した記憶はないね」
「えっ?そうなの?」
その二つは苦労したのではないか、と考えていたゼシカは驚く。
そして続くククールの言葉に更に驚かされた。
「むしろ他の奴らより楽だったかもな。対面状態だとオレは教官を鏡にできるからさ」
「鏡にできる…って?」
もう何が何だかゼシカには分からなくなってしまっていた。
そんなゼシカの様子を見て取ったククールは、ゼシカと正対する形に向き直って話を続けた。
「ゼシカが生徒でオレが教官だとするだろ?で、オレの動作をそのまま右手で真似してみな」
ククールはそう言うと、ナイフを持った左手を真上に上げた。
「これでいい?」
ゼシカがそれに倣って右手を真上に上げたのを見届け頷いた後、ククールは自らの右手の方向に斜めの線を描くように左手をゆっくりと振り下ろす。
ゼシカはその一瞬後に自分の左手に向かって右手で斜めの線を描いた。
「向かい合って構えを教わる時、相手と利き手が違う場合は今みたいに鏡を見る感覚でできるわけさ」

頭から足先まで、全身を映せるほど大きな鏡をゼシカは見たことがない。
そのような大きさの鏡は造るのが難しいためにとても高価で、一般には出回っていないからだ。
なるほど、相手の動作を真似る場合に、この疑似体験ほど有利な状況はおそらく無いだろう。
「ほんと…今のだと考え方が楽ね」
「だろ?たまには少し得した感じになるんだ」

いつの間にかゼシカは、ククールが次から次へと語る未知の話に夢中になっていた。

「武器の中であれだけはダメだな。ブーメラン」
「どうして?」
ゼシカはエイトの背負っていたブーメランを思い出す。
エイトのブーメランは持ち手側に布だか皮だかが巻かれていたが、左手で使う場合はそれを左右巻き替えればいいのではないか?などと考えていた。

「ブーメランは片側の羽だけ少し削ってるんだ。そうしておかないと投げた時戻ってこない」
「へえぇ。あれって左右同じ形だとばっかり思ってたわ」
「逆側を削って作ればオレでも使えるようになるけど、問題はその先にあるんだ」
ククールは一旦そこで言葉を切り、ゼシカに視線を投げ掛けた。
「どんな問題だか分かるかい?」
「問題……?」
ゼシカはそう呟くと俯き、真剣に考え始める。既にその手は止まっていた。
その様子を見たククールの口許が、ほんの僅かばかり釣り上がる。
(やっぱり。疑問を抱いたら没頭するタイプ…だな)

「どう?分かった?」
ククールは頃合いを見計らってゼシカに答えを促す。
ゼシカは若干の口惜しさが漂う表情を浮かべ、上目遣いでククールを見ながら言った。
「……ヒント、ちょうだい」
「プッ…」
その仕草と発想があまりに可愛らしく思えたククールは、不覚にも噴き出してしまった。
そんなククールを見て、ゼシカは抗議まじりに話を続ける。
「笑わなくてもいいじゃない!ブーメランのこと全然知らなかったんだから」
「悪い悪い。ヒントか。そうだな……」
ククールは暫く考えてからこう言った。
「エイトのブーメランでは簡単に出来て、オレのブーメランではやり辛いことがある。これがヒント」
「うーん……」
ヒントを与えられたゼシカは、ますます深く悩む状態になってしまった。

「なあ、ゼシカ…」
ククールは暫くゼシカの様子を黙って見守っていたが、やがて意を決したように呼び掛けた。
ゼシカはハッとして顔を上げる。
「答えは言わないでおくからさ。とりあえず今はこいつをやっつけようぜ?」
そう言いながらククールは、手にしていた剥きかけのイモを宙に舞わせた。
「あっ!…あはは。そうね、急がないと」
ゼシカは照れ笑いをした後、慌てて皮剥きを再開した。

遅れを取り戻すべく黙々と作業をして食材を入れた鍋を火にかけた後、レードルで鍋の中の灰汁を取り除きながらゼシカはぽつりと呟いた。

「鏡に映したものを取り出せる魔法があったらいいわよね」

「は?」
その突拍子も無いゼシカの発想に、ククールは咄嗟に言葉を返せず呆然としてしまった。
「やだっ!あんたまた笑うわね!?」
ククールの表情を見て、呆れられたかと思ったゼシカは頬を染めて身構える。
しかしククールは呆然としたままゼシカを見つめ続け、ようやく口を開いた。
「いや、そういう言い方されるのは初めてでさ。……驚いてた」
そして微かな笑みをこぼした。
それは苦笑でも失笑でもなく、純粋な微笑みだった。

(そうだな。本当にそんな魔法があるといいよな……)

照れくさくてとても口にすることは出来なかったが、ゼシカのその無邪気な気遣いをククールは心底嬉しく思うのだった。

結局ブーメラン問題は翌日に持ち越され、ゼシカの思考は泥沼化してしまっていた。
一行はアスカンタ城に辿り着いたものの、国中が服喪中であったためにこれといった目新しい情報を得ることができず、その城下で店を物色しながら今後の相談をすることにした。
そんな中、答えは思わぬ形で突如もたらされることとなる。

「あっ!これ欲しいな、やいばのブーメラン。1360ゴールドかぁ…」
エイトは武器屋の前で立ち止まり、背負っていたハイブーメランを店主に見せて話を続ける。
「すいません。これ、いくらで引き取って貰え…」
「あ~~~~~っ!!!」

町中に響き渡ったゼシカの絶叫に、店主とエイトとヤンガスは驚き一斉にゼシカを見た。
三人の視線を浴びたゼシカは両手で自分の口を覆い、真っ赤になりながら謝罪をする。
その様子を後ろで見ていたククールは、堪らずに大笑いを始めた。
事情を知らないエイトとヤンガスは、一体何故笑うのかと目を白黒させる。
逃げるようにしてゼシカは笑い続けるククールの側へと歩み寄り、がっくりと項垂れながら言った。

「……やり辛いことって、下取りだったのね」
                ~ 終 ~









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最終更新:2008年10月22日 19:15
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