3-無題2

魔法の鏡に魔力を宿す方法を求めて船で各地を巡り、一行が偶然足を踏み入れた洞窟。
そこで何気なく探索を始めたのが間違いだった。
いや、何気なくではない。確固たる理由があった。
船から降り立った時、目の届く範囲に樽があったからだ。
冒険者の性癖というやつで、未知の場所で樽や壷を見ると投げ割りたくなる衝動はどうにも抑え難い。

好奇心が身を滅ぼすとは、よく言ったものだ。
そこに出現した魔物は、圧倒的な強さで仲間たちを蹂躙した。
先手を取られ、繰り出された連続攻撃は何度撃ち込まれたかも今となっては定かではない。
懸命の回復もまるで追い付かず、一人、また一人と斃され、あっという間にククール唯一人となってしまった。
もう一度撃ち込まれたら確実に自分も後を追うことになるだろう。
口惜しいが、自分の技量では目の前の脅威を退けることなど到底不可能だ。
ならば、取るべき手段はひとつ……。

万にひとつの望みを賭けた、格上の敵からの逃走が成功した。
辺りを見回し魔物を振り切ったことを確認すると、ククールは乱れた息を整え呟いた。
「ふう。ククール様一世一代の大博打、成功…っと」
いつもの癖でこんな時でも軽口めいた言い回しだったが、それに応える声は今は無い。
ククールは斃れた仲間たちの元で簡易結界を張った。とりあえずこれで魔物の襲撃は回避することができる。
しかし、少しでも移動すればこの結界は解けてしまう。
折角逃げおおせたのだ。ここは歩く以外の方法での脱出を模索するのが賢明というものだろう。

ルーラには同等の効果があるキメラの翼というアイテムがある一方で、リレミトにはそれが無い。
ククールはその理不尽さに不満を抱きつつ、自らの負った傷はそのままの状態で横たわるゼシカに対してザオラルを唱えた。
「……しくじったか」
ゼシカは微動だにしなかった。
もう一度。
しかし、またしても望む効果は得られなかった。
ザオラルは被術者との相性も成功率に関係するのだろうか?
ならば……、と、リレミトを習得しているもう一人であるエイトに対して唱えてみたが、こちらも失敗する。

その後もククールはゼシカとエイトに対して交互にザオラルを唱え続けたが、遂に一度も成功することなく魔力が尽きてしまった。

「逃げた時に運を使い果たしたってか?ったく、冗談じゃねえぜ」
ククールは舌打ちをしてその場に腰を下ろした。
魔法の聖水はあっただろうか?と、道具袋を確認してみたが、雑多なものが多すぎてなかなかそれらしいものは見当たらない。
そんな状態で道具袋と格闘しているうちに、ククールはサザンビークでエイトが買っていた珍しいアイテムのことをふと思い出した。

それは、世界樹の葉。
とても貴重な物で、使うとザオリクの効果があるという。

「前衛が持ってても倒れちゃったら意味が無いから、ゼシカかククールが持っててくれるかな?」
「ああ、オレはザオラルがあるから、ゼシカ頼むわ」

そんなやり取りをしてゼシカに預けられたはずだった。

「悪いなゼシカ、ちょっと荷物を見させて貰うぜ」
もの言わぬゼシカに向かって律義に断りを入れてから、ククールはゼシカの荷物を調べ始めた。
ほどなくして世界樹の葉は見つかったが、それを手にしたククールは新たな問題に直面する。
サザンビークでゼシカに世界樹の葉を預けることにした後、売り子から説明を受けているゼシカたちから少し離れて、ククールは売店の近くを通りかかった踊り子に視線を投げ掛けたりしていたのだ。
つまりはこういう事である。
「……使い方分からねぇ」

しかし、いくら考えても分からないものは分からない。
正しい使い方が煎じるにしろ練るにしろ、葉そのものを余すところ無く服用すれば恐らくは効果が得られるだろう。
「ま、サラダの野菜だと思えばいいだろ」
そんな訳の分からない理論を振りかざし、ククールは今一度世界樹の葉を見た。
さて。どうやって口にさせる?
「手っ取り早い方法はこれだよな」
ククールは手袋を外し、膝の上にハンカチを広げると世界樹の葉を可能な限り細かく千切り始める。
やがてこんもりとした薬味の山が出来た。しばらくそれを眺めたククールは、ハンカチを地面に置き直すと山を三等分にした。
ククールはその山の三分の一をこぼさないように注意しながら口に含み、小脇から水筒を取り出し、栓を外して水を口に含んだ。

そしてエイトには目もくれずにゼシカを抱き起こし、首の後ろに手をあてがって頭を仰け反らせる。
しかし思ったほど口が開かなかったので、空いているもう片方の手をゼシカの唇にあてがい、ちょうど良い加減に口を開かせてからゆっくりと慎重に唇を重ねた。

残りの二山も同様にしてゼシカに飲み込ませ、失敗なく作業を終えられたことにククールは安堵した。
あとは効果が現れるのを待つだけだ。
ククールは未だ昏睡状態のゼシカを抱き直して仰け反らせていた頭を立て直し、口角に残っていた水滴を指で拭おうとした。
が、頬のところでその手は止まり、頬から耳にかけてを愛おしむように包み込む形に変わる。

(……このくらいは、いいだろう?)
ククールは唇を寄せてその水滴を吸い取ると、続けてほんの少しの間だけ再び唇を重ねた。

世界樹の葉の効果はその後すぐに現れ、ゼシカは意識を取り戻した。
「私、やられちゃってたのね……」
ゼシカは起き上がって辺りを見回し、傍らに斃れたままのエイトとヤンガスの姿を認め眉をひそめる。
「でもあの魔物の群れからは逃げられたのね。凄いわ」
「ああ。なんたってオレには幸運の女神がついてるからな」
ククールはそう言ってにやりと笑った。

「でもMPが尽きちまってたもんで、悪いとは思ったがゼシカの荷物から世界樹の葉を出させてもらって使ったぜ」
「悪いだなんて…。いいわよ緊急事態だったんだから」
ゼシカは傷だらけのククールを見て、改めてよく助かったものだと感心していた。
「で、話は後だ。とりあえずリレミト頼む。ここはヤバすぎるし、こいつらも早く蘇生しないと」
「分かったわ。ククールの怪我も治さない……と…!?」
ゼシカはククールの顔を見た途端に目を見開いて絶句し、真っ赤になるとくるりと背を向けてしまった。
「ん?オレの顔に何か付いてたか?」
(つ…付いてるも何も………口許に……緑……葉っぱのかけら……!!)

背を向けて小刻みに震えるゼシカの様子を案じてククールは呼び掛けた。
「どうしたゼシカ?大丈夫か?」
その震える肩に手をかけると、ゼシカは雷に打たれたように跳ね上がった。
「なっ、何でもないわ!何でもないの!!リレミト!!!」
                ~ 終 ~






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最終更新:2008年10月22日 19:14
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