オープニングの歌にさくっとハマリました。いきなりクライマックスといった感じ。
これが今の中学生の「リアル」なのかと言えば、それは監督の描いた「リアル」なのだろう。けれど共感しうる内容であり、それを「リアル」と呼ぶのなら、十分に「リアル」だった(*1)。なぜそんなことを思うのかと言えば、こういった14歳を描くときには、どうしたって社会性なりここ数年の事件などを背景に思い浮かべる。そしてどれほど現実の思春期に根ざした問題をなぞっているのかという、時代性の「リアルさ」を見る者が無意識に求めるからだ。宮台真治などが「べた褒め」してしまうと、なおさらそういった状況に拍車がかかるだろう。
バトルロワイヤルが大人社会への大きな戦略的勝利だとすれば、この映画はネット世代周辺をシビアにとらえた戦略的勝利だろうか。 映像や音楽へ比重を置き、高いクオリテイーを獲得していること。ネット世代はなんと言っても、メデイアを吟味する能力へ長けた者達が多く、自分の目を信用していこうとする志向性をもっている。 内省的なテーマと、それをバックアップする企画の周到さ、徹底したビジュアリテイーへのこだわりは、執拗に時代性を意識した結果ではないか。
学園のシーンがとても良い、とくに合唱の練習風景では、中学生という人間としての未成熟さと、それゆえの美しさが映像の透明感と共に心に響く。音楽と映像のシンクロナイズは、普通の学園風景をどこか異質なものへと見せている。この映画で重要な要素である、BBSの書き込みが「ト書き」の様に作用しているのは、実生活における行動の稀薄さを、ネットの世界で支えていることを表しているようだ。俳優の行動を示す「ト書き」は、日常からの乖離であるネット世界での行動を示す「BBS」として存在させているのだと思った。
2001.11.18k.m
カテゴリー-映画
*1 「リアル」という表現はやっかいで、また「リアルだ」という感想もやっかいだ。なのに無意識に使ってしまうのもこの言葉で、時代感覚を表していると評価されうる作品へ与えられた簡単なほめ言葉のようにも思えるし、そう評価する自分の意思を端的に伝えるための言葉のようでもある。[[ゴーストワールド]]でもそんなことを思った。