今日は国立前期試験のようです。
ふふ 苦い思ひ出。
去年のアイス好きな少年が逮捕されて日本が震撼しているうちは平和でしたねぇ
その一ヶ月後にまさか日本が文字通り震撼してしまうのだから(笑)
仙台に住んでたのでもろ被災しました。
ふふ 苦い思ひ出。
カンニングといえば、年末年始の話になりますか。
実家でごろごろモンハンやりつつテレビを流し見という快適な生活を送ってました。
ちなみにモンハンは今はソロでG級まで辿り着きました! あーソロプレイ楽しいなー!(;∀;)
世界仰天ニュースというテレビ番組でカンニングに燃える親子in中国との特集がありまして。
あれこれ時間とお金とコネをはたいて成績不振な息子をいい大学へ行かせようとする母の、
いろんな意味で涙あふるるストーリーでした。
いやぁ・・なんというか
努力のベクトルが違うだろ!(笑)
テレビで放送されるわけだからもちろん「あえなく御用」。
携帯メールで問題のやりとりしてたのが警察にバレちゃいました。
カンニング対策に受験会場の電波をチェックして回っていたみたいです。
わざわざ大学の受験に警察を導入するってのもすごいですよねぇ・・・
悪いことはしちゃいけないよ
いけないことをすると連れて行かれる
なぜ、息子と一緒に勉強を頑張ろう! わが子を信じよう! と考えが至らなかったのか。
そうして見事志望校に合格すれば心温まるハートウォーミングストーリーです。
まぁテレビとしては面白くない展開かもしれませんが(苦笑)
国が国ですから母親の気持ちもわからなくもありません。
一人っ子政策で親にしてみればチャンスは一回きりですからね。
「たった一人のわが子のため」と思いが迷走してしまった。
では、このような場合 親はどう子供に接すればいいのだろうか。
ガミガミ言われるほうの子供の立場なうです。
同窓会でみたけど子供かわいかったです。
論点をすりかえましょう。
別に親子の付き合い方に限定せずともよいのです。
どうです? 物知りでしょ?
もっと
かもしーを褒めてください。(CV広橋涼)
<s>山田はうざかわいい</s>
でも、褒め方にも良し悪しがあるみたいです。
「より速く適切に学べる人」:その理由
賢さをほめられた生徒たちは、ほぼ全員が、自分よりテストの出来が悪かった生徒と自分を比較することで、自尊心を強化するほうを選んだ。これに対し、努力をほめられた生徒たちは、自分より成績のよかったテストを見るほうを選ぶ確率が高かった。彼らは失敗を理解し、失敗から学び、よりよい方法を編み出したいと思ったのだ。
結果を褒めるか、過程を褒めるか。
同じようで、大違い。
私の親は小学生の私に「俺の時間を使わせていることを理解しろ」などビジネスライクな教育をするものでした。
その一環で、「努力しましたは通じない。結果を出せ」とも言われた気がしますね。
今では概ね同意できてしまうのが悔しい。
そんなわけで褒められた経験はほとんどありません。
まぁそのスタイルは中学で学年一位を毎回キープする妹に対しても同じなので気にしちゃいません。
ただ自分のときと違い小遣い制度が加わってたようでそこは許せない。
お、おれだって一位はとれないけど300人中10位以内とか結構頑張ってたのに!
と、東大生と一緒だったんだから一位は無理だって!
- なんて当時「せめて一位はとらないとねー」と言っていた親に言ってやりたい(笑)
いまだから言える本音トークである。いえーい中学の同級生見てるー?
中学といえば、毎日の課題に自主勉強1ページという厄介なブツがあったのですが、
当時の私は何をトチ狂っていたのかその自主勉を毎日2ページやってたんですよ。
一年を通してみんなが5・6冊のなか、自分だけ15冊くらいやってましたか。マジキチ
何が自分をそこまで駆り立てていたのか。ドMだったのか。
その真相は誰も興味がないだろうので掘り下げないとして、とにもかくにも努力してたのは間違いありません。
ちなみにノートは大事な黒歴史としてしっかり保存してますヽ(´ー`)ノ
私はその努力を褒められたことはない。(賢さを褒められたのかも微妙ですが)
モチベーションは枯れていくわけです。
高校では早々意識は低くなりました。自分より「賢い」存在を知り、努力しても勝てないと悟ったから。
いや、単にアニメにハマっただけなのも否めません。週に10本以上各話2回ずつ見てた。マジキチ。
努力のベクトルが変わったんですね。
今でもmixiの日記にこんな長文なげつけるような人間。
こいつまったく成長していない。
自分語りはここまでにして。
いや、自分の日記だから好きなだけ語っていいのか?
なぜ、賢さを褒めていけないのか。
それは、「間違いから学ぶ」という最も有益な学習活動を避けさせてしまうからだと先の記事では述べています。
失敗は成功のもとだったり母だったり。
残念ながら、私は「失敗を怖れる」人間です。
失敗できるのは今のうちで、大事なのは失敗したあとどう立て直すかだとわかってはいるんだけど。
うまくやる学生はそういう困難にぶつかったとき、自分の力不足と馬鹿さ加減に滅入る気持ちと闘い、山のふもとで小さな歩みを始めます。彼らは、プライドに傷がつくことは、山頂からの景色を眺めるためであれば取るに足らないということを知っているのです。彼らは、自分が力不足であると分かっているので助けを求めます。彼らは知性の欠如ではなく、やる気の欠如が問題だと考えます。
紹介した2つの記事はどちらも長文ですが、かいつまめば「自尊心を捨てて失敗しなさい」と言ってるのだと思います。
そしてそれができないのはやる気がない奴だと。ぐ、痛いところをつくなぁ。
やる気は出せといわれて出せるものではありません。
でも、努力しようとする姿勢を褒めてもらえれば・・・!?
褒めて伸ばすってのは甘えとおっしゃる方がいるかもしれませんが、
よほどのへそ曲がりじゃなければ、少なくとも褒められて嫌な気はしないものです。
悪口をいうのは簡単です。手当たり次第ケチをつければいいのですから。
褒めるのは難しいです。ちゃんと相手を見ないといけませんから。
そして、パッと見てもわからない努力を褒めるのはもっと難しい。
だからこそ、心にひびく。
頭がいいと褒められるのより、頑張りや要領の良さを褒められたほうが気分がいいですよね。
イケメン・美人だと褒められるのより、そうなろうとしている細かい気配りを褒められたほうが惹かれますよね。
惚れさせ上手は褒め上手。
そんなことばを聞いたことあります。
世のモテる人ってきっとこういうところで性格イケメンなんでしょうね。
さて、ここまで前フリをすればいいでしょう。
俺を褒め称えよ。
最終更新:2012年03月12日 22:17