2010年7月25日
立命館大学文学部
プリーモ・レーヴィとアウシュヴィッツ
1.魂の破壊
プリーモ・レーヴィ著「アウシュヴィッツは終わらない」及び「溺れるものと救われるもの」における人間の魂が破壊されることに関して考察する。アウシュヴィッツ強制収容所で人間の魂が破壊される事、すなわち回教徒になることは死を意味した。回教徒となってしまった人達は死を目の前にしても恐れる事は無かった。それはナチのあらゆる非情な手段によって判断力を停止し、人間の本来の生活では持っている文化を奪われてしまうからである。「アウシュヴィッツは終わらない」の後書き(263ページ)「他人から物とみなされる経験をしたものは、自分の人間性を破壊される」から分かるように支配者たちが囚人を物として扱った事や、番号の入れ墨を強制し名前を奪った事もその一つである。しかしそれ以上に着目すべきはナチがアウシュヴィッツで作り上げた支配構造である。それは囚人の大多数を占めるユダヤ人の一部に特権を与える事で仲間さえも敵にするという仕組みである。これは「溺れるものと救われるもの」第2章「灰色の領域」(35ページ)にある「敵は周りにいたが、内部にもいた」という言葉からも分かる。こういった支配構造を作ることによってナチは人間を内部(魂)から破壊した。最初の段階で囚人は文化を奪われ判断が停止した状態に陥ると野獣化し、利己的で分別のつかない状態になる。こうなった囚人は生存競争を繰り広げ、そこで特権を幸運にも手に入れた者たちは灰色の領域へと踏み込み、そうでない者は回教徒になった。アウシュヴィッツでは大多数が回教徒となりただ短い命を言われた通りの事を実行する事だけに使っていった。プリーモ・レーヴィは彼らの事を良い人達と書いている。そして生き残った囚人達は皆何らかの形でSSなどに協力する、盗みを施す、仲間を犠牲にするなどした灰色の領域の人達である。しかし生き残った囚人も死んでいった回教徒の事を思い、ナチによって負わされた魂の傷を戦後癒す事が出来なかったと言える。
2.プリーモ・レーヴィの自死
戦後回教徒の事を思い複雑な心境に立たされた存在として、プリーモ・レーヴィも例外ではなかった。アウシュヴィッツから生きて帰った者は罪悪感にかられた。これは「溺れるものと救われるもの」第3章に書かれている。具体的なエピソードとしてプリーモ・レーヴィはとても熱い夏の日に誰もが渇きに苦しんでいる時水を発見する事に成功した事が書かれている。この時プリーモ・レーヴィはそばにいたダニエールに水を分け与えず独占した事があった。こういったエピソードはアウシュヴィッツでは日常的にあり、回教徒を助ける事なども稀であった。こういった罪悪感は戦後人間としての魂を取り戻した時に押し寄せる。しかしこういった罪悪感は自死の原因の一部である可能性は否定出来ないが、それだけでプリーモ・レーヴィの死は説明出来ない。もう一つ考えられる原因はプリーモ・レーヴィ自身の言葉である「生きる上での様々な目標は、死に対する最良の防衛手段である。」から導き出せる。おそらくプリーモ・レーヴィにとっての「目標」はアウシュヴィッツの記憶を人々が忘れないように後世に残す事が考えられる。そして「溺れるものと救われるもの」を書き終えた時プリーモ・レーヴィは目標を達成し、同時に防衛手段を失ったと考える事が出来る。プリーモ・レーヴィの自死に関しては徐京植も「プリーモ・レーヴィへの旅」の中で考察している。その考察には当時のイスラエルの軍事的行動やドイツの新しい国民アイデンティティーを構築しようとする動き、更には家族の状態などを言及する内容である。また本多峰子もこの事について深く考察している。プリーモ・レーヴィの書いた本が一番読んでもらいたかったドイツ人(加害者としての)に読んでもらえなかった事から起きた葛藤なども原因として考える事も可能である。何れにせよ広義な意味合いでナチはアウシュヴィッツに収容した囚人は一人残さず殺害したと言えるのでは無いだろうか。それだけ狭義でのアウシュヴィッツ生き残りにも我々の想像を絶する深い心の傷を残したと言える。
参考文献
end
最終更新:2012年11月04日 18:32