円安だけじゃない、新NISAで強まる日本の足かせ
税金で海外株式を買う「資産運用立国」の行く末
唐鎌 大輔 : みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
アメリカのCPI(消費者物価指数)が予想を上回って利下げ観測が後退、円安・ドル高が34年ぶりとなる1ドル=153円台まで進んだ。「アメリカ次第の日本」は序の口かもしれない。
ドル/円相場は過去2年にわたる円安局面で破ることができていなかった152円を超え、153円をめぐる攻防に移行した。語るべき論点は多いが、根雪のように積み上がり続ける「家計の円売り」がドル/円相場の堅調を支えている面は否めない。
この点、4月8日には財務省から3月分の「対外及び対内証券売買契約等の状況」が発表されているので、現状を把握しておきたい。新NISA(少額投資非課税制度)稼働に伴う「家計の円売り」については年初ほど大きな関心を感じないものの、東京外国為替市場が直面するようになった「新しい円売り圧力」として定期的にチェックすべき論点と考えられる。
3カ月で近年の年間買い越し額に達した
注目された投資家部門別の対外証券投資に関し、投資信託委託会社等(以下投信)は3月、買い越し額が1兆1515億円と前月から加速している。この金額は現行統計開始以来では2番目に大きなものだ。
ちなみに1番大きかったのは今年1月、4番目に大きかったのが今年2月だ。いかに歴史的なハイペースが持続しているかがわかるだろう。
こうした状況を踏まえた1~3月期合計の買い越し額は3兆5166億円で、四半期としてはもちろん過去最大である。通年統計で見た場合、過去10年平均(2014~2023年)が3兆6111億円、パンデミック直前の過去5年平均(2015~2019年)で見ても3兆6456億円という実績だった。
つまり、今年1~3月期で記録した約3.5兆円という数字は近年で言えば年間の買い越し額に匹敵する。
もちろん、為替はさまざまな要因で動くため、これがすべてという話にはならないが、「3カ月間で1年分の円売り」と考えれば、年初来の円安・ドル高傾向も首肯できるというものだろう。
仮に、このペースで投信経由の対外証券投資が続いた場合、年間で約14兆円程度の買い越しイメージとなる。少なくとも10兆円の大台は堅いと言えるのではないだろうか。
なお、1~3月期合計の買い越し額(3兆5166億円)を商品別に見ると3兆1633億円が株式・投資ファンド持ち分で相変わらず投資意欲のほとんどが海外株に傾斜している。
2024年最初の四半期を終えたところで、日本の資産運用立国化への歩みは順当な滑り出しと表現してよいのだろう。この政策の最終的な着地点はどこにあるのか。その点はまだよくわかっていない。
税金を使って海外株式を買っている
新NISAを契機として日本の家計部門が海外株式投資に熱を上げる内実は「非課税枠を設定したことによる海外株式の買い」であり、意地の悪い言い方をすれば「税金を使って海外株式を買っている」という構図にも読み替えられる。
そこまでして政府が成し遂げようとしている資産運用立国だからこそ、その顛末を国民として真摯に考える筋合いがある。
例えば家計金融資産の3割以上を株式が占め、株高が資産効果を通じて消費・投資意欲を焚きつけるアメリカ経済のような姿は1つの着地点になり得る。
日本人は「皆がやっている」という動機で極端な行動に走りやすい。多くの国民が日本経済や円の将来を悲観し、オルカン(投資信託eMAXIS Slim 全世界株式、オール・カントリー)を筆頭とする海外投資に傾倒すれば、株式・出資金の保有比率はいずれその水準に到達するだろう(すでに昨年12月末時点で過去最高タイの12.9%だ)。
だが、この状況が極まったとしても、日本の家計部門が保有する株式は基本的に海外、特に米国主体ということになってしまう。そのうえ、株式購入と引き換えに通貨価値(円安)を差し出しているような側面もある。
もともと、円ひいては日本経済はFRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の金融政策(≒米金利)に影響される側面が大きかったが、今後の日本は、円安を常態として受け入れたうえで、米金利に反応しやすい米国株式の動向によって消費・投資意欲も左右されるという未来が待っているのだろうか。
現状を踏まえる限り、否定できない未来である。
「FRBの利下げで円高」は限定的の可能性
仮にそのような体質の経済に変わった場合、FRBの金融政策運営は今以上に日本国民の関心事となる。
例えばFRBの利上げ局面では、米金利上昇を受けた米国株下落や日米金利差拡大を受けた円安・ドル高が典型的には想定されやすくなる(※あくまで典型的には、である。現実のシナリオはもっと細分化できるが、あえて単純化している。後述する利下げ局面の場合も同様)。
この場合、日本の家計部門は「米国株下落に伴う逆資産効果」と「円安によるコストプッシュインフレ」というダブルパンチを被る可能性がある。
逆に、FRBの利下げ局面では米金利低下を受けた米国株上昇や日米金利差縮小を受けた円高・ドル安が典型的には期待されやすくなる。この場合、日本の家計部門にとっては「米国株上昇に伴う資産効果」と「円高によるコストプッシュインフレの後退」が想定される。こちらは日本経済にとって前向きな展開と言える。
とはいえ、このケース(FRBの利下げ局面)には注意も必要である。貿易赤字国になった日本では「FRBの利下げが円高を招く」と言っても、その動きは限定的なものにとどまる可能性がある。
そうなると、FRBの利下げ局面では「米国株上昇に伴う資産効果」を享受する一方、「円安によるコストプッシュインフレ」はある程度残り、資産効果が減殺されるかもしれない。米株保有比率はまだ低いが、ちょうど今の日本が直面している状況がこれに近いように思える。
もちろん、これらはただの頭の体操であり、現実をかなり単純化している。だが、日本の家計金融資産が非常に多くの米国株を抱えるようになった場合、何が起きるのかということについては少しずつ分析を進める価値はある。
FRBの政策運営にかかわらず、株式には上昇局面もあれば、下落局面もある。現在、新NISAの直接的な影響としてその可能性が認められるのは円安くらいであり、米国株上昇への寄与度はよくわかっていない。
だとすれば、FRBの金融政策運営はどうあれ、日本の家計部門が米国株式の購入に傾斜したことで発生した円安は残るとしても、日本の家計部門の行動とは無関係に米国株が下落する状況は十分起こり得る。
そうなった場合もやはり「円安によるコストプッシュインフレ」と「米国株下落に伴う逆資産効果」が併存することで日本経済は足かせをはめられたような状況に直面してしまう。
もともとそうだったという声もありそうだが、日本の実体経済は今まで以上に米国経済とこれに割り当てられるFRBの金融政策に依存してくる可能性がある。
家計消費と金融市場が連動する
資産運用立国の歩みはまだ始まったばかりであり、関連統計もまだ十分出そろってはいない。よって、上述の議論は悲観的な方向へ振れ過ぎている可能性も多分にある。
しかし、非課税枠を設定して購入される資産が国内ではなく海外中心という状況が続くことに関し、「得も言われぬ不安」を抱くのは筆者だけではないはずだ。資産運用立国の着地点については今後明らかになってくる関連統計を踏まえながら、調査・分析を重ねていこうと思っている。
歴史的に日本の家計部門の金融資産構成は円の現預金が主体だった。よって、その消費・投資行動が内外金融市場の変動に影響される可能性などは考える必要がなかった。
しかし、今後、国内外のリスク資産(典型的には米国株式など)を多く保有するようになれば、FRBを筆頭とする海外中央銀行の動きやこれに付随する資産価格の変動を受けて、日本の家計部門の消費・投資行動に影響が出る展開は避けられない。
日本人の消費行動と内外金融市場が連動する時代に入ったとすれば、エコノミストとしては興味深い分析テーマではある。
日銀が「利上げ」に動いてもなぜ円安が進むのか
金利上昇を避ける「優しさ」があだとなった
日米の中央銀行ウィークがすぎ、1ドル150円台の円安が進む。日銀がマイナス金利を解除した一方、アメリカは据え置きだったのに、なぜ。
注目された日米金融政策決定会合を経て、ドル/円相場は年初来高値を更新、150円台で値固めする展開に入った。
3月17日週は日銀金融政策決定会合およびFOMC(アメリカ連邦公開市場委員会)が併せて開催されたが、今回ばかりは前者の注目度が大きく、後者はさほどクローズアップされなかった。
以下、日銀金融政策決定会合を軸に振り返ってみたい。
3月18~19日の日銀金融政策決定会合は①イールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)の廃止、②無担保コールレートの誘導目標をマイナス0.1%からプラス0~0.1%程度へ引き上げ、③ETF(上場投資信託)・J-REIT(不動産投資信託)の購入停止という引き締め方向の決定を下した。
日銀にとっては実に17年ぶりの利上げとなる。
最終更新:2025年07月14日 22:48